お約束にキビしい杜若さん
でい
第1話 クッキーにキビしい杜若さん
放課後、高校の閑散とした図書室。
テーブルを挟んで座り、僕はいつものように彼女と向かい合っていた。
「砂糖と塩を間違えるのって、家庭環境に問題があると思うの」
開いた文庫本に目を落としつつ、彼女は淡々とした口調で語りかけてくる。
「過激な意見だね」
「似てるのは明白なのだから、間違えないようラベルを貼ったり、容器を変えておけばいいでしょ。ずいぶんと手を抜いた家庭なのね」
彼女はフンと鼻を鳴らして持論を述べる。
「ほら、慌てていると取り違えたりしない?」
「焦っていても判別できる工夫を怠るからよ」
「分量を勘違いしたとか」
「普段から料理の塩梅を教えておくべきね」
「でも、それだと……不器用な手づくりクッキーのお約束ハプニングは起こらなくなるよ」
「だからそういうの、もう見飽きたのよ。どうせ不味くても食べてくれるんだから」
過信しないで渡す前に味見くらいしなさいよ、と誰に向けたでもなく彼女はそっけない。
不器用で一生懸命な愛情と、それに応える健気な愛情が垣間見えてステキだと思うのに。
相変わらず、お約束にキビしい
その均整のとれた
上級生も下級生も、学校中のだれもが振り返って
「ねえ、今。舐めまわすようにわたしを見たでしょ?」
「えっ」
「じろじろジロジロ。穴があくほど人の顔を見つめて、入念にスキャンして記憶メモリに永久保存する気?」
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「しかも奥ゆかしいバストにまで言及して」
「そこまではまだ……」
先回りされたけど、たしかに控えめな部分ではある。
杜若さんは心の声を読んだように、
「どうせ貧相な表現でも並べて脳内ナレーションを流してたんでしょう?
「……ハイ」
言われて渋々、書棚から文豪の
現代向きじゃない表現の取捨選択に戸惑いながら、なんとか学習を終えて、ふたたび彼女の前に着いた。
あらためて、その端正な顔をじっくり眺めたところで。
「誇張して口に出して」
「ええっ、声にして出すの?」
「エスパーじゃないのだから当然でしょ。勝手な
「誇張する理由は?」
「女の子は大袈裟に褒めてあげないと」
「褒めるの前提なんだ……」
まあ、褒め言葉しか浮かばないんだけど。
それじゃあ、仕切り直して。
「えー、アテナイの女神を
「ストップ」
「え、なに」
「見たことあるの? その女神」
いきなり重箱の隅をつつかれる。
「ないけど……」
「比較対象が誇張にも程があるのよ。もういいから、あなたの平凡な語彙で率直に語って」
「えっと、今までのくだりは?」
「ただの暇つぶしよ」
僕が文学と真剣に向き合った三十分を返してほしい。
でも、彼女のオーダーは絶対なので。
「杜若さんのさらさらとした黒髪は、つい撫でたくなるくらい綺麗でなめらか。見かける度に手を合わせて拝みたくなるほど美しいし、実際僕は、杜若さんが生まれてきた奇跡を毎日神さまに感謝してる」
「……つづき」
文庫本で顔を隠した杜若さんがうながす。
「美人でいて、可愛くもある。というか超可愛い。比類するアイドルが思い当たらないくらい。透明感のある白い肌が、すごく清楚で儚くて、割れ物みたいで大事に護りたくなる」
「……もっと」
「胸は、たしかにあまり」
「もういいわ」
杜若さんはスンと普段の澄まし顔で制した。
「そもそも、黒焦げのクッキーをダメ元で持ってくるのもどうかと思うの」
「その話、まだ続くんだ……」
僕たちの放課後もまだまだ続く。
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