第10話 東京 → 異世界 新聞に載ってしまいました
壁をすり抜け、帝国の倉庫に到着する。台車がすべてこちら側に到着すると、台車のハンドルのスイッチをオフにした。
倉庫には私以外誰もいない。台車に乗っている私のスーツケースへ近寄ったとき、扉の鍵が開く音がした。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
使用人のラルフが入室してきた。彼に台車の荷物のリストを渡す。
「リスト、あとで漏れがないか確認をお願いね」
「承知しました。下にお持ちする物はスーツケースだけでしょうか?」
「ううん、こっちの袋もお願い」
今日買ってきた荷物を示す。頷くラルフとともに、私たちは倉庫を出た。
ちなみにだ、どうやって私が帰ってきたのをラルフが知ったのかというと、壁の一部に取り付けている人感センサーである。もちろん東京で買ってきたもので、インターネットなどで気軽に買えるが、うちのはちょっと特注品だ。私が通るとラルフとライナに知らせがいくようにしている。
「お腹空いた」
「すぐにご用意できます」
「ありがとう。ユリウスは?」
「いらっしゃいます。お嬢様のお部屋へお呼びしますか?」
「うーん、食堂でいいよ。一緒に夕食にしようって伝えて」
「承知しました」
歩きながらライナと話し、自室に入る。そこには侍女のマリアがいた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
「お着換えなさいますか?」
「ううん。このままでいいよ。食堂に行くね」
服は東京に行く時に着ていたワンピースに着替えてきたので、着替えなくてもいいだろうとそう答える。
自室にはマリアに顔を見せるために寄っただけなので、すぐに食堂へ向かう。食堂は二階にある。
食堂にはすでに夕食の準備が進められていた。私が部屋に入ったと同時に、後ろから声を掛けられる。
「おかえりなさい」
「ただいま、ユリウス」
互いに頬にキスを贈り合い、二人で椅子に座ると、すぐに食事が運ばれてきた。私が東京へ行った日に大食いになるのと同様に、東京から帰って来ると大食いになるのはみんな知っているので、前もって私の帰宅時間に合わせて大量の料理を作ってくれているのだ。ほとんど平らげるのは私で、ユリウスは普通に一人分しか食べないが。二人で食事を開始し、ユリウスが口を開いた。
「婚約破棄の始末は済みました。明日学園へ行ったら、店舗への出禁の噂もある程度広がっているでしょう」
「そっかー。対応ありがとう。……金曜はユリウス学園行った?」
「行きましたよ」
「……やっぱり婚約破棄については」
「みんな知っていましたね」
「……だよね」
分かっていた。分かっていたが、改めて聞くと嫌だなと思うのは仕方ないと思う。
「新聞にも載っていましたしね」
「――っえ!? 新聞にも!? 私、地味な令嬢なのに!? モップ令嬢だよ!?」
「自分でモップ令嬢と言います? 全部の新聞ではないですよ。 小さい新聞社が一社載せてました」
「最悪……」
「学園で見ていた人も多いですし。仕方ないので、店の出禁の話もリークしておきました。おかげで、別の新聞社が載せてましたよ」
「いやいやいや、どうしてリークしたの!?」
「どうせ婚約破棄の方が噂になっているんですから。不当に同じことしたら、こうなるぞ、と表立たせたほうがいいでしょう。けん制になりますし」
いや、そうかもしれないけれど! でも私は新聞には載りたくなかった!
しかし、婚約破棄のほうが新聞に載っていたというなら、その始末のことも載せておいたほうがいい、というユリウスの話も一理ある。とはいえ、気持ち的には、嫌だぁぁ、という感じだが。
帝国には新聞社が複数ある。その中で、貴族というものは、日本でいうなら芸能人みたいなものなのだ。新聞の内容は、全てが貴族の話ばかりではないのだが、どこの令嬢が美人だの、どこの子息が人気だの、どことどこの家が婚約しただの、ゴシップレベルの話も載っている。私のように婚約破棄の話もごろごろ載っている。新聞を読む人は多いので、そういうところから情報を得る人も多い。新聞に載ったことなんて気にしないほうがいい、というのは分かっているのだが、婚約破棄という形で新聞デビューしたくなかった。回帰前は第三皇妃だったから、何度か載ってはいたのだけれどね。
しかし、もう載ってしまったのは仕方ない。大量の食事を流し込みながら溜息を付きそうなのを飲み込む。
「うん、新聞に載ったというのは、分かった。あとで念のため、載った新聞見せてくれる?」
「はい。兄様には話されましたか?」
「うん。お兄様は忘れろって」
兄は基本、私の婚約に関する話に大きく口出しはしない。
「そうですか」
「まーちゃんは呪ってた」
「……麻彩はいつも変ですからね」
「別に変じゃないよぉ。ただただ可愛いだけ」
それから、お互いに報告などを済ませ、私は大食いを発揮し満足するまで平らげると、自室へ戻った。
部屋では、お土産に持って帰ったものの説明をマリアにした。タケノコも持って帰ってきたので、調理の方法を教える。
それから、使用人の咲(さく)、ジーク、ヴィーとディーを部屋に呼んだ。
「お嬢様、おかえりなさい!」
「ただいま!」
部屋に飛び込んで抱き付いてきたヴィーとディーを抱きとめる。ヴィーは男の子、ディーは女の子で二人は双子、現在七歳である。この双子の兄がジークで、双子が少しやんちゃなのでハラハラした顔で立っている。ジークは現在十二歳である。
そして最後に部屋にやってきたのは咲で、女みたいな名前だが、男である。現在十九歳。
「みんなにお土産あるからね。あとでライナたちにもらってね」
「うん! ありがとう、お嬢様!」
ヴィーもディーも可愛い笑顔である。癒されるなぁ。
「紗彩、婚約破棄したんだって?」
ニヤニヤと笑っているのは、咲である。
「一応、まだ傷心中なんですけど!? オブラートに包んでくれない!?」
「どうせ、明日学園言ったら、いろんな奴に好奇な目で見られるでしょうよ。今更じゃない?」
「う……」
確かに、そのとおりである。
「そんなことより! 明日は夕方仕事するからね。準備しておいてね!」
この話はしたくないので、話題を変えることにした。
「はいはい。ジーク、準備しておけってさ」
「はい、分かりました」
いや、咲に言ったんだけれどね? そのままジーク任せにしてしまったが、いつものことだ。準備をしてくれたらそれでいいので、もうそれ以上、言うのを止めた。
それから少しだけ打ち合わせして、咲たちは部屋を出て行った。今部屋にいるのは、私と侍女のマリアだけである。
帝国側で、私が東京という異世界へ行き来できることを知っているのは、弟のユリウス、ライナとラルフとマリアのヴィアート家の人たち、そして死神業を手伝ってくれている咲、ジーク、ヴィーとディーである。
東京側では、兄、妹の麻彩、父、父方の祖父母、母、母方の祖母だけである。
死神業はかなり特殊な職業で、大っぴらにもできず孤独になりがちではあるが、それでもサポートしてくれる人はいるし、家族は優しい。婚約破棄になってしまい、少し計画は狂ってしまったが、まだ大丈夫。まだ私は頑張れる。そう自分に言い聞かせるのだった。
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