第19話 神回@マキルート

 配信画面の中央にゲーム画面。

 右がミーコで左が真希。二人のアバターは縮小され、端の方に表示されている。


『ミーコぽよ? テト?』

『…………ぁぃ』

『配信の時テトだったよね?』

『…………ぁぃ』

『今回もテト?』

『…………ぁぃ』

『じゃあウチもテトにしよ』

『…………ぁぃ』

『ミーコ対戦経験どれくらい?』

『…………ぁぃ』

『無いの?』

『…………ぁぃ』

『へぇ、意外……いや、え? 逆に対戦しないことある?』

『…………ぁぃ』

『ミーコ、ウチのことしゅき?』

『…………』

『そ"こ"は"返事してよ"ぉ"!?』


 真希は少し濁った声で悲鳴をあげた。

 それがまた視聴者達の笑いを誘う。普段の真希なら「やったぜ」と内心ほくそ笑むところだが、今回は全く余裕が無い。


(……とりあえずゲーム始まる。ここからどうする。ここからどうしよう!?)


 彼女は台本を用意するタイプであり、今回も用意していた。

 その内容をコラボ相手に伝えることは、有ったり無かったりする。今回の場合は、ミーコから生の反応を引き出した方が面白いと考え、何も伝えなかった。


 台本はミーコの配信を見て決めた。

 要するに、事前に用意したプランは完全に消滅している。


『リスナーの皆さん! ミーコのガードが堅いですぅ"!』


:まずは涎を拭け

:草

:ぽよを避けたことだけは褒めてやる

:最後の良心

:かわいい

:ミーコほんま喋らんな

:^q^

:防衛本能

:ミーコのデレが見たい


『ミーコのデレが見たい。

 それな。ほんとそれ。チラ。チラ』


 真希は露骨に視線を送る。

 ミーコのアバターは忙しなく目を泳がせるけれど、返事は無い。


『…………タイム』

『タイム? どしたん?』


 ミーコの声は極めて小さい。しかし不思議と真希が聞き逃すことは無い。それは、配信ツールに搭載された自動音量調整システムの効果である。このような状況を想定して兄が用意した機能によって、ミーコの声は正しく相手に伝わっている。


『…………かぃ、ふく、てぅ』

『か……え、なに? あっ、回復中かな?』


 ミーコは何度も頷いた。


『あははっ、めっちゃ頷いてる』


:かわいい

:真希スゲェな

:流石の新人理解力よ


『何を回復してるの?』


 ミーコの返事はツーテンポ遅い。


『…………えむ、ぴー』

『マジックポイント?』

『…………まだ、がんば、ぅ、ぽぃ、と」

『あふっ、まだ頑張れるポイント』


 真希は笑い混じりにミーコの言葉を復唱した。

 それは単なるリアクションではなく、自分の考えを言葉にすることで、その思考を視聴者と共有するためのテクニックである。


 今、私はこういうことを考えています。だから次にこのような発言をします。

 普通の会話ならば省略するようなことを、あえて表現する。それが分かりやすさを生み、視聴者からの「見やすさ」に繋がる。そして何よりも、今はミーコを置き去りにしない会話のテンポに繋がっていた。


 後者は計算ではない。

 全くの偶然であり、奇跡だった。


『ミーコがんばってるんだ』

『…………ぁぃ』


 ミーコは必死に頷いた。

 真希は母親のような優しい口調で言う。


『会話が苦手って言ってたもんね』

『…………ぁぃ』

『これ真希の視聴者マキリスに向かって言うんだけどさ、ミーコの動画、後で絶対にチェックしてね。ビックリするよ。マジで。これマジ。ウチほんと天変地異って感じだかんね。今の気持ち』


 ゲームの対戦を始める直前の画面。

 真希は雑談をして、どうにかミーコの状況を視聴者に伝えようとした。


 違うんです。この子ほんとは違うんです。

 普段の配信ではメッチャ元気なんです。本当なんです。


 と、そんな気持ちである。


『んじゃ、そろそろ始めるよー』

『…………ぁぃ』

『負けた方が勝った方の命令に一回だけ従うってことで』

『…………ぁぃ、ぁ、ぇ?』

『うへ、うへへ、スタ~トぉ♡』


:本性を現したわね

:今なんでもって

:ミーコはテト上手いんか?

:^q^

:俺は涎で手が滑ることを祈るよ


『さーて、ミーコはどんなプレイスタイルなのかな』


 真希は涎が出てそうな声で言った。

 その目はミーコのゲーム画面に向いている。


 テトリンヌはブロックを横一列に並べて消すゲームである。

 横一列に並ばなければブロックは消えず、上に詰みあがる。そして中央のブロックが最上部に届いた時、ゲームオーバーとなる。


 対戦の場合、ブロックを消すことで相手を攻撃できる。

 最下部からブロックが現れ、強制的に盤面が上昇するのだ。


 とてもシンプルだが戦略は多岐に渡る。

 ただし、基本的には「速い方が強い」ゲームである。


『うぉぇぁっ!? 速ァっ!?』


 ミーコの速度は上級者レベルであった。

 真希は慌ててブロックを落とし始める。


『ちょ、ちょま、何その速さ……あははっ、めっちゃミスってる』


 ミーコの詰み方はメチャクチャだった。

 とにかく速いけれど、まるで初心者が雑にボタンを連打しているかのようである。


 ──途中までは。


『んぉぁ!? なんだなんだ、舐めプか!?』


 ミーコが急にブロックを消し始めた。

 真希は悲鳴を上げ、中級者くらいの速度で対応する。

 そのまま真希が耐える展開となり、数分が経過した。


『できたぁ!』


 突然、ミーコが叫んだ。


『んぁ!? え"!?』


 真希はパニックになったような声を出す。

 視聴者達もコメントで驚きを表現していた。

 そんな中、ミーコは直前までとは別人のような声で言う。


『ハート!』

『ハート!?』


 真希は言葉の意味が分からなかった。

 しかし、ミーコの盤面を見て理解する。


『あははっ、ほんとだ。ハートできてる』


 ミーコの盤面には、綺麗なハートが現れていた。

 同じ色のブロックを使って器用に描かれた模様であり、勝敗とは全く関係ない。


『あははっ、ハート、あはっ、何してんの』


 真希はケラケラと笑いながらプレイを続ける。


『あー、ちょっと待ってちょっと待って。ミスった』


 笑いを堪え、プレイに集中する。

 それからしばらくして気が付いた。


『ミーコ?』


 ミーコがプレイを止めていた。


『ミーコどしたん? なんで動かない?』


 喋りながらもブロックを並べ、攻撃する。


『ミーコ? ハートできて満足しちゃった?』


 真希は遠慮なく攻撃を繰り返す。


『ミーコまだ終わってないよ? 負けちゃうよ?』


 ミーコの盤面は急上昇し、ハートが天上に突き刺さる。


『…………』


 真希はスゥゥと息を吸った。

 単純に、言葉を探しているのだ。


 一瞬の静寂。

 そこに、ぽつりとミーコの声。


『…………先にハートできたからミーコの勝ち』

『あふっ』


 真希は笑った。

「これそういうゲームじゃないから」と思ったが、あえて言わなかった。


『そっかぁ、先にハートできたから勝ちかぁ』


 スゥゥ、と再び息を吸う。

 真希はギリギリのところで理性を保ち、ミーコに言う。


『仕方ない。罰ゲームを受けよう!』


 それはもう涎が出てそうな声だった。

 

『なんでも命令してね』

『…………な、でも?』

『そうわよ。お姉さんに何でも言ってごらん』


 ミーコは口を開け、首を左右に振る。

 目が泳ぐ。あちこち見る。そして最後に、真希を見た。


『…………もっかい、やろ』


 真希は目を閉じ、上を見た。

 スゥゥ、と息を吸い込む音が聞こえた。

 

『んきゃわぁぁぁゆぃぃぃいっひぃぃぃぃ!』


:草

:今日何回壊れるねんwwww

:wwww

:^q^

:これほんとすこ

:ゆぃっひぃwww

:まだなんか叫んでる?


 とても離れた位置から発せられた声。

 高性能なマイクがそれを微かに拾う。


『ミーコのデレ期キチャァァァァァァァァァァ!』


:草

:デレ期www

:今までツン期だったんか?

:確かに心を開きつつある

:かわいい


『うへ、うへ、うへへ、やっとミーコがデレたぁ』


 真希は涎を拭きながらマイクの前に戻った。

 カメラが彼女の顔を認識し、アバターが動き始める。


『えー、ご報告があります。

 本日より、テトリンヌのルールが変更となりました。


 先にハートを作った方が勝ち。

 先にハートを作った方が勝ちとなります』


:新競技爆誕

:声やばいwww

:^q^

:デレッデレw

:今日ほんと楽しいw


『ミーコ(呼びかけ)

 うへ、うへへ。次は負けないぞ~♡』


 真希は危ない声で言った。


『……ぁぃ』

『ハッ、ハッ、ハッ、ハッ(過呼吸)

 みんな気付いた? 今ちょっと返事速かった。速かったよね?』


 真希は興奮した様子で言った。

 その声に返事をするようにしてコメントが投稿される。


 真希はコメントを読むため沈黙した。

 その途中、ミーコがぽつりと呟いた。


『…………こわぁ』

『あははっ、怖がられてる』


:残当

:wwww

:こわぁwww

:草


『え、なーんで? 真希さん怖くないよ? 優しいよ?』

『…………ぁぃ』

『あははっ、言わせたみたいになっちゃった』


:大人げない

:圧力やめろ

:涎垂らしとけ

:流石真希汚い

:涎が垂れても垂れなくても汚い女


『ちょっと待って。ミーコごめん、ちょっと待ってね』


 真希はミーコに一言告げて、


『コメントォ! コラァ!

 さっきからお前らボロクソ言いやがって! いい加減にしろ!?』


 真希はミーコをチラと見る。

 それは彼女からのキラーパスであった。


『……こわぁ』

『あぁぁ、待って待ってミーコ。今のは違うの。違うのミーコ。真希さん怖くない。怖くないよぉ~』


 ミーコは奇跡的にパスを受けることに成功した。

 

『……帰りたい』

『帰らな"いでぇ"!?』

 

 真希は大袈裟に叫ぶ。


『おにぎり! おにぎりあげる!』

『……具は?』

『具? えっと……なんだっけ……鮭?』


 ミーコは炬燵になった。


『ごめんごめん違う違う間違えた!

 そうだね。鮭は嫌いって言ってたもんね!』


 真希は割と本気で焦った。

 その一方で、コメントは大盛況だった。


『お願いミーコ出てきてぇ~』


 この後、ミーコは少しずつ口数を増やす。

 真希はミーコの変化を見逃さず、長年培った技術によって配信を盛り上げた。


 その最中、「マキルート」という単語がSNSのトレンドにひっそりと入り込む。これが新たな人を引き込み、視聴者数は七千人を突破した。


 マキルート史上、最高の数字である。

 再現性は無い。多くの要素が奇跡的に噛み合った結果だった。


 この配信をきっかけに、ピタリと止まっていたミーコ学園の生徒数は、特定の企業に所属していない新人とは思えないような勢いで増えることになる。


 ミーコは未来を知らない。

 数分後の出来事すらも計算できない。


 ただただ今を全力で生きている。

 真っ暗で何も見えない道を一生懸命に歩いている。


 決して楽な道ではない。

 彼女は既に何度も転んでいる。


 最初の目標は達成できなかった。

 震えが止まらないこともあった。

 時には意識を手放すこともあった。

 何度も涙を流し、胃の中身を吐き出した。


 それでも立ち止まらなかった。

 だからこそ、奇跡を手にする機会を得た。


 結果を見れば何もかもが順調だった。

 だけど──百万人は、まだ遥か先に有る。


 超えるべき壁。襲い来る障害。

 それら全てを一直線に乗り越えられる程、奇跡は安くない。


 彼女は、まだまだ弱い。

 しかしハードルは次々と高くなる。


 ゴールが先か。

 力尽きるのが先か。


 その答えは、まだ誰にも分らない。

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