第1話

「……」


 俺は目を閉じ、手を合わせる。


 昔はこの時間に色々と考え事をしていたのだが、最近は俺も大人になったのか心は落ち着いていた。


「学校行ってくるよ。父さん、母さん」


 俺はバックを持ち、家を出た。


「あ、こんにちは」

「おやマサト君、こんにちは」


 外に出ると近所に住んでいるお婆ちゃんに会う。


 朝から散歩とは相変わらず元気だな。


「学校は楽しいかい?」

「ええ、勉強にはちょっと自信ありませんけど」

「そうかいそうかい。楽しいならそれでじゅ〜ぶん」


 お婆ちゃんは笑顔を浮かべる。


「それじゃあ遅刻しそうなんで、俺行きますね」

「あぁ、マサト君。最近ここいらで未登録のスキル持ちが見つかったそうな。夜道は気を付けて帰ってきなさい」

「はい。それじゃあまた」


 俺は自転車に跨り、風に押され走り出した。




 ◇◆◇◆




 ある日、世界にスキルという超常的な力が携えられた。


 およそ100人に1人の割合で与えられたそれには、普通の人間とは一線を隠す力が備え付けられていた。


 例えば【火炎】なんてスキルを持つものがいたら、そいつは口から炎を吐き出す、なんてことが出来たりする。


 といっても、スキル持ちは必ずしも万能というわけではない。


 親和性が高い、つまりスキルの持つ力とどれだけ向き合えるかで能力の扱う有無が変わる。


 水の中だと炎は全く出ないが、灼熱地獄だと無類の力を発揮出来る的な感じだ。


 まぁわざわざ自分が弱体化する環境に身を置く人間なんていない為、基本みんなそのスキルの恩恵を最大限扱えるようにしている。


 するとスキルを持っていない人はよくこう言うのだ。


『いいよな、スキルって』


 それを本気で口にしているかを知る術はない。


 確かにスキルには大きなメリットが数多く存在するからだ。


 それは否定しようがない。


 かと言って、スキル万々歳だなんて言える程呑気なわけではない。


『昨夜未明、スキル【火炎】により放火を続けていた容疑者が【聖典】により確保されました。取り調べによると「ただ全てを燃やしたかった」と供述し、犯行を認めている模様。そのほか、容疑者が【邪典】と繋がりがあるかなどーー』


 携帯の電源を落とす。


「やっぱりスキルなんて嫌いだ」

「でた、マサトのスキル嫌い宣言」


 俺を揶揄うのは隣で一緒にニュースを見ていた関。


「だってそうだろ?スキルを使った犯罪は後を絶たない。スキルなんてやっぱり人間には過ぎた力なんだよ」

「そうは言っても、もうこの世界はスキル無しじゃ生きられねー世界になっちまったからな」

「それはそうだけど……」


 スキルが生まれることによって、世界中で蔓延していた問題が悉く解決していった。


 その結果スキル持ちは国によって管理され、その力を遺憾なく発揮している。


 最早人類にとってスキルはなくてはならない存在となったのだ。


「確かにスキル持ちには危険な奴が多いが、それ以上にスキルを世のため人のために使おうとしている人がいるんだ。俺は怖さよりも尊敬の方が勝っちまうな。例えばだが」


 突然、何かを探すようにキョロキョロしだす関。


「何してんだ?」

「いや、そろそろあの人が通るかな……って、噂したら何とやらだな」


 関の目線の先を見る。


 先程までは無機質にただ存在しただけの廊下に、今は薔薇の道ができたかのような錯覚を覚える。


 それを生み出したのは幻覚でも魔法でもない、ただ一人の少女が道を歩いた。


 ただそれだけのことであった。


「今日もシズク様は美しいな〜」

「……」


 明石雫。


 その名を知らないものは学校中どころか、世界中にもいないと言える程の有名人。


 同性すらも惑わす圧倒的美貌には、最早誰もが手放しに賞賛を与える程である。


 そして彼女が人として完成している理由はそれだけに有らず。


「シズク様を見れば分かるだろ?スキルってのは結局使い手によるんだ。人助けに使う分には、スキルは」

「分かってる」


 俺は関の話を遮る。


「分かってるよそれくらい」

「お、おい!!どこ行くんだよ!!」

「……帰る」

「お前……次、平江先生だけど本当に帰るのか?」

「……………………帰る」

「大分迷ったな」


 俺はバックを持ち、教室を出た。


「……」

「?」


 その時に一瞬だけ、彼女と目が合った気がした。




 ◇◆◇◆




「はぁ……」


 大きなため息を溢した。


「何やってんだろ、俺」


 公園のベンチで自販機で買ったジュースを飲む。


 当然のようにこんな場所にいるのは小さな子供と、その保護者ばかり。


 ブランコに乗ったり、砂浜で遊んだり、俺の持ってる飲み物をジッと眺めたり、子供の姿には荒んだ俺の心すらも癒やしてくれる何かがある。


「……美味しそう」


 こんな平和が一生続けばいいのにな、なんて柄にもないことを考える。


「喉……渇いたな……」


 ……さて


「どうしたのかな?迷子になっちゃった?」

「迷子……というのなら、私は確かに迷子です。人生という名の抜け出せないラビリンスですが」

「そ、そっか」


 なんとも個性的な子だなぁ。


「どれ飲みたい?」

「舐められたものですね。確かに今の私は喉が渇き、しばらく何も食べておらず、お兄さんを襲ってでもその飲み物を手にしたい気持ちで一杯ですが、施しは受けません」

「受けろよそれは」


 俺は適当に子供の好きそうな果汁ジュースを買う。


「ほら」

「……ありがとうございます」


 照れた様子でジュースを受け取る。


「……あの」

「飲んでいいよ」

「は、はい」


 まるで人に何かを与えられることに慣れていない様子。


 痩せ細ってる感じではないが、どこかゲッソリとした顔。


 それにも関わらず、人形かのように整えられた顔立ちと状況も相まり、異質に感じられた。


「家出か?」

「……そんなところです」

「理由は?」

「何故それをお兄さんに言わなければ?」

「状況次第では通報しなくちゃだからな」

「私のようなか弱い乙女を脅すという認識でいいですか?」

「なんともしたたかな子だな」


 かと言って引くつもりは一切ない。


 俺の中には、人として超えてはならない一線があると思っている。


 この子を無視するという行為は、そのルールに抵触すると俺は考えている。


 だからこそ


「言い辛いかもだが、話してくれると嬉しいかな」

「……別に、聞いてて楽しい話じゃないですよ」


 そこから語られた内容はあまりに衝撃的なものだった。


「私の両親はとあるカルト集団に所属しています。どうやらその教団によると、私はあまり良い存在ではなかったようです」

「……」

「ですがある日……というか、つい最近のことなんですが、どうやら私はあの人達にとって崇拝すべき存在であることが発覚しました」


 最初は何を言っているのか理解出来なかった。


 カルト?


 崇拝?


 学生の俺が抱え込めるような内容ではなかった。


 それを……この少女は、さも当たり前かのように事実を淡々と話す。


 その様子に、俺は不思議と尊敬の念を抱いた。


 そしてそれ以上に、この子をこんな状態にした奴らに憎悪を覚えた。


「そこで私は神だなんだと崇められましたが、どうやら奴らはその力で人々を不幸にしていることを知り……あの、大丈夫ですか?」

「……ごめん、続けて」

「お兄さんは優しい人なんですね」


 俺の方が大人で、俺の方が支えてあげるべきなのに、俺の方が胸がいっぱいになってしまう。


 この子は安心させるためか、それとも俺自身が安心したかったのかは分からない。


 ただ俺は、その小さく冷たい手をソッと握った。


「それから私はそこを抜け出したのですが、当然奴らが逃すはずもなく逃亡生活が始まりました。それどころか、私は教団のトップとして色々と社会的にも追われる立場となりまして」

「それを……今日まで一人で?」

「と言っても逃げ出したのは数日前の出来事です。私のような可愛いくらいしか取り柄のない少女では、ずっと逃げ回ることは不可能でしょう」


 沈んだ空気を壊すようにふざける女の子だ、俺には笑ってあげられる余裕がなかった。


「保護……してもらえば……」

「私は例えるなら大きな爆弾です。テロリストからしたのなら強力な力ですが、公的機関で管理するには邪魔でしかない。私はまだ子供なので確かではないのですが、捕まえれば私は多分、二度と太陽の下を歩けないのだと思います」

「だけど……このまま逃げ続けることは」

「ですので、もう少し遊んだらお家に帰りますよ。もちろん前の家ではなく、新しい家ですが」


 どうしてそのような穏やかな顔が出来るのだろうか。


 普通、このくらいの子供なんてただ遊んでればいいものだ。


 将来の不安もなく、人生の目標なんてものもいらない。


 ただ笑っていてくれたらそれでいい。


 それだけでいいのに


「……聞かない方がよかったでしょう?」

「いや、聞かせてくれてありがとう。こっちこそ、思い出したさせてしまってごめん」

「……いいんですよ。もう、関わることのない人達ですから」


 ……なんとなく思ってしまう。


 それは本当に無意識だった。


「うち、来る?」




 ◇◆◇◆




「料理お上手ですね」

「まぁ一人暮らしだから自然とな」


 テーブル越しに向き合う。


「あの……」

「どうぞ。お代わりが欲しいならいくらでも」

「あり……がとうございます」


 かなりお腹が空いているだろうに、丁寧に食事をする。


 もしかしてだけど、こうやって機嫌取りをしなきゃいけない環境だったのかも。


 あくまで憶測だが、その事実をこれ以上この子に喋らせる気にはなれなかった。


 もうそれは過ぎたこと、そう認識しているのなら俺も触れないことにした。


「そういえばご両親は?」

「ん?ああ、死……お星様になってるんだ」

「死んだんですね」

「ま、まぁね」


 オブラートに包もうとしたら直接的に言われてしまう。


 やっぱり大人び過ぎてるよな。


「どうして亡くなったんですか?」

「踏み込むね」

「私の話も聞いたので、等価交換です」

「不幸話の交換なんてやるたくなかったな」


 でもまぁ、この子になら話してもいいか。


 いや、むしろ話さなきゃいけない気がする。


「俺の両親は殺されたんだ。スキル持ちに」

「スキル……」

「2年くらい前かな。買い物していた時に俺達は襲われた。無差別な攻撃だったよ」


 そして俺の両親は俺を逃がす為、そいつと戦った。


 スキルのない俺は怖くて、ただただ怖くて逃げ出した。


 そしてまぁ……うん。


「二人とも死んでたよ。犯人に必死に抵抗したそうだけど、スキルで跡形もなく消し飛ばされたらしい。最後に顔くらい見せてくれてもいいのにな」

「……すみません」

「あ、いや、気にすることじゃ」


 よく考えると俺こんな子供に何を語っているのだろう。


 助けるべき相手に気を遣わせるとかバカか俺は。


「本当に……ごめんなさい……」

「いやだから気にしないでって!!等価交換でしょ!!」

「そうではなくて……」


 少女は目頭に涙を浮かべながら


「私は……本当にバカだったと気付かされただけです」

「……」

「……なんですか」


 俺は自然と彼女の頭を撫でていた。


 ラノベ主人公かよと自分でも思ったが、そんなことどうでもよかった。


 ただこの子を安心させたい。


 それだけで胸がいっぱいだった。


「俺マサトって言うんだ。あ、もちろん名前な」

「……私は……スズ。スズって名前です」

「そっか」


 いい名前だね、なんて軽々しく言えなかった。


「……今日泊まる?」

「え?」

「俺がいるのが嫌なら今日は友達の家に行くけど」

「い、いやそうじゃなくて!!」


 スズは困惑しながら


「嬉しいですけど……マサトさんを巻き込むわけにはいきません。もう大分巻き込んでますが」

「今もまだ追われてるの?」

「はい。多分向こう同士で邪魔し合ってるお陰で今は安全ですが、同じ箇所に留まればいずれ見つかります」

「……一日くらい猶予は?」

「分かりません」

「そ。じゃあ泊まってけ」

「でも」

「強制」


 俺は人生で初めて犯罪を行う。


 罪状は未成年の軟禁。


 それと臭すぎる台詞言い過ぎ罪である。


「……」

「ダメだ」

「まだ何も言ってないです……」

「そっか。じゃあ決まり。沈黙は肯定と見做すのが我が家のモットーだからな」


 そんなこんなで俺はそのまま夕食まで作り、テレビを見ながら二人で笑って、そんで笑い疲れたまま布団にダイブする。


 スズをベットに寝かせ、俺はその下で横になる。


「やっぱり私が下に……」

「分かってないなスズ。ラブコメだとこういう時に男が床で寝るのが常套手段なんだぞ?」

「五つ下の私に対してラブコメするんです?やっぱり変態ですね」

「はいはい、俺は天下のロリコン様ですよ」


 そして電気を消す。


 しばらく無言の時間が続く。


 そして隣からガザゴソと布が擦れたような音が何度か鳴り


「あの……」


 スズが声を出す。


「何?」

「ありがとう……ございます……」

「……どう致しまして」


 俺にはこの子が今、何を考えているのか分からない。


 もしかしたら、こいつキモいな〜と思っている可能性だってある。


 まぁ流石にそれは違うってことは分かるけど。


 だけど、この子の経験した人生はとてもじゃないが俺には想像することすら出来ないくらい壮絶なものなんだと思う。


 そんなスズが今何を考え、何を感じているのか俺には分からない。


 でも


「俺に妹がいるなら……スズみたいな子がいいな」

「何ですかそれ」

「いや、なんとなくそう思っただけ」

「私知ってますよ。妹みたいな奴って言葉は、ワンチャン狙ってる女性に言う言葉なんですよね?」

「偏見が過ぎる……」


 スズは「やっぱり変態ですね」と小馬鹿にしたような台詞を吐いた。


 流石にキモかったなと反省してると


「でも」


 スズは小さな声で


「私も……マサトみたいな人がお兄ちゃんだったらなって……思わなくもないです……」


 俺は心臓が止まるかと思ったが、とりあえず


「え?今なんて?」


 難聴系みたいなことをする。


「な、なんでもないです!!」


 怒ったのか照れたのか、スズは布団を頭から被ってしまった。


 本当にラブコメみたいだが、相手は年齢で言えば中学に入りたてか小学生くらいだ。


 つまり健全な……いや信じられない程不健全だな。


 うん、何も考えないことにしよう。


「ふわぁ」


 大きな欠伸をしたと同時に、ふと思い出す。


 そういえば、今日俺早退したんだったなと。


『関、俺が帰ったこと怒ってた平江先生怒ってた?』

『あーどうだろ。怒ってたというよりも、なんか神妙な顔してたな。なんかブツブツと今の時間は……みたいな雰囲気で』

『なんだそりゃ。よく分からんが、怒られてないならいいや。それと明日も俺休むから、そこんとこよろしく』

『またかよ!!いや一応報告しといてやるけどさ、なんかあったのか?』


 ……


『いや、別に。ただ俺が逮捕されたらお前だけは味方でいてくれ』

『何?冗談?そういうガチっぽいジョークは好きじゃないんだけど』

『冗談に決まってるだろ。悪かった。それじゃあまた今度な』

『ああ。なんかあれば言えよな、ちゃんと』


 俺はいい友達を持ったなと心から思い、携帯を置いた。


 隣からは等間隔で可愛い吐息が聞こえる。


 この様子なら朝までぐっすりだろう。


 美味しい朝食でも作ってやるか。


「おやすみ、スズ」


 何年振りかの言葉に妙な感動を覚えつつ、俺は目を閉じた。




 ◇◆◇◆




 そして次の日


「……あのバカ」


 スズは姿を消した。


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