第8話 勤労学生社長の一日
私はビルの二十九階、会社のオフィスに入った。
「おはようございます」
「おはようございます」
総括の水野しかまだ部屋にいない。九時から仕事開始なのだが、まだ五分前なので社員は全員そろっていなかった。
オフィスは敷き詰めれば机が二十人分くらいは入りそうだが、私を含めて社員は五人しかいないため、机は五個しか置いていない。同じ部屋には、間仕切りをしたミーティングスペースを二つ用意し、休憩スペースもある。
私の机に荷物を置いたとき、システム担当の松山とスーツケース担当の陸が入室してきた。
「はよー」
「おはようございます」
二人とも、まだダルそうである。そして、もうほぼ九時、というときに、化粧品担当の黒部が走って入室してきた。
「おはようございます! セーフですよね!?」
「セーフでいいよ」
いやあ、遅刻でしょう。とは言わず、セーフにしてあげることにした。でないと、黒部の場合、毎日遅刻になってしまう。
実はこの四人、全員このフロアに住んでいる。
この二十九階は、私が帝都からやってきた部屋である倉庫、このオフィス、そして仮眠室が個別で六部屋、シャワー室が二つ、給湯室、トイレ、オフィスにあるミーティングスペースと休憩スペースとは別に会議室と休憩室がある。その仮眠室にそれぞれ住んでしまっているのである。
仮眠室は少し広めに取っていて、一部屋五畳ほどあって鍵も付いている。シャワー室と給湯室があるから、生活には困らないだろうが、はっきり言って、生活が不便ではないかと思う。
最初は化粧品担当の黒部が金欠でアパートを追い出され、次のアパートが決まるまで仮眠室に泊まらせてほしいと言ってきたことが始まりだった。それからシステム担当の松山がいつのまにか住みだし、次にスーツケース担当の陸、最後に総括の水野が住んだ。
結果、黒部は次に住むアパートを探すこともなく、全員二十九階がシェアハウスのようになってしまっている。
まあ、みんながそれでいいなら、私は別に住んでも構わないと言った。もちろん、彼らが住むことで何か問題が起きれば住むことを止めさせると言ってある。今のところ問題はないし、みんな仕事はちゃんとしている。だから私から注意することはない。
私は自分の机に置いてあった書類を確認する。普段は私がいなくても回るようになっているので、私が確認する必要のある重要な書類がそんなにない。一通り確認すると、システム担当の松山を呼んだ。二人でノートパソコンを持ち寄り、ミーティングスペースに座る。
「前回依頼した情報収集はどう?」
「終わりましたよ。すぐデータ送ります」
「オッケー。私も今回分の依頼送るね」
この場合、情報収集とは、死神業に関する情報収集である。死神業のことは松山は知らないので、毎回変なことさせられているな、と思っているかもしれないが、松山は何も言ってこない。
他にも頼んでいたことの進捗を聞き、松山は自席へ戻った。その時、倉庫に行っていた総括の水野が部屋に帰ってきたため、呼んだ。
「何かリストから漏れているもの、あった?」
「いえ、大丈夫です。スーツケースが予定より二つ多く入ってましたね」
「あ、うん。早めにできた分、持ってきてくれたんだ。引き渡しは予定通りにするか、早めに渡すかは任せる。陸くんと、そのあたりは打ち合わせして」
それからも進捗や報告を聞いたりして、水野が自席に戻った。それから私も自席に戻り、データのチェックをする。
私の会社は、表向き、スーツケースを作る会社である。基本的にはインターネットで受注販売となっており、基本的な型がいくつかあり、個性を出すデザインは客の希望を聞くことにしている。
最初は客も少なく細々とやっていくつもりだった。ところが、海外の有名人が知らぬ間に客だったようで、気に入って大々的にネットで宣伝してくれた。それからは日本と海外から注文が相次ぎ、現在は三年待ちとなっている。
うちのスーツケースは社員も客も知らないが、帝国産である。しかし作りはしっかりしていて、軽くて丈夫、そしてなんといってもデザインがオシャレ。しかし、値段設定はかなり強気でお高いのだが、注文依頼は止まないのだ。ありがたいことである。
スーツケースが収入源の私の会社だが、スーツケース担当は陸だけ。ほとんど彼が仕事を行い、総括の水野が彼の仕事をサポートしている形だ。
表向き、会社としてはまったく関係ない化粧品担当の黒部だが、彼女は私が帝国へ持ち帰る化粧品の仕事をしている。日本で作った化粧品を軸に、私は帝国で利益を得ている。私のことは、全員が異世界ではなく海外に住んでいると思っていて、その海外で化粧品を売りさばいていると思っている。まあ、実際は異世界というだけで、海外といえなくもないので、ある意味間違っていないが。
私がいない間に黒部が化粧品に関する仕事を行い、総括の水野が彼女のサポートをしている形である。
システム担当の松山は、表向きはスーツケースのネットショップなどの、システム開発がメインだということになっている。その仕事はもちろんあるのだが、彼にはさらに重要な死神業に関する情報収集なども行っている。あとは麻彩の『歌ってみた』の編集や、帝国に持ち帰るポスター作成など、彼は細々とシステム周りの便利屋並みに色々任せてしまっている。
ランチの時間になったので、休憩スペースに移動した。そして家から持ってきた弁当を広げる。他のみんなも集まり、全員でランチである。
「またみんなはカップ麺?」
揃いも揃って、私以外はカップ麺である。おいおい。
「紗彩さんのは、めちゃくちゃ美味しそうな弁当ですね!?」
ヨダレが出そうな表情で黒部が言った。
「今日タケノコにしたんだ。残り物で悪いけれど、持ってきたから欲しい人は食べて」
自分の弁当とは別の容器をテーブルに置いた。兄は弁当はいらないと言うので、残った料理は全て持ってきたのだ。
「紗彩さん! 神!」
「マジですか」
口々にお礼を言われ、全員がタケノコに手を伸ばす。
「美味しいですー」
喜んでもらえるなら、何よりである。
「みんな毎日カップ麺は、さすがに止めよ? 下の社員食堂使っていいんだよ?」
兄の会社には社員食堂がある。そこをうちの社員も使っていいと言われている。兄の会社のビルは、兄の会社以外にも他の会社が入っているし、契約社員や派遣社員の人もいる。全員が食堂は使えるから、うちの社員が行っても目立つなんてことはない。
「時々は行ってますよ。ご褒美感覚ですけど」
「あそこ、ちょっと混むんですよねぇ」
「そうなんだ。混むなら、ランチの時間ずらしてもいいのに」
「あ、でも、食堂行く日は、ランチ時間ずらして行ってますよ」
「そう? ならいいけれど。お願いだから、栄養取るのも忘れないでね。干からびたりしたら、シャレにならないから」
「承知でーす」
本当に分かっているのだろうか。栄養失調にならないか少し心配である。今度野菜ジュースでも差し入れしようかと思う。
それから午後の仕事の時間になり、スーツケース担当の陸と会話する。
「今回依頼する用のリストと、注文設計図です」
「分かった。――なんか、この五個全部一緒のデザインじゃない?」
「一部違う部分がありますよ。でもほぼ一緒ですね。会社の創立記念日の記念品にしたいみたいです」
「え!? 記念品でこの価格帯のもの? スゴイね!? 普通、ペンとか手帳とかじゃないの?」
「家族経営みたいですよ」
「あ、そうなんだ。なるほど。創立記念日っていつ? 間に合うかな」
「十二月みたいなんで、間に合います」
「そう、良かった」
陸が持ってきたリストは、順番待ちされているもので次の順番のものである。
それからもいろいろと話を詰め、陸が自席に戻ると、今度は化粧品担当の黒部を呼んだ。
「スケジュール遅れているものとか、ある?」
「ないですよー。順調です。そういえば、次紗彩さんが帰ってくるときは、新しい企画だしますよね?」
「うん。先方と打ち合わせの予約お願いね」
「承知です。そういえば、これなんですけど……」
それからも黒部と話を詰め、やりたいことはとりあえず終わったと時計を見ると、四時過ぎだった。本来なら、昨日東京に帰ってくる予定はなく、たまたま今日時間ができたから仕事をしたが、思っていたより仕事が終わるのに時間がかかってしまったなと思う。
それから、ついでだからと、事業とは別の帝都に持ち帰る用の物品リストを考えてスマホにメモしていく。そうこうしているうちに時間は過ぎ、部屋の扉が開いてはっとした。
「ただいま、さーちゃん!」
「おかえり。もうそんな時間か」
現在五時過ぎ。麻彩は制服を脱いで私服に着替えている。
「仕事終わった?」
「うん。ほぼ」
「あ、帰るならちょっと待ってて? まっつんに動画の編集頼んでくるから」
「オッケー」
まっつんとは、システム担当の松山のことである。
麻彩を待っている間に、私は仕事を終わらせ帰り支度をした。そして水野に近づく。
「予定通り、日曜に帰るから準備よろしくね」
「承知しました。リストも台車の上に置いておきます」
「ありがとう」
それから麻彩を待ち、定時より少し早いが、私と麻彩は帰宅した。帰宅して、出かける準備をすると、夕食を外で食べるために家を出た。
「そうだ、ユリウスからUSBメモリ預かってきたよ」
USBメモリを麻彩に渡す。
「ありがと」
麻彩はそう言いながらも、少し表情が不機嫌である。
「なあに? ユリウスと喧嘩でもしたの?」
「ユリ兄、この前ムカツクこと言ってたんだもん」
「ええ?」
動画を送りあって、よく喧嘩ができるものである。USBメモリをバッグに押し込みながら、麻彩は「見てろよ」と小さく呟いている。ユリウスってば、何を言ったんだ?
私は仕切りなおすように、少し明るい声で話題を変えた。
「まーちゃん、何食べたい?」
「うーん、イタリアンかな?」
「オッケー。どこかいいところある?」
「あのね、新しくできたところがあるの! そこ行きたい」
それから、私と麻彩はイタリアンの夕食を楽しむのだった。
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