第2話婚約破棄2


 ユリウスはこめかみに青筋を立てていた。怒り心頭といった様相であるが、その激情に任せたまま怒鳴りつける訳にはいかない。王太子としてのプライドにかけて、今はまだ我慢しなければならない場面だ。ここで怒声をあげようものなら、目の前のブリリアントに揚げ足を取られてしまうに違いないからだ。

 しかしそれもここまでだ。

 この場で断罪をしてやれば、小生意気な彼女とその家は破滅する。王家の威信を取り戻せるに違いないとユリウスは確信していた。

 

(この女の浪費癖は有名だ。なのに誰もが口を揃えて褒め称える。ブリリアントのお陰で国が豊かになっていると言っている。そんなバカな事があるものか!それもこれもブリリアントが権勢ある公爵家の娘だからに他ならない。誰もがシャイン公爵家の威光を恐れて口にしないだけだ!今日こそは化けの皮を剥いでやる!メッキが剥がれる姿を無様にさらすといい!!)


 ユリウスはブリリアントを睨みつけると更に声を上げる。

 

「賄賂を貰う一方で、王家の財源で他国の生地を買い漁っていたことも調べがついている!それも質の良い物ばかりだ!反物ひとつで市井の民が何年生きられると思っている!それを際限なく購入していくとは、貴様は国庫を空にする気が?!」


「ユリウス殿下、なにやら誤解なさっているようですわね」


「何が誤解だ!!」


「私は“王太子の婚約者”としての公金しか手をつけておりません。私に宛てがわれた資金をどう使おうと私の勝手ではありませんか」


「な、なんだと!図々しい奴だな!そういった金は恵まれない者達にこそ使ってやるべきだろう!私の母上を見ろ!質素倹約を心掛け、自分に宛てがわれた金の殆どを神殿や孤児院に寄付されているのだ!……それなのに、貴様は母上の公金を減らすように進言したと聞いた!!」


「お言葉ですが、殿下。夜会を始めとしたパーティーに必要最低限の参加しかなさらないシュゼット側妃が問題なのです。茶会に赴くことも自ら開くこともせずに後宮に閉じこもってばかりの方に大金は不要でございましょう。それならば、もっと有意義に使用できる方に渡すべきですわ」


「ああ!そのせいで母上の公金は減り、逆に貴様への公金が増えた!それもこれも貴様の差し金だろう!!」


「王族の公金を決めるのは内務省と財務省ですわ。文句は彼らに言ってください」


「貴様が裏から手をまわしたに決まっている!」


「そのようなマネは致しません。彼らがシュゼット側妃にお金を渡すよりも私に渡した方が有意義に使うと判断したまでのこと。シュゼット側妃では国の経済はまわせませんからね。賢明な判断だと思いますよ」


「貴様という者は……何処までも反省をせぬのだな」


(反省する要素が全く無いのだから仕方がないわ。さっきから思っていたけど要は自分の母親を蔑ろにされて怒っているのね。だからこんな場所で私に恥をかかせようという腹積もりかしら?頭は良いのに変な処でお馬鹿さんだから仕方がない方だわ。それも無理ないわね。殿下はマザコンですもの)


 この時、ブリリアントも理解していなかった。

 ユリウスが本気で正義の鉄槌を自分に下そうとしていることに。


「貴様の母親も大層な浪費家であったが、それ以上だ! 貴様のような女を正妃に据えれば我が国は破産してしまう!!」


(たかだか妃の装飾品で破産する王家って何かしら?アダマント王国はダイヤモンドの輸出産業で潤っているとはいっても、それ以外に目立った産業がないのも事実。しかも唯一の産業と言っても過言ではないダイヤモンドも品質面では他国に劣っているのも手痛いところ。それをデザインでカバーしているのよ?そこら辺を理解して言っているのかしら?)

 


 ブリリアントとその母親であるシャイン公爵夫人は言わば広告塔であった。

 彼女達がデザインした宝飾品を自らが着飾り内外に売り込んでいると言ってもいい。

 特に「ブリリアント」の名前でカットされたダイヤモンドは最も美しく輝きを放つと言われ、今では世界中でこのカットが推奨されている。それをアイデアとして提供したブリリアントもまた有名で、宝石業界で彼女は「ダイヤモンド・プリンセス」と呼ばれていた。

 

 シャイン公爵夫人も同じ。

 

 公爵夫人が提案した「マーキース・カット」はエレガントでいてクラシカルな印象が強く、貴婦人たちを中心に根強い人気を博していた。

 


 




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