エデン

その時、僕の祈りが突然感電して宙に浮いた。それがちょうどピサの斜塔の天辺の辺りまで昇った頃、僕は一九二〇年代の黒人労働者の姿を頭の画布に写しとりながら、折れた翼を背負って薔薇を運ぶ牛乳配達のオヤジを眺め始めた。棘に鼻先を刺されながらも意識は実に正常で、きっとヴィトゲンシュタインを読みながら麦酒ビールをひっかけてもオヤジが沈黙することはないだろうと、僕は独りで合点した。……酔い潰れ? 意識のフェイドアウトは確かにオソロシイけれども、美味しい夢を見るにはカードを切ることだって必要だ。だから、このオヤジは恐らく今夜、タトゥーを施した聖母マドンナを、卓越した論理学の中に見る。托鉢僧の振る舞いなんてものには、きっと怒りを覚えるに違いない。彼らは口から生まれたのではなくて、過去を生きた人間の中から生まれたのだから。それを知る者は、自由の風の心臓しんのぞうに神の屈折を見るはずだ。……嗚呼、古今東西、人権のラジオに付きまとう土砂降りの雨、雨、雨! 自由、自由、自由は、大きな合衆国の小さな砂場の砦で泣いていた。それを見た二匹のトイプードルの片割れは戦慄わななき、もう一方は微睡まどろみ、彼らを抱く御婦人は第七感に至るまでみんな渇いていたし、今も渇いているし、きっと将来も渇いているだろう。遥か彼方の二十二世紀のため、ピッツァの焼き窯にマッチをって太陽を造り出す日々が続く! 誰が? ─── 決まっているじゃないか、あの牛乳配達の、美味しい夢見る薔薇のオヤジだ!



 ピサの斜塔は、さらに一段と傾いた。







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