第17話 ミーコを引っ張り出そう!
『引きこもります!』
ミーコの声が電子の海を駆け抜け、響き渡る。
それから数秒の間が生まれ、真希は目を丸くして叫んだ。
『うぇぇぇぇぇ!?』
ミーコの「引きこもり宣言」は口だけではない。
画面に表示されるアバターが、しっかりと変化していた。
いわゆるデフォルメ表現。
二頭身のキャラとなり、小さな炬燵から顔だけを出している。
イラストのようなデザインだが、静止画ではない。
定期的に「まばたき」をしており、耳もぴょこぴょこ動いている。
それだけではない。真っ白だった背景に「強いストレスを感じると引きこもります」という文字が表示されていた。
『なんか出たァ!?』
真希は大袈裟に反応してみせた。
この出来事には彼女も驚いている。しかし彼女はベテランである。不測の事態には慣れており、むしろ「おいしい」と思える程の余裕がある。
『強いストレス!? なんで!?』
真希は全力で「振り」を投げた。
瞬間、ミーコが次の動きを見せる。
『ふふっ、タイピングしてる』
真希は思わず笑ってしまった。
彼女が口にした通り、ミーコの正面にキーボードが現れ、ミーコはそれをダダダと両手で攻撃した。ミーコの保護者達が用意したアニメーションである。
『文字が変わった!?』
真希は大きな声で実況する。
画面には先程まで「強いストレスを」という文字が表示されていたが……。
『コミュニケーションの圧が強い!? どゆこと!?』
ミーコは返事をしない。
アバターが「じと目」になり、真希をじーっと見ている。
『……ミーコ(呼びかけ)
よーしよしよし、大丈夫だよぉ?』
真希は驚異的なアドリブ力を見せた。
『真希ちゃん怖くないよぉ? 優しいよぉ?』
真希は優しい声を出しながら考える。
この展開、どうすれば最も配信が盛り上がるだろうか。
まずは炬燵に引きこもったミーコを引っ張り出す。
とてもシュールだけど、このネタを五分は引っ張れるはずだ。
その間に次の作戦を考える。
あるいは、このままアドリブで最後まで駆け抜ける!
『ミーコ(呼びかけ)
お願い、出てきてぇ……?』
ミーコは沈黙する。
そして数秒後、サッ、という効果音を残して炬燵の中に隠れた。
『なんでぇ!?』
:拒絶されてて草
:どういう状況なのwww
:絵面おもしろ
:かわいい
『ちょっと待って。ちょっと待って。打ち合わせしてない』
真希は笑いながら言った。
『あはは、放送事故だよコレェ!?』
内心、かなり慌てている。
だけど決して本気で焦った様子は見せない。
あくまでエンターテイメント。
そして、新人の魅力を皆に伝えるための配信。
『みんな助けて。コメント。コメントして。どうすれば良いかなこれ』
:草
:かわいい
:とりあえず歌うとか?
:まずは服を脱ぎます
:おもろいから何も言わんとこ
『まずは服を脱ぎます。
あー、なるほどね。炬燵だからね。
ウチも寒くなっちゃった。
ぐへ、ぐへへ、炬燵に混ぜて……みたいな?
いやドン引かれるわ!
不採用! 他のアイデア出して!』
:草
:^q^
:迫真のノリツッコミ
:wwwww
:日頃の行い
:かわいい
:物で釣れるとか?
『笑ってないで考えて!
日頃の行いとか言うな!
物で釣る! それ! それ採用!
何で釣ろう? 何が良いかな!?』
コメントの勢いが加速する。
:本人が回答する
:自己紹介にヒントがあるはず
真希はゲームで鍛えた動体視力を生かし、有益なコメントだけを拾った。
『自己紹介……好きな食べ物!』
あえて思考の過程を口にする。
そして慎重な様子でミーコに問いかけた。
『ミーコ(呼びかけ)
これ、おにぎりだよ』
スッ、という音と共にミーコが顔を出す。
『出てきた!?』
タイピングをするミーコ。
『具は何か?』
真希は文字を読み上げ、思考する。
ミーコは猫。猫が好きそうなもの。魚介類。
『鮭だよ~?』
ミーコは沈黙する。
じと目で真希を見つめ、そして──サッと炬燵に隠れた。
『なんで!? 鮭ダメだったの!?』
炬燵の外にキーボードが現れる。
ミーコは指だけを出して、それを攻撃した。
──好きです。
『じゃあ出てきてよぉ!?』
真希は悲鳴を上げた。
それは視聴者の笑いを誘い、「草」や「w」というコメントが流れる。
結果だけを見れば、配信は順調だった。
何も知らない視聴者からすれば「そういう演出」として楽しめる内容だ。そもそも専用のイラストが登場している時点で、「本物の事故」と考えることは難しい。
だがこれは真希にとって本物の事故である。
それがまた演技では表現できない必死な態度に繋がっている。
『みんな、次のアイデア出して!』
──真希は考える。
コメントを募集し、アドリブで場を繋ぎながら、必死に頭を働かせる。
ミーコの「引きこもり」は計算のはず。
でも全く打ち合わせをしていない。本当に大丈夫かこれ。どうしようこれ。
今日の配信枠は一時間。
まだ十分も経過していない。
このまま五十分ほど場を持たせ、さらに落ちを付ける。どういう落ちが面白いか。ミーコが出てくる。最後まで出てこない。別の話題が始まる。このまま突き抜ける。流石に五十分は飽きる。きつい。他の物で釣る。さっきの自己紹介だけじゃ無理だ。配信で何か言ってなかったか。趣味。特技。なんでもいい。何か、面白いことを!
──ミーコもまた考えていた。
このまま終わりたくない。会話したい。面白い配信にしたい。でもどうしよう。声が出ない。声が出せない。何もできない。私には、何も無い。違う。違う。ミーコは違う。ミーコはできる。ミーコには、できることがある。ミーコは、がんばれる!
視聴者達は普通に配信を楽しんでいる。
配信者が、その言葉の裏側で何を考えているかなど、知る由もない。
普通のコラボ配信ならば、ある程度の流れを事前に打ち合わせる。しかし、今回の真希はあえて何も指定しなかった。普通に会話するだけで、十分に間を持たせられると思ったからだ。真希は、ミーコのトーク力を過剰に見積もっていたのだ。
(……これ、ダメかも)
打開策を探す途中、真希は弱気になった。
(……おもしろ)
だからこそ、心に火が付いた。
彼女の目的は「推しの魅力を皆に届けること」である。新見真希は、推しの魅力を伝えるためだけに存在している。その最たる時間がコラボ配信。失敗は許されない。
逆境。困難。重圧。
全てのマイナスが、彼女を奮い立たせるモチベーションとなる。
『ミーコ、いつもはゲーム配信してるよね?』
真希は言った。
ミーコは炬燵から顔を出した。
『おっ!?』
真希はミーコとは反対方向に顔を向ける。
『すぅぅぅ、待ってね。待って待って待って。落ち着いて。慌てちゃダメだよ。大事な場面だからね。振りじゃないからね。ゆっくり。ゆっくりね……』
自分に言い聞かせるような言葉。
それからミーコに顔を向けて、にこにこ笑顔で語り掛けた。
『お姉さんと一緒にゲームしましょ?』
ミーコは再び炬燵に戻った。
『なぁァんでぇ!?』
:声www
:^q^
:wwwwww
:^q^
:声だけで涎が見えるんよw
:^q^
:声ヤバww
:情欲が滲み出てた
:センシティブ
:^q^
:涎拭けwww
『ウチはいつもこういう声ですぅ!?』
視聴者達からの総ツッコミを受け、真希は叫ぶ。それがまた笑いを生み、コメントが加速した。視聴者の数は、いつの間にか三千人を突破している。
──スッ
『!?』
真希は表情と息遣いだけでリアクションをした。
ミーコは炬燵から顔を出した後、タイピングをした。
『何のゲームやるの?』
真希は新しい文字を読み上げる。
それから目を見開き、口を大きく開けた。
数秒、顔芸を披露する。
その間にコメントを読み、頃合いを見計らってから言った。
『……デレた? これワンチャンある?』
:ミーコ逃げて!
:^q^
:逃げて!
:どこに通報すれば良いの?
:^q^
『逃げて。逃げて……ふふっ』
真希はコメントを読んで笑う。
『どこに通報すれば良いの?
通報すんな。何も悪いことしてないでしょ!?』
一見すると視聴者に対するサービスだが、実は違う。
彼女はコメントを拾うことで時間を稼ぎ、どんなゲームをするべきか考えていた。
『ほらまたミーコ隠れちゃったじゃん!』
まずはミーコの配信や動画を思い出す。
ミーコがプレイしていたゲームを脳内にリストアップして、二人で遊べるタイトルだけを残す。その中から視聴者が最も喜びそうな作品を考える。
『健全なゲーム! 健全なゲームだからね!』
その言葉を口にした時、既に結論が出ていた。
『ミーコ、どんなゲームやるか気にならない?
気になったら、顔を出してくれると嬉しいなぁ』
:嬉しいなぁ^q^
:また涎が出てるんだよなぁ
:欲望を隠せない女
ミーコは顔を出した。
:おっ!?
:今度こそイケるか!?
:かわいい
:来たか!?
:どんなゲームやるんだろ
:真希落ち着いて
:涎拭いてから喋れよ
次々とコメントが流れる。
多くの視聴者が注目する中、真希はミーコにゲームのタイトルを告げた。
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