第5話 急な発熱にキビしい杜若さん

 放課後、高校の閑静とした図書室。

 テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。


「大事なことを伝えるタイミングで見計らったように発熱してクラクラするのは、もはや特殊なウイルスが蔓延まんえんしていると思うの」


 開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。


「しかも未発見の新生ウイルスじゃなくて、実はみんな知っているのよ。ただ、気付かないフリをしているに過ぎない」

「タブーなんだね」


 フンと小さな鼻息を鳴らして学会に新論をもたらした。


「そう。知恵熱だのなんだの言い訳してるけど、その正体は空気の読めない病魔なのよ」

「むしろ空気を読みすぎてる気がするけど」

「伝える側の目線で言ってるの。発言の途中で遮られたらムカつくでしょ?」


 なんだかボーッとする、とか雑な伏線だけ張られているのよ。と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。

 献身的な介護が奏功そうこうする展開が見どころだと、僕は思うのだけれど。


 相変わらず、お約束にキビしい杜若カキツバタさん。


 シワひとつないブレザー服に、首元でしっかりと結ばれたリボン。艶やかな長髪は丁寧にかれており、身だしなみに一切の乱れはない。

 透明感のある美肌。その頬はほんのりとピンクで、妙に色っぽく見える。


 衣服にホコリでもつくすきさえあれば声掛けのきっかけになるのに、と男子たちがこぞって機会を窺う彼女は、


「あれ、杜若さん。なんだか顔が赤くない?」

「い、いえ、それはさっき」

「もしかして熱? 冒頭の文句は雑な伏線?」

「ち、違うの。あっ近寄らないで」


 僕はテーブルに身を乗り出して、杜若さんのおでこと自分のおでこをくっつけた。

 ほら、やっぱり熱っぽい。


「風邪かもしれないし、今日はもう帰ろう?」

「た、ただの知恵熱よ」

「はいはい。それは言い訳なんでしょ。謎のウイルスなんて解明されてないんだから、お医者さんにかかってしっかり身体を休めなくちゃ」

「いいっ、大丈夫。全然平気っ!」


 ババッと離れて距離をとる杜若さん。感染うつす心配をしてくれるのは嬉しいけど。

 僕にとって、彼女の身こそ最優先なので。


「体調がツラいならおんぶするから。さぁ早く、僕の背中に身を預けて」

「それ! そういった行動が原因! さっきも、ちょっとコケただけで大袈裟に駆けつけて」

「足首を捻ったのかと心配だったんだ」

「だからって、いきなりお姫様抱っこは、はっ、恥ずかしい……」


 紅潮こうちょうした頬の理由は、周囲を気にして羞恥心を抱いていたよう。

 滅多に人の来ない図書室なんだから、そこまで警戒しなくていいと思うのに。


「でも、よかった。熱に苦しむ杜若さんはどこにもいないんだね」

「そのセリフは、まんまと騙された正義漢にのみ許される発言よ」

「そこまでお約束じゃないのにキビしいなぁ」


 僕たちの放課後はまだまだ続く。

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