第四章 赤毛の塔

第28話 空の旅

(ラナ)


 少女を呼ぶ声がする。

 前の時とは打って変わって、今回は綺麗な青空の中を飛んでいる。


(ラナ)


「お父さん?」


 今回は父の姿が見えない。


(違う。起きて、ラナ)


 声の主に否定される。確かに良く聞いてみると、父の声とは少し違う。


「え……じゃあ誰です?」


 体がぐんぐん空へと登っている気がする。まるでそのまま、天国に行ってしまうかのような。


(ラナ。起きなさい)


 このままではまずいとラナの心が告げている。


「そうだ……何か、忘れて、いや大変なことに目を逸らしているような……」



「起きなさいってば!! ラナ! 戻ってきて!!!」



「ふぇああ!?」


 何かにすごい力で揺さぶられ正気を取り戻す。にも関わらず景色は変わらず清々しい程に青い空が広がっている。


「あれぇなんで正気取り戻したのに空!?」


「現実を見て!! 私達最初から空にいるのよ!?」


 ラナ達は絶賛〜安全度外視空の旅〜赤毛の塔行きに強制参加中であった。


「ええええ!?  夢じゃないんですかこれ!?」


「夢のような現実よ! 目を覆いたくなるようなね!!」


「そんなぁ!!?」


「メテットも! 祈ってる場合じゃないわよ!」


 ラナがメテットの方を見るとメテットは手を合わせて縮こまっている。 


「だだだだって! キュウにタクサンのオオイワがチカくにウいてきたんだぞ!? ビュンってきてメテットのアタマのタンチキがカスったんだぞ!?」


 メテットが指差した方向に全部集まれば小さな島になりそうな多数の大岩がふよふよと浮いていた。


「ホントにチョクゲキしなくてヨかった……いや、タンチキもキズつくのはコマるけど……」


 メテットは自分のポニーテールのように見える部分をさすっていた。このポニーテールの部分が、感知能力の要となる探知機の役割を果たしているらしい。よく見ると少し削れていた。

 


「非常事態なの! 前を見て!」



「ま、マエ? ―え!? あのアカいのって!」


「あれは……赤毛の塔!」


 空の旅の終着点、赤毛の塔の頂上が、ちらりと見えてきていた。


「いい!? 今私達はこれから赤毛の塔の周辺に落下すると思うわ! だけどこんな高いとこからおっこちたら……」


「「……!!」」


 ラナとメテットは最悪の想像をする。自分達がぺちゃんこになる姿がありありと——


「おそらく私だけが生き残るわ!!!」


「えーっ!?」


「おいここでウラギるのかシズル!?」


「ものすっごい痛いだろうけど!! 多分生きてるわ私!! なんかいける気がする!」


「オマエはナニをしたらシぬんだ!!?」


 メテットは本気で驚愕する。


「だから私が着地した時の衝撃をできる限り受け止めるから!! 二人とも近づいて!!」


「わ、わかりましキュッ!? シ、シズル!? 力強くないですか!??」


(なんだかシズルが震えてる!? 高いところ苦手とかじゃないと思うけど……)


 ラナは抱えられるまで気づかなかったが、シズルは小刻みに震えていた。

 力の加減ができていないのか、シズルに脇に抱えられたラナは苦しそうにする。


シズルは次にメテットを掴もうとしたが、


「……っ冷たい……」


ボソリと言ってシズルはそっと持つ位置を変えた。


「シズルちょっとマて、メテットのモちカタがザツじゃないかシズル!?」


 今のメテットは首の輪っかをシズルに掴まれている状態だった。


「あんた冷たすぎんのよ! もうちょっと温かくならない?!」


「ええ!?」


「ともかくこれで突っ込むわよ!!」


「いや、あの、これで!? やっぱりムズカしいんじゃないか?!」


(メテットの言う通りだ。この方法は賭けるには分が悪すぎる!)


 しかしどんどんと地面は近づいてくる。


(何か……何か!)


 ラナの頭に今までが駆け巡る。シズルとメテットに出会い、復讐を誓い、怠惰亭で騎士と戦って、眷属が人型になっていて。


(これ走馬灯だ!! まずい! 何か……あ!!)


「メテット!!」





 地面と水平に窓が開く。

 そしてシズル達は窓のから飛び出した。

 三体の魔物は土埃を舞い散らせながら、勢いよく転がっていく。


「「「ウワアアアアア!!!」」」


「っこのおおおおああ!」


 シズルが釘を地面に突き立てて、ようやく止まる。


「ッハァ、ハァ、ハーァ……」

 

 ラナ達はようやく一息つけた。


「メテット。ありがとうございます……あれで伝わってよかったです……」


〈出口と入り口を反対にできますか!? こちら側に流れるように!!〉


 ラナ達はメテットの窓を入ることで、窓の中の流れに逆らう形で窓に突っ込んだ形となり、魔女から飛んできた時の勢いを殺しながら安全に着地することに成功した。


「イおうとしていることはリカイできたからな。マにアってヨかった。ところで……」


 メテットはラナに抱き着いているシズルの方に目を向ける。


「……シズル? なんでワタシに抱き着いているんですか?」


「……寒い……」


「え?」


 シズルはガタガタと震え出した。


「シズル!? どうしたんですか!」


「さささ寒い!! もう無理限界! ラナ、暖取らせて!!」


「……え?」


「空の旅でずっと寒かったの!! 我慢してたんだけどもう陸地じゃない!? 気が抜けたら途端に耐えられなくなって……」


「……シズル、サムいのニガテなのか?」


「……うん……」


(あんなに強かったシズルがこんな、こんな弱々しく…! 本当に苦手なんだ…なんだか……ちょっとこのまま……)


「ふふ……」


「……ラナ?」


 ラナは我に返り、口元を慌てて隠す。


 メテットは一度辺りを見渡す。

 そこは赤毛の塔が見える程近かったが、赤毛の塔に襲われる程でもない適度な距離。

 赤毛の塔の周りには林があるが、メテット達がいる場所は何も生えておらず、敵が隠れられそうな場所は見当たらない。

 周囲を一応探知し敵がいないことを確認してからメテットはある提案をする。


「……トりアえずキュウソクをトらないか。テキもこのアタりにはいないようだし。ここまでがあれだったし」


「そうですね。シズル。今火を出しますので少し待ってて下さい」


「……火?」


「火よ、〝起きよ〟」


「!?」


 ラナの左目からぽっと小さな火の玉が出る。


 シズルはそれを見て目を丸くした。


「えっ火!? ラナ貴女自分の内にある業火を操れるようになったの!?」


 シズルはそういいながら、ラナの火に手をかざし暖を取る。


「はい。少しだけですが操れるようになったんです。耐性もついてきたみたいで、最近はあまり燃えなくなりました」


「すごい! あと暖かい! あの害しかない炎をこんな風に活用できるなんて!」


「ああ、アイカわらずさすがだ」


「……メテットもしかして知ってたの!? ラナがこんなことできるなんて!」


「タイダテイのトキにミせてもらった。かっこよかった」


「そんな、かっこいいだなんて!」


「そんなことあったの!? 詳しく聞かせてよラナ!」


「は、はい! えっとですね……」


 そこから一気に話に花が咲く。

 シズルもメテットもラナも、束の間の休息を楽しんでいた。

 しかし、完全に気が緩むことはなく。

 ラナ達はこの赤毛の塔で起こるであろう戦いに向けて、覚悟を決めていた。






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