第28話六年前~ブリリアントside~
シュゼット側妃の情報は少ない、いいえ、少なすぎるのです。
分かっている事は、十五歳の時に狩猟をしていた陛下に見初められ愛妾になると、直ぐに子供を、しかも王子を産んだこと。待望の第一子の誕生に喜んだ陛下によって異例の「側妃」にとなり、弟君に「伯爵位」が授けられたこと。伯爵位は最初は父君にと言われたらしいのですが、辞退したとか。
本当に、これだけです。
ユリウス王子が王太子になってもシュゼット側妃の情報は入ってきません。
「前情報だけでは分からない事が多いわ」
「なにがでしょう?」
「例えば、ユリウス王子の事とか……。歳の割に聡い王子だと聞いていたわ。国王の息子だけれど嫡子ではない。王妃や他の妃に『
はて?
それは一体誰の事でしょう?
「違いましたか」
「慎み深い処か奢り高ぶっていてよ。私の見立てでは相当プライドの高い粘着質タイプと見たわ」
「それはまた……大変な評価ですわね」
「情報通りなのは『母親思い』と言うところだけじゃないかしら?」
「レオノール様は手厳しいですわ。まだ十歳の子供ですのよ」
「もう十歳の間違いでしょう。あの王子は腹芸も期待できなさそうだし、なにより思っている事がまるわかりよ。あれじゃあ、王族として失格じゃなくて? 帝王学はもう学ばせているの?」
「成績は優秀なんですけどね。根が素直なのでしょう」
「物は言いようね……。まあ、王子の事は兎も角として、生母の方の人となりを知りたいわ。園遊会の時はただ謝るだけの存在だったからよく分からなかったのよね。彼女、公式な場では一度も見た事がないから余計にね。噂だけが独り歩きしている感じよ。『美貌を武器に、国王に色目を使って側妃に成り上がった女狐』、『権力欲がなく控えめで万事、王妃並びに他の妃を立てて一歩後ろに控えている女性』。どれが本当なのかしら? 是非、本人と交流して確認したいわ」
「それは……」
言葉を濁し続ける王妃殿下の理由を知るのは直ぐのことでした。
それは私達にとって意外な……いいえ、予想外と言っても良いでしょう。まさか、シュゼット側妃が貴族の作法について御存知ないとは思ってもみませんでした。
本人曰く「平民と変わらない生活環境だったため、貴族のマナーがよく分からない」らしいのです。それはそうですね。彼女の生い立ちを思えば納得できます。父君は元平民、母君は騎士爵家出身だったようですが、幼くして病死してしまったとか。十二歳頃から家裁を任されていたという話ですから。ただ、それも本当に家事をしていただけのようでした。
「使用人は雇わなかったのですか?」
気になって聞いてしまいました。シュゼット側妃にも事情があったにも拘わらずです。このような家庭の事情を聴くなど淑女にあるまじき行為ですわ。
「……通いで二人のメイドが居たのですが……それだけでは家の中は回りませんでした。彼女達は主に父や弟の面倒をお願いしていたので……その、無理は言えません」
彼女の言葉に、お母様は鼻で笑い、王妃殿下を始め他の側妃たちは絶句しています。無理もありません。完全にメイドに足元を見られているのですから。明らかに舐められています。この方、よく国王陛下の愛妾になれましたね。
「基礎だけでも覚えてもらわないといけないわね」
最後に締めくくったのはお母様でした。
というわけで、シュゼット側妃の教育が始まりました。
まあ、最初は基本の歩き方や話し方を習うくらいなのですが……それにしても、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?
また、王妃殿下のご意向で、監督役に他の側妃方が参加する事も決定していました。
これも後から知ったのですが、シュゼット側妃は他の妃達と全く交流がなかったのです。虐めという訳ではないようで、妃達も茶会やパーティーに招待しても「欠席」の返事しかないシュゼット側妃を自然と避けるようになっただけでした。要は、シュゼット側妃の自業自得という訳ですね。また、学校に通ったことも無く、家庭教師も母君が亡くなって以降は来なくなったという話を他の妃経由で聞くことになりました。
貴族の常識が身についていない現実に頭がクラクラします。
王妃殿下も、後宮入りした直後と産褥の肥立ちが悪かった事でシュゼット側妃を「病弱」扱いしてきたことを後悔なさっていました。まあ、普通に考えて作法が出来ない令嬢がいるとは思いませんものね。
今日もシュゼット側妃の歩き方と言葉遣いから貴族のマナーを教え込んでいる声が聞こえてきます。なかなか及第点がもらえないようですわ。それも仕方のないことです。
意外な事にシュゼット側妃は勉強嫌いでした。
そして、人の話を聞かない人でした。
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