第13話八年前~ジークフリードside~

 シャイン公爵令嬢主催の音楽祭。

 隣に座るユリウス様の機嫌は最悪だろう。シュゼット様によく似た麗しい顔を歪めていらっしゃる。その表情は母君であるシュゼット様には決してお見せにならない姿でもあった。


 少年たちが歌い踊る姿を見ても「見世物小屋か……」と仰った。何事も優秀なユリウス様ではあるが、些か合理主義的な面があり、芸術事には疎かった。黙って舞台を観ていらっしゃるが終始苛ついているのは隣にいてもよく分かった。素直な性質なため、隠す事が苦手な方なのだ。


 更に、ユリウス様はシャイン公爵令嬢を快く思っていらっしゃらない。


 公爵令嬢との婚約に際して、ユリウス様は王妃殿下の猶子になられた。それに伴い、後宮にある離宮から王宮内に部屋を与えられた。これはユリウス様が正式な『王太子』となった証。実に名誉なこと。その一方で、実の母君と離れて暮らすことになってしまった。慣例といえばそれまでであるが、余りに惨い仕打ちだと感じざるをえない。


 シュゼット様の願いで私がユリウス様の護衛兼案内役としてパーティー会場出会いの場所にお連れした。

 ユリウス様がシャイン公爵令嬢の元に向かい、令嬢がユリウス様に声を掛けるという『偶然の出会い』を設けるためである。事前に打ち合わせをしているので失敗することもない。この事は本人方にも知らされている。ユリウス様は「こんなくだらない事をしなければならないのか!」と憤慨なさっていた。他にも細かな作法があり、それを聞いて更にお怒りだったのを覚えている。


 

 


『名を名乗る許しを与えます』


 

 シャイン公爵令嬢は慣例通りの挨拶を仰ったに過ぎない。

 令嬢が悪い訳ではない。

 それでも、王族としての誇りを持つユリウス様にとっては屈辱以外の何物でもなかった。怒りを飲み込んだ顔で作法通り名乗られたユリウス様は御立派でした。本来なら臣下の身である公爵令嬢に頭を下げる必要などないのです。ですが、令嬢の母君は帝国の皇女殿下。国王陛下でさえ気を遣わなければならない相手でした。



 




「ジークフリード」


 突然、名前を呼ばれて私は慌てて返事をした。

 

「はい、 何かございましょう?」

 

「帰るぞ」


 ユリウス様はそう言って席を立つと出口に向かって歩き出す。

 この後の演奏と茶会には参加しないという意志表示なのだろう。周囲に控えている公爵家の護衛もユリウス様が帰還するのを止める気配すらない。飽く迄、自由参加。欠席も『自由』という事なのだろう。

 

「承知致しました」


 私もユリウス様に尽き従う。

 次の演奏が流れ始めた中での退席であった。



 貴族達の視線が突き刺さる。

 堂々と退場するユリウス様は流石だ。

 非難される謂われないとばかりに威風堂々とした態度は王太子然としていた。








 

 帰り道――

 


 

 馬車の中でユリウス様は不機嫌さを隠そうとしなかった。

 

「まったく! くだらん!とんだ茶番だ!!」


 音楽に全く興味のないユリウス様にしてみれば、演奏を聴いている最中は苦痛の時間に等しかったのであろう。時間が経つにつれ苛立ちを隠せなくなっていった。途中退席は失礼に値するが、あのまま演奏を聴いて、ユリウス様の不機嫌さを周知させるよりよほどいい。それに婚約者への義理は果たし終わったのだから。

 

 ただ、問題はこれからだろう。

 

 これから先、ユリウス様は多くの貴族達と交流を増やされる。

 今日の音楽会のような趣向と共に。

 茶会、サロン、美術鑑賞……。離宮で過ごされていた時とは明らかに違った世界に進んでいかなければならない。興味がないでは済まされない。

 

「まあまあ、宜しいのではありませんか。芸術を嗜むのも大切な事ですよ」

 

「ふんっ!! お前までそんなことを言うのか!?」

 

「申し訳ありません」


 私の謝罪の言葉を聞くとユリウス様は大きく溜息を吐いた。

 

「もういい。だが、二度とあんな場にはいかん。時間の無駄だ。音楽を聴いて何になる?語学を学んでいた方がよほどためになるぞ!」

 

「音楽は人の心を豊かにします。語学も大切ですが、音楽は人の在り方そのものに関わります。音楽があるからこそ、人は言葉を知り、国が生まれ、文化が生まれるのです。決して蔑ろにしてよいものではありません」


「嘗ては武門を誇ったアダマント王国人が情けない。将軍も嘆いていた。王国はここ数十年で軟弱になったとな!文化面ばかりを気にして軍備を疎かにし過ぎていると!!」


「ユリウス様、王国は決して軍備を蔑ろにしている訳ではありません。外交を優位に進めるためにも文化は必要不可欠なものです。武力だけでは人は付いてきません。他国も力だけを誇示する国は野蛮人だと思う事でしょう」

 

「確かに一理あるな」


 私の言葉を真剣に聞いて下さるユリウス様に嬉しく思う。

 

「それに、シュゼット様もシャイン公爵令嬢と上手くいっておられるのか心配しておられます」

 

「母上が……」

 

「シャイン公爵令嬢は芸術に造詣が深いと聞いております。きっと、ユリウス様のためになると思われて音楽会を開催なさったのでしょう。これっきりとは仰らないでください。婚約者を理解するのも大切なお役目でございます」

 

「……ジークフリードが言うのなら……考えておく」


 ユリウス様の素直さに微笑みを浮かべた。



 




 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る