第12話 ユセンの街 2
太郎は、アルディシア氏の馬車に乗って送ってもらった。商業ギルドで下ろしてもらった際に、宿への紹介状を手渡され、明日店の方に来てほしいと言われた。
商業ギルドで依頼完了の手続きをすまし、アルディシアに是非ともここに宿泊をしてくれと言われて、地図と紹介状をもたされた宿に行ってみた。その宿は、どうみても一般人が気軽に泊まる様な宿屋には見えなかった。
しかもアルディシアの紹介ということで格安の値段を提示された。アルディシアは温泉に入りたいと言っていた太郎の言葉を覚えていて、高級温泉宿を紹介したのだ。宿代まで出す義務は依頼者にはない。だから、割引価格にしてくれるよう手配してくれたのだろう。
太郎は、今までの人生でも終ぞ宿泊したことのない上質な部屋に案内された。
「アルディシアさん、本当に困ってたんだな。なんかお役に立てて良かったな」
風呂は部屋にも付いていて外が眺められる貸し切り風呂になっていた。他の人が居ないことから、白金をトランクルームから呼びよせた。白金は温泉だからといって喜ぶこともなかったが、
「なるほど。このような成分でこのような効能があると。ふむ」
お湯を手に取って見つめながら、何か情報解析でもしているのかそう独りごちていた。
「お前さあ、温泉だぞ。もっと楽しめよ」
「体に良い効能があると、楽しいのですか?」
と聞かれてしまった。
「いや、う~んと。いつもの違ったシチュエーションだろ。一仕事終えて、ゆったり気分だろ。そういった雰囲気を楽しむんだ」
そんなやり取りをしながらでも、その日の晩は温泉を満喫しながらのんびりと過ごした。
翌日、アルディシア商会へ行くと店は大忙しのようだ。今まで主が不在だったためかもしれない。しばらく待たされたが、美味しいお茶とお菓子が用意されていたのでそれを楽しんでいた。
「お待たせしました。ちょっと取り込んでいまして申しわけありません」
アルディシア氏からは5日後の乗合馬車がとれたので、と切符を渡された。
「本来ならば、祭りも見ていっていただきたいところですが、イチローさんも都合があると思いましたし、ギルドでそういう手配になっていましたので。
もし、もう少し滞在できるのでしたら、いくらでも変更はききますよ」
「いえ、お忙しい中こちらこそすみません。ありがとうございます。
あの、こう言っては何ですが、もし私でお役に立てそうな仕事があるのでしたら、ここにいる間でしたらお引き受けしますが」
さっき、店の人のやり取りがちょっと耳に入ってしまったため、気になって口にしてしまった。アルディシア氏はその申し出を受けて、少し考えてから
「図々しいようですが、よろしいのですか。私が店の収納ボックスを持って出てしまっていたので、少々滞っているものがありまして。大変ありがたい申し出です」
「いえいえ。仕事をもらえるならば、私としては大変ありがたいです」
そんなこんなで、太郎は仕事を3日間ほど引き受けることになった。
お祭り前の賑やかな雰囲気のユセンの街で、仕事を引き受けてはいるものの太郎の気分もいつもとは違ってなんだか軽くなっていた。
ユセンの街は王都よりも道が整備され、舗装されていた。ゴミが道に捨てられることなく綺麗だ。街の区画も碁盤の目の様になっていてわかり易い。
(王都よりも生活しやすい気がするな)
太郎が乗合馬車に乗ってユセンの街を出てから5日後、彼が運んだ女神像を中心として辺境伯領に結界が張られた。祭りのメインイベントだ。そのとき、中央の女神像は虹色に大きく輝きその存在感を示した。
辺境伯領は森林や隣国と面しているため、防衛手段の一つとして予てから結界を張ることを画策していた。場所によっては魔の森の近くに接する部分もあったためだ。名目上は魔物から領地を守護するためとしている。
そのための神殿と神像であった。この結界を張るための神像は、発注されたときにどの像が中心の像になるのかを秘匿させていた。その像が結界の要になるからである。要の女神像の情報を錯綜させたのは、自国の王が陰で妨害する可能性を考慮したためでもあった。だが、それが今回のような連絡の不手際に繋がったと辺境伯側では考えていた。
それによって最も重要な女神像が危うく期日に間に合わないところであったとは。もし、この日に間に合わなければまた日を読み直し、場所を再考しなおし再び長い年月をかけなければならなかったのだ。
実際に情報が錯綜してしまった事は、確かに何らかの工作があったのかもしれない。だが、それによって太郎は辺境伯領まで行けたのも確かだった。
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