第45話 太郎、誑かす


 結局、太郎はシルヴァを連れて帰るしかなかった。

仕方なくギルドの支店にある仮眠室にぶち込んだ。増設された当初は、使い道があるのか? と思っていたが。こんな事で使うことになるとは思わなかった太郎であった。支店の奥は、太郎が許可した人間は入れる。



翌朝、

「昨日聞いたけど、この街に来てから仕事をしてないんだろう。気分転換に仕事をしてみないか。取り敢えず今日は、一宿一飯の代償として、オレの仕事を手伝ってくれ。ちゃんと日給も出すぞ」


仮眠室で、二日酔いの頭を抱えたシルヴァに朝食を提供しながら、太郎はそう言った。ついでに、二日酔いの薬も渡した。


商会の仕事をしていたというので、溜まっていた資料の整理をシルヴァにしてもらった。奥の部屋で一人、シルヴァは黙って手際よく書類を捌いていった。

二日酔いの薬は良く効いたようだ。


今日はダンジョン支店を白金に任せ、太郎が様子見をしていたが、シルヴァは問題なく真面目に働いている。ダンジョン支店の販売などに関するとりまとめなどは、太郎の方が色々と教わることになった。中々有能そうだ。

少し遅くなったが、支店の休憩室で一緒に昼飯を食べた。


「これ、タロウが作ったのか。美味しいな」

シルヴァは、ちょっと感動していた。この街にきて、ずっと宿屋暮らしをしていると言っていた。昨日一緒に飲んでいたときは、シルヴァはなにか荒んだ感じがして、目も据わっていた。年もいっているように見えたのだが、こうして昼食を囲んでいると雰囲気が違っていた。すこし明るくなり、夕べよりも若く見えてきた。


「お袋の知り合いの世話にずっとなっている」

と言っていたが、彼女に紹介された宿屋で、食事も三度三度その宿屋で取っていたという。

「なんか一人の食事って、味気ないよな。誰かと食べるから美味いのかな」


「なあ、シルヴァ。お前さ、ホントのところは、家の事で辟易しているんだろ。いっその事、しばらく休まないか? 」

「ヘ? 」

「いや、昨夜、うんざりだって言っていたじゃないか。知り合いの人にせっつかれるのも、クレナータとやり取りするのも」

「そんなことを、言ったか? 」

本当は、言っていない。


「なんだよ、覚えてないのかよ。よっぽどストレスが溜まっているんだな。酔っ払って無意識に口にしてたのか。無意識に、口に出すとは余っ程の重症だ。それだけ、重荷になっているんだよ。やっぱり少し離れた方が良い。考えすぎても良いことないぞ」

ほぼ、口からの出任せである。

「いや、でも。休むったってなあ」


「それでだ。しばらく、ウチで働かないか。何かやることがあった方がいいだろう。

手伝いだから、そんなに忙しくはない。気晴らしにいいぐらいだ。

俺は探索ギルドの中で仕事をしてるけど、ギルドに直接雇われてる訳じゃないんだ。半ば独立している。自分のスキルを使って貸倉庫屋とか、販売とかをしているんだ。

で、漸く仕事が軌道に乗りだした。その手伝いをして欲しいんだ。

きっといい気分転換になる。午前中、楽しそうだったぞ」


「いや、でも…」

「昨日、話していて思ったけど、家のことは、お前のストレスになってる。頭痛がすると言っていただろう。それがその証拠だ。

しばらく、ストレスの元から離れた方がいいって。精神的にかなり参っているじゃないか。このままだとろくなことにならない。


ここで倒れてみろ。何もできなくなるぞ。知り合いとかも、いないんだろう。精神的なダメージの蓄積で、身体も壊れるんだぞ。このままじゃ良くない。朝起きたときに疲れがとれていないようだったし」

二日酔いだっただけである。


「いや、そうは言っても」

「お前は、お袋さんの敵を取りたくないのか! このまま、体調が悪くなれば、周りに見透かされて足元を掬われるぞ。そうなっても、誰も助けてくれない。お前がしっかり戦うためにも、体調を取り戻す必要があるだろう。


この頃、色々と上手く行ってないって言ってたな。それは、お前が悪いんじゃない。

ただ体調が悪くて、上手く立ち回れないからだけなんだ。頭がちゃんと働いていないんだよ。身体が万全じゃないから。

このままだと、敵討ちができないぞ。まずは身体を整えて、万全にしないと」


シルヴァは黙って考え込んだ。確かに色々と上手く行っていないのは事実だ。この処、精神的にも不安定だと感じていた。妙な焦りも感じていた。だが、今は随分と落ち着いている気がしていた。


「宿屋を通じて、お袋さんの知り合いには連絡しとく。今のお前が直接会って、心配かけるのは良くないからな。会うだけでも、精神的にきつそうだから。大丈夫だ、きっとわかってもらえるよ。戦略的休戦なんだから。

なに、今度会ったときに、元気な姿を見せれば良かったねって、言って貰えるさ。お前のことを考えてくれる人なら、そう思うのが当たり前だ。

それと役場にも、俺の方から連絡を入れておくから。俺の方からもしっかりと釘を刺しておくよ。


お前さんは、気分転換に少しユックリして、それから得意な仕事をして、リラックスしたほうがいい。本当に午前中、仕事を楽しそうにしてたぞ。気分も少し上向いていないか? 身体も少し楽になってないか? きっと気分転換に仕事をするのが、合ってるんだよ。


仕事するに当たっては、このまま、この建物の仮眠室を使っていいからな、誰も使ってないから。寝心地良かったろう。宿代はいらない。

まあ、俺は商売始めたばかりだから、ついでに色々とアドバイスしてもらえると助かる。


大丈夫だ、お前がすこし休暇をとることについては、俺が、ちゃんと話をつけてやるから。少し遺産のことからは、離れた方が良い。今、上手くいってないのは、お前が行き詰まっているからだ。疲れているからだよ。

で、リフレッシュして、体調を万全にして、新たに取り組むんだ。そうすれば、気分も変わって前向きに対処できるぞ。そうすれば、全部、上手くすすむようになるさ」


「そんなものなのか」

「そうだ。人間、そんなものなんだ。今日、気分転換に仕事をして、体調が少し良くなったろう。気分もすこしいいだろう。仕事をして休みを取れば、きっと上手くいくよ」


朝飯のスープは、残っていた冬虫夏草を混ぜた。だから少し体調が良くなっていたはずだ。お昼のスープにも混ぜてある。気分も持ち直すだろう。冬虫夏草はかなり優れた食材のようだ。


こうして、本人の意思を有耶無耶なままにして、なし崩し的にシルヴァは貸倉庫屋、初の人間の店員となった。



「じゃ、ダンジョン支店、頼んだ」

「ヘっ ? 」

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