第7話
釈天は僕にぼろを着せ、仮面を被せて、サーグラタットの賎民街を連れ回した。
賤民街にはいろいろな人種がいた。来迎屋に始まり、医者、娼婦、病人……どの人も屋敷の中にいては絶対に関わらない人々だった。誰もが何かしらに苦しめられており、一般の人間からじゃ考えられないような悩みを持っていた。法を犯すものも、犯さない者もいた。その暮らしを嘆いている者も、楽しんでいる者もいた。それらの人間に、見たところ違いはなかった。
誰もが皆、死に抗って生きていた。
生きたいと願っていた。
「わからなくなりました。賎民は排除すべきものなのに、悪い人ばかりじゃない。元はいい人でも、金銭やその他の理由から罪を犯す者もいる。僕はそんな人も裁かなければいけないんでしょうか」
国内最大級とも噂されるサーグラタットの花街は、賤民街と港をつなぐ中間点にあり、海から聳え立つ斜面にへばりつくように広がっている。仮面も仮面じゃない者もまじりあう不思議な空間だった。
街を見下ろす階段に座り、仮面を少しずらし露店の焼き鳥を頬張る。粗雑にかけられた香辛料は、屋敷では絶対に食べられないような荒々しさがあった。
「そうだね。でもその人がやったことは悪いことだ」
その時の僕には、釈天の答えは冷たいものだった。根は優しい人なのに、いけないことをしただけで裁かれなければいけないのだろうか。ひとでなしだ、と思った。
「一つ、宿題を出そうか」
釈天は焼き鳥を食いちぎった。
「俺には、ダキニ族の娘がいる」
「人喰い一族の?」
「そうだよ。俺と同じ白い髪をしているけれど、俺と違い人を食べて生きる種族だ。愛染くんは、俺の娘にどんな裁きを与えるのかな」
みな生きたいだけ。幸せになりたいだけ。
釈天の子供だというその子も、ただ食料が欲しいだけ。
今の僕じゃ判断がつかなかった。
「常に考えるんだ。自分がなりたい領主の姿を、自分の信条を。揺らぐことない信条が、領主を領主たらしめる。もっと勉強して、人と触れ合って見識を広めるんだ。そうしたらこの宿題もきっと解ける」
釈天は紙袋に食べ終わった串をいれて立ち上がった。
「さて、そろそろ潮時かな」
「え?」
「俺とはここまでだ。ここから領主邸までそんなにかからない。帰ったら、ここ数日の記憶は無かったことにして過ごしなさい」
隣の山の上、頂上にある玉ねぎ頭の領主邸を見つめながら言った。白い髪が金色の海風に乗り、はためいている。
なんとなく察しはついていた。これが永遠の別れになることを。
「釈天さん」
「なんだい」
「ありがとうございました」
「礼を言われる筋合いはないな。俺が買った少年が勝手に逃げただけなんだから」
釈天は脇に置いてあった棺桶を背負うと、階段を降り始める。屋敷とは反対方向だった。ここ数日で分かったことだが、この不格好な棺桶は、人が入っているわけではなく、行商を行う来迎屋が仕事道具や家財を入れているだけのものだった。外からは不気味に見えるものでも、中身を知れば日常だなんて、賤民そのものを表しているようでもあった。
「じゃあね、愛染くん。願わくは、安らかな輪廻を」
来迎屋の常套句だけ言って、立ち去ろうとした釈天に向かい、必死で叫ぶ。
「最後に一つだけ、聞いてもいいですか!」
釈天は振り返らずに歩みだけ止めた。
「ダキニ族の子の、名前を教えてください」
もし会えた時、ちゃんと答えを出せるように。
「伊綱だ。縁を繋げられるように、伊綱」
それだけ言って、釈天は踵を返した。
手をひらひらと振りながら遠ざかっていく背中を、僕はしばらく見つめていた。
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