第67話 もう一つの組み合わせ

 ブリタニカ辺境伯は、かつての王国の流れを汲む地域だと言われている。スフェノファの中で唯一、人族以外を受け入れている。この国の他地域では、人族以外は、劣った人種として教えられるのだが、辺境伯領では様々な人種が混血した姿が人族なのだと教えられる。


実際に系統の違う獣族や妖精族などと混血が進むと人族の姿になる。また、魔族は形態的な特徴が割と人族に近い者達が多い。サイザワさんが違和感なくスフェノファで暮らしていたのは、それも大きい。魔族は人族に形態は似ているが、魔力量が多く力も強い。


どちらが上とか下とか議論しても意味が無い、特性が違うのだというのがスフェノファ以外の国では良く言われることでもある。

そして、信仰する神々も種族や地域によって様々だ。この神々についても、ある程度格付けはあるものの、邪神以外はその信仰を妨げるようなものはない。


 スフェノファでも、様々な種類の神々を信仰している。またその神に応じて神殿がある。その一つの勢力として、かつて封印されたという邪神を崇める集団がある。ここでは邪神は、かつてこの世に魔力マナをもたらした者として信奉されているのだ。この国は魔力マナの力が弱い地域であることからか邪神を信奉し、この地に豊かな魔力マナを注いでくれることを願っているのだ。


魔力マナの豊富な地域では、実りも多くなり、人の魔力も上がり、豊かな生活が営めると信じられているのだ。事実、その通りでもある。


そのため、邪神を崇める神殿は、総てが封印された邪神を蘇らせることに固執しているわけでは無い。

魔力マナをもたらしてくれる存在が出現するのならば、それで構わないのだ。


いずれにせよ彼等は、召喚の陣を使い勇者を召喚することについては、必要だと考えている。


それは、魔王の持つ封印の指輪を、取り戻すためだと。単に召喚の陣を使うだけでは、魔力マナをもたらしてくれる存在である邪神が現れることは無い。封印の指輪にある邪神の魔力マナが必要なのだ。


封印の指輪には二つの能力があると伝えられている。一つは、邪神の書に封じられた邪神を蘇らせるというものである。

もう一つは召喚の書を使い、新たな邪神を召喚するというものである。


だが、いずれにせよ、そこには多大な魔力が必要となる。王都の地には、それほどの魔力マナは宿ってはいない。何故なら、スフェノファの王都、召喚の書が封じられている場所はこの大陸で最も魔力マナの少ない場所だったのだ。それが、何度かに渡る勇者召喚で使い果たしたと言われていた。


「辺境伯様は、コボルト達や子供達が行方知れずになるのは、その魔力マナを得るためでは無いかとお考えです。


昔話を本気にするなどと笑われるかも知れませんが。魔力マナだけが足りないのであれば、それを注げば邪神を召喚できる可能性も考えていたかも知れません。


先立って、勇者が召喚されたと噂がありました。先に攫われた子供達やコボルトは、その礎になったのではないかと、仰っていました。魔力マナだけでは、邪神の召喚は駄目だったのでしょう。


結界は、実は魔の森の中にも及んでいる地域があります。その中にあるコボルトなどの集落は、今後は護られましょう。結界の外にある集落に関しても、辺境伯様は結界内に移動することを推奨されております。

ただ、この頃は悪い噂もあって、なかなか上手く事が進んでないようですが」


「なぜ、その話を私に」

「商売人は、鑑定持ちが多いのですよ。私は仕事柄、鑑定のレベルは非常に高いのです。女神像の輸送に当たっては、失礼ながらイチローさんの鑑定をしておりました。

王城側から差し向けられた者であるかどうか、確認する必要がありましたので。

しかし、今はイチローさんについては全く見えなくなりましたね」


「はい。あれから色々とありました。そのお陰ですかね」

だから、かつて仕事を辺境伯領へ移したらどうかと言ってくれたのだろう。なんとなく面はゆい気もする。


アルディシア氏とは店の前で別れた。今度、ゆっくり出来る機会があれば、店に来てくださいと言われた。

「機会があれば」

そう答えはした。アルディシア氏は、お土産にと店で幾つか焼き菓子持たせてくれた。



「中央神殿に行って、その近くでお菓子を買ってきたんだ。美味しそうだろう」

噂話からテンションが低いイサオ達だったが、焼き菓子をみてユナがやや浮かんできた。サイザワさんも嬉しそうだ。いや、あの人はいつも楽しそうか。


「中央神殿の女神像は、王都に居たときに仕事で運んだんだ。それで、見に行ってたんだよ」

まるで言い訳をするかのように、そう話をした。

「え、その結界張った女神像、私も見たい。で、このお菓子屋さんにも行きたい」

ユナはマドレーヌを頬張りながら、気分が上昇したようだ。


「じゃあ、明日、みんなで見に行こうか。これ売ってるとこ、喫茶店もあるから、お茶もできるよ。少しあちこち見て、歩いても面白いよ」

という話になった。



「そう言えば、サイザワさん。封印の指輪ってどうなったんですか」

「急にどうしたんだい」

「いや、女神像を見てたら、なんとなく思い出して。この世界って、オレ達の世界じゃ考えらんないモノがあったりするので。結界を張る女神像も凄かったんですけどね。あれ、設置して、巫女さんみたいな女性がなんかやったら綺麗に輝いて。周囲も清浄な気配?みたいなものに包まれたみたいで。なんか、凄かったなと。

それを思い出したら、物見遊山的ではあるけれど、もし、有るんだったら見てみたいなあと思ったんですよ」


「ああ、残念だけど処分しちゃったからなぁ。邪神の書と対になっているからね。もうあんまり意味はないものだったしね。邪神の書が無くなったせいか、直ぐに砕けちゃったよ」

「そうですか。それは残念」




 サイザワさんは、用事があるとして別行動になった。残った5人は、中央神殿の女神像の前に立っていた。今日は、ちゃんと全員腕輪をつけている。


再び、知っている人に出会っても問題は無いだろうと、太郎は女神像を眺めながら思っていた。ユナは女神像の美しさに夢中で、色々な角度から見ている。イサオとケンジは、女神像を見ながら

「なんか、心が洗われるようですね」

なんていう会話をしている。ここに来て良かったのかもしれない。


「白金、召喚の間まで行けそうか」

「鳥とネズミですので、可能かと。鳥は昨日には王都までに至りました。ネズミは鳥が置いた支店の基を通じて王都に。王城で記憶を頼りに召喚の間まで」

「そっか。打てる手は多いほうが良い」

白金と太郎は、そんな皆を眺めながらボソボソと小声で会話をしていた。


「杞憂で済むなら、それに越したことはない」

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