第2話 大賢者、上陸する


 俺が転移した先。

 そこは森の中にある別荘の庭だ。

 ここには、古くからの知人が住んでいる。


 若い時は『閃姫』なんて呼ばれていたババアだ。


「こんな所でジジイが死に掛けてる。

 今日は良い事がありそうだわ」


 俺の転移に気が付いたのだろう。

 ババアは庭先まで出て来てそう言った。


「あんたのボロボロの姿を見るのは、魔術学院での決闘以来だね」


 言いながら、ババアは魔力を組み上げていく。

 光属性・初級レベル1魔法。

 ライトヒール。


 こもババアも熟練の魔術師である。

 光属性の申し子。

 癒し手とも呼ばれる天才。


 光に包まれると、俺の爛れた皮膚が再生して行った。


「悪いな……」


「まぁ、積もる話もあるんでしょ。

 取り合えず入りなさい」


「あぁ、邪魔する」


 若い頃の功績で軍を退役。

 官職にも着かず、この森で一人暮らし

 そんな哀れなババア。

 可哀想だから、茶を飲む仲になってやってる。


 リビングに通される。

 3人掛けのソファの端同士に腰を掛けた。

 精霊がカップとポットを机に並べていく。


「それで? 何があったのかしら?」


「処刑された」


「ブッ……」


 ババアが拭いた。


「おいこらババア」


「いや悪いね。

 アンタを笑った訳じゃない。

 この国も落ち目かと思ったら、笑えただけさ」


 愛弟子アイシャ超級レベル4に覚醒すれば問題ない。

 国王が、内政の意味を知れば生き残れる。

 しかし、どちらも無理ならババアの言う通りになる可能性はある。


 ただ、俺という宮廷魔術師としてやれることはやった。

 これ以上は彼等自身の問題だ。


「それで、処刑から逃げて来た訳だね」


「あぁ、ちゃんと死んだように偽装して来た。

 これでお前と同じだ。

 悠々自適に余生を過ごそうと思ってる」


「なら、暫くここに住むかい?

 どうせ行くところも無いんだろう」


 そう言って、ババアはティーカップに口を付ける。


「そこまで世話になる訳には行かねぇよ。

 メイベル」


「私を敬称も無く呼べる友人は、アンタだけになったよ」


「俺も同じだ」


 こいつも俺と同じだ。

 同い歳。

 残り時間はそう多くない。


「……やり残したことがあるんだ」


 俺がそう言うと、メイベルは薄く笑う。


「止めはしないさ。

 あんたが止まらない事はずっと昔から知ってる」


 俺が宮廷魔術師になって60年。

 殆どの任務は達成した。

 しかし一つだけ、諦めた作戦がある。


 最高難易度の魔境。

 天空島の占領作戦。


 名前の通り、天空に存在する島。

 秘薬の材料となる植物。

 地上には存在しない希少鉱物。

 そんな秘宝が眠る島。


 それを手に入れる為。

 何度も空間魔法で兵士を送り込んだ。


 しかし、兵士は壊滅。

 幻獣や環境に圧殺されたのだ。


 逆に言えば、天空島はどの国も手を出せない。

 そこならスローライフには適してる。

 唯一失敗したという心残りを払拭する。

 そんな名目の暇潰しもある。

 一石二鳥だ。


 それを話すと、メイベルはからからと笑う。


「アンタくらいよ、好き好んであの魔境に行こうとする馬鹿は」


「もうそんなに重い命でもない。

 最後に、自分の実力を試すにも丁度いいだろ」


「重い命じゃない……ね……

 お互い、結婚もせずにここまで来てしまったものね……」


「ほんと、今更な話だ。

 けど、どうして結婚しなかったんだ?

 若い頃のお前なら話は沢山あっただろう」


「私の人生で、私を負かした男は一人だけ。

 私、弱い男は嫌いだから」


 そう言って、メイビルはチラリと俺に視線を合わせる。


 俺は魔術学院の主席卒業だ。

 対してメイビルは2位。


 何度も、魔術を用いた決闘をしたっけ。


 メイベルは学園最強で。

 俺は、学園の落ち零れだった。

 必死に努力した。

 空間魔法を鍛えた。


 最後の最後に、俺はメイベルに勝ったんだ。


「懐かしい話だ」


 メイベルも同意する。


「そうね」


「けど、今更だ」


「……えぇ、そうね」


 少しだけ沈黙の時間が流れる。

 俺は紅茶を飲み干して、机にカップを置いた。


 光の精霊が、おかわりを注いでくれる。


「なぁ」


「何かしら?」


「天空島の攻略って言っても、色々物資が必要だと思うんだよ」


「……」


「ここ、拠点にしていいか?」


 そう言うと、メイベルは俺をしっかり見て。


 微笑んで言った。


「良いけど……

 できるだけ長持ちしなさい。

 もうジジイなんだから」


 あぁ、約束するよ。


「うるせぇババア」




 ◆




 天空島。

 それは、いつから存在するかも不明な浮島だ。

 特徴は幾つも有る。

 希少な幻獣が多数生息している事。

 固有の鉱物や植物が生態系を持っている事。


 そして、そんな上澄み以外の殆どの情報が分かっていない事。


 俺は、そんな秘境へ転移で降り立っていた。


「さて、俺の力がどれほど通用するのか……」


 この大地に足を踏み入れたのは二度目しかない。

 俺は国の要の魔術師だ。

 こんな危険地帯に足を踏み入れる意味もない。

 だから、概要は報告でしか知らない。


 通常、空間魔法の空門ゲートは近距離と視界内を空間的に繋げる魔法である。


 しかし、超級の空間術師は別だ。

 視界内という制限はある方法で無効化している。


 それ故に、俺は全世界が警戒する筆頭宮廷魔術師を名乗れていた。


「確認しておくか」


 白兵戦は久しぶりだ。

 拳を握りしめながら、自分の力を思い起こす。


 国家戦力の要。

 魔術。


 魔術には属性と階級が存在する。

 属性は10個。基本的に1人1つだ。

 ポピュラーな、火・水・風・土。

 少し希少な、雷・氷・闇・光。

 殆ど居ない、空・無。


 希少度に比例して、習熟難易度は上がる。

 使い手が少ない。

 それは、ノウハウの蓄積が遅れるという事だ。


 そして、階級は全部で5つ。

 初級レベル1中級レベル2上級レベル3超級レベル4神級レベル5


 俺は牢の中で神級の魔術師になった。

 発見されている空間術師中最高という事になる。


 階級は、使用できる魔術の種類の事でもある。

 初級なら1つ。

 神級なら5つ使える。


「GggRrrrAAAaaaaaaaaaaa!!」


 行き成りだな。

 力の確認くらいゆっくりさせて欲しい。


 天の浮くこの島。

 そこに生息する幻獣の一種。


 ロックベア。

 岩石に似た体表を持つ。

 熊に似た魔物。


 特質すべきはやはり防御力だろう。

 しかし、弱点もある。

 顔は比較的岩石が薄い。


 視覚や聴覚を確保する必要がある以上、ガッチリと固める事ができない訳だ。


 神級魔法、天衣を使ってもいい。

 しかしあれはまだ覚えたばかりの魔法。

 馴染みは無く、熟練度も低い。


 ならば、いつもの方法で問題ないだろう。


「来るが良い」


 俺の、人間の言葉が分かる訳では無いだろう。

 しかし、ロックベアの猛進は始まった。


「GGgRRRrrrrAAAaaaaaaaaaaaa!」


 少し下がりながら、間合いを伺う。

 熊の姿勢が変わる。

 二足で立っていたのが四足に変わる。

 その速度はどんどん加速した。


 早く、トップスピードに乗るがいい。


 そう願いながら……2、3歩下がる。


「ここだ」



 上級レベル3空間魔法――空門ゲート



「Gr――」


 前面に展開された紫の空間の歪。

 突進する熊の姿が、亀裂の中へ消えた。


「GGgggRRRrrrr!!」


 その声は遥か上空から、徐々に近づいて来る。



 最後にはグチャリと音を立て。

 熊は、頭を地面にぶつけ落下死した。


「ふむ、俺も少しは戦えそうだな」


 そう、考えた瞬間だった。


「GggRrrrAAAaaaaaaaaaaa!!」


「KIiiiRrrrAAAaaaaaaaaaaa!!」


「FffOOOoooo!!」


 大量の魔物が、俺を囲いこむ様に現れた。

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