心優しき狂戦士

空宮海苔

狂化の戦士と天使の僧侶

狂戦士は冒険者の夢を見るか

第1話:追放された狂戦士

「デ、デイス……お前は追放だ! 俺のパーティーには、居させられねぇ」


 宿屋で俺に向かってそう宣言してきた男の名は、セイズ・ヘルテン。

 短い金色の髪の下にある赤色の瞳には、恐怖と焦燥が映っていた。


 セイズは、その与えられたギフトから『勇者』とも呼ばれる冒険者だった。

 大きく身体強化を得られる――そう、正に物語の主人公のようなギフトだ。


「……なあ、嘘だろ? あれだけで? そんなにあれが駄目だったのか?」


 俺は手を伸ばし、縋り付く。

 しかし、その手が取られることはなく、代わりに化け物を見つめるような目線が返ってくるのみだった。


「当たり前だろ! ……お前みたいな化け物・・・に、背中は任せられない。俺ら三人で十分だ」


 セイズは、周りを見渡しながらそう言った。

 周りにいるのは、同じく冷や汗を垂らし、それでも平静を装いながら立っている二人の女性。

 テイルと、ケール。どちらも苗字はない。

 このパーティーの盗賊職と、魔法使いだ。


 テイルだけは、頭に猫の耳が生えていた。

 それは半獣人の証だ。


「う、うん。ごめんね。流石にあれはちょっと……仲間じゃない」


 そう言ってきたのは、ケール。


 謝ってはいるが、ただ怖くて、報復されたくないから言っているだけのことだろう。


「そうよ! あれは仲間なんて呼べない……じゃあね」


 テイルはそう言って、最後に扉をバタンと閉めた。


 俺は、デイス・ラグナル。

 狂戦士、なんて呼ばれている。


 こんなイカれた名前になっているのは、俺のギフトのせいだ。

 恩寵おんちょうとも呼ばれるそれは、成人である十六歳に達すると貰える神からの力、だと言われている。


 俺のは『狂化』だと言われたか。

 念じると、発動し――そして、理性を失う。

 その代わりに、超強力な身体能力の強化が貰える。


 ――そう、理性を失うのだ。そんな俺の様子に、みんなは恐怖する。

 『アイツは化け物だ』って。


 俺のギフトだけ、こんなデメリットがある。

 デメリット付きのギフトなんて、そうそうないのに。


 こんな化け物みたいなギフトなら、いっそ無い方がマシだったかもしれない。


 無気力になりながら階段を降りて、人々が和気あいあいと食事をしている中を抜け、宿屋の扉を開ける。


 外にあるのは、嫌になるくらい青い空と、俺を責め立てるように、燦然さんぜんと輝く太陽。


 歩いていればこの絶望がどうにかなるような気がして、いつもと変わらない石畳の上を宛もなく歩く。


 しばらく何も考えずに歩いていたが、一つ気になるものが視界に入った。


「……教会?」


 横を見ると、半開きになった大きな扉の奥に、きらびやかなステンドグラスが飾られた、純白の教会があった。

 俺にこの恩寵を与えた神は、今どんな気分でいるんだろうか。


 まるで何かに誘われるように、教会の中へと足を運ぶ。


 奥には、やたらと綺麗に磨き上げられた祭壇があり、それはその奥の色とりどりの男性神を模したステンドグラスから差し込む光を美しく反射していた。

 内部は並べられた木製の長椅子から、真ん中に伸びる白い大理石の道に至るまでの全てが恐ろしく清潔に保たれていた。


 昔来た時も、同じ様相だった記憶がある。

 『洗浄』のギフト持ちでも居るのだろうか。


 そして、中にはもう一つ目を引くものがあった。


 この静かな空間の中、一人の女性が祈りを捧げていた。

 身長から見ると、大体俺と同い年、二十くらいだろうか。


 腰辺りまで長く伸ばした綺麗な白銀の髪を持っており、服は一部に金色の刺繍が入った、僧侶の服装だった。

 ステンドグラス越しに差し込んだ光を、その美しい髪が反射している。


 すると、俺の足音に気がついたのか、祈祷きとうをやめて、こちらを向いた。

 金色の瞳が俺を見返した。


「あっ、こんにちは……」


 少し不思議そうな表情を浮かべながらも、会釈しながら小さな声で挨拶をしてきた。

 随分綺麗な声をしている。


「……こんにちは」


 俺も気合の入らない声で挨拶を返す。


「あの、何かあったんですか?」


 すると、何か顔に出ていたのか、そう訊いてきた。


「……いや、大丈夫だ。大したことじゃない。それに、お前には関係ない」


 俺は、そう言って冒険者協会にでも戻ろうかと思った。

 何か目的があって、ここに来たわけではなかったし。


 ただの一時の気の迷いで入っただけだった。


「――駄目ですよ、ちゃんと話してください。そんな顔をして、そんな言い方をする人を、そのまま帰らせては、フェタール様に顔向けできませんから」


 彼女は鍛えられていないその細い腕で、俺の手を掴んで引き留めた。


 フェタール、というのはこの教会が崇めている神のことだ。

 そして、その神は恩寵を与えている神だとも言われている。


「……そうか。じゃあ、聞いてくれよ。どうせ暇だしな」


 一瞬拒絶しようと口を開いたが、俺はすぐに口を紡ぎ、別の答えを出した。


「はい、じゃあ向こうの酒場にでも行きましょう」


 すると、無愛想な俺の返事に対しても全く不機嫌な様子を見せず、笑顔でそう言って、俺の手を引っ張って走り出した。


 少し心が痛んだ。


 ◇


「すいませーん! メラルジュースください! あと……えっと、何にしますか?」


 夜間と比べると人の少ない酒場の中、彼女は店主にそう言った後、俺に訊いた。


「俺はビールで頼む……あと、金は自分で払う」


 俺は、せめてもの罪滅ぼしにそう付け足した。


 それにしても、酒は飲めないのだろうか? メラルジュースと言えば、少し甘みのある果実を絞ったジュースだ。どちらかと言えば、子供が好む類いの。


「あとビールお願いします!」


 俺は昼間っから酒を頼んだが、彼女は特に気にしている様子ではなかった。


「あいよー」


 店主のよく通る返事が届いた。


「それで、結局何があってあんな顔をしていたんですか?」

「……そんな顔に出ていたのか?」

「ええ、それはもう」


 俺が訊くと、彼女は小さく笑った。


「そうかい……まあ、あれは居たパーティーから追放されたのが原因だよ。あの『勇者パーティー』からさ」


 俺は嘆息して、話し始めた。

 あれを思い出さなきゃいけないのが憂鬱だが、何も話さないわけにはいかない。


 ……それに、話したほうが楽になる気がする。


「ああ、あの魔王が居るわけでもないのに勇者のギフトを持っている方ですか」


 すると、彼女は不思議そうにしながら答えた。


「……なあ、それフェタール教徒のあんたが言って良いのか?」


 俺は半目で彼女を見ながら訊いた。

 今のは、多分権力者が見たら即刻処分が下る類いの発言だろう。


「ええ、私だって妄信的なわけではありません。正直、フェタール様の考えていることはよく分かりませんからね」


 すると、彼女はそう肩をすくめた。


「お上はあーだこーだと理屈をこねますが……私は、フェタール教の教義を見て『フェタール様は信仰してもらいたいわけではないのではないか』と考えています」

「……そりゃ、変な話だな。まあ、俺はよく知らないが」


 宗教はどうでもいいし、明るいわけでもないが、聖職者なのにここまで危ない発言をする人間は中々居ないだろう。

 大丈夫なのだろうか? 教会に伝わったりしそうなものだが。


「それで、どうしてそんな凄いパーティーから追放されたんですか?」

「……俺のギフトが原因さ。俺のは狂化っていうんだが……要するに、理性を失う代わりに、めっちゃ強くなる」


 深くため息を吐いてから答えた。


「理性を、失うですか」


 俺が言うと、彼女は真剣な表情で俺の言葉を反復した。


「ああ――でも、仲間に重症を負わせるようなことは絶対にしない。もし多少怪我をさせたとしても、それは俺が補償している。これだけは、誓える」


 俺は確信を持ってそう言った。

 そうだ、今まで仲間を攻撃したことはあったけど、絶対に軽症に治めている。

 少しだけは残る理性で、どうにか踏みとどまっている。

 これは、俺が絶対に超えたくない一線で、超えられない一線だ。


「……そうなんですね」


 彼女は真剣な顔で頷いた。


 すると、店主がテーブルに頼んだものを運んできた。


「はいよ、ビールとメラルジュースだ」

「ありがとうございます」

「助かる」


 俺は返事をして、黒色の線が入った木製のジョッキに口を付ける。

 別にこれは装飾ではなく、素材由来のものだ。


「強くなるって、どのくらいですか?」

「かなり強くなれるな、デメリットの分だけ。まあ、デメリットがデカすぎてクソほど意味がないけどな」


 俺は自嘲気味に笑った。


「でまあ、冒険者になってるわけだけど……使ったら、すぐみんなから怖がられるのさ。こんなヤツには背中は任せられない、怖いってな。だから、今回もそういう話だ。使って、また追放された。信頼してたパーティーだったけど、駄目だったらしい」


 俺は少したじろぐ彼女のよそに、話を続けた。


「……それは、辛いですね。自分で望んで得た力ではないのに、それだけしか見てもらえませんから」


 彼女は運ばれてきたコップの金属で縁どられた口をつける部分を指でなぞりながら、どこか感慨深げに言った。


 そうだ、これはただの神から無作為に贈られたもの。

 祝福とも言われるが――俺にとっては、ただの呪いだった。


「そうさ、こんなギフトじゃ、やってられない。そんで、付いた名前は狂戦士。そりゃ、ギフトを使ったらそうなるけどよ、普段は暴力沙汰だって避けてるのに」


 そう言って、小さく嘆息する。


「狂化、ですもんね……」


 彼女は、考え込んでそう呟いた。


「なんで、いちいち人外扱いされなきゃいけないんだ」

「どんなギフトでも、人は人なんですけどね……」


 彼女は悲しそうな顔で嘆息した。

 まるで自分も体験したことがあるかのような物言いだが、その様子は俺の代わりに悲しんでくれているように感じて、どこか嬉しかった。


「……そういえば、あんたのギフトは?」


 俺はふと気になって、彼女に訊いた。


 共感しているということは、彼女も似たようなものなのだろうか?


「私のは『天使』というものです」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 それは、天使を幻視してしまうような笑顔だった。


 ……確かに、天使というのも納得できるかもしれない。

 それに、見ず知らずの人間にわざわざ話を聞こうとするくらいだし。慈悲深い天使様ってとこだな。


「……まあ、天使というのもあながち間違ってないかも知れないな」


 俺は思ったことをそのまま呟いた。


「そ、そういう意味じゃありません!」


 彼女は椅子をガタッと揺らし、立ち上がって俺の発言を否定した。


「はは、分かってるさ。ただそういう名前ってだけだろ? ――俺も、人外だっていうところは同じなわけだしな」


 そういえば、さっきはまるで人外扱いされたことがあるみたいなことを言っていたが、もしかするとそういうことなのかもしれない。

 俺と比べると、だいぶ方向性が違うように見えるが。


「そういえばそうでしたね」


 そう言って彼女は優しげな顔で微笑んだ。


「まあ、それで能力についてですが、回復系の魔法――特に精神に対する魔法の効能が大幅に上がる、というものです」


 能力まで天使だな、という感想は飲み込んでおく。

 いや、もしかして能力が天使みたいだから、そういう名前になっているのか?


 正直、この名前の法則はよく分かっていない。聖職者が言うには『神託で判明する』らしいが。


「そうなのか。やっぱり聖職者って感じだな」


 教会からすれば、高性能な回復魔法でガッポガッポ稼げるしちょうどよい人材だろう。


「……えっと、勘違いされているようですが、私も冒険者ですよ?」


 すると、彼女は少しだけ言いづらそうにしながらもそう口にした。


「え? そうだったのか?」


 俺は内心驚いた。

 回復魔法がそこまで貴重、というわけではないが、回復魔法の強化、ともなれば貴重な人材だと思ったからだ。

 それに、あの様子を見れば、普通の人間なら聖職者だと思うだろう。


「ええ、私も冒険者ですよ。まあ教会には通っていますが、それでも仕事は冒険者をやっています。最近こちらに来まして」

「そうだったのか――そういえば、強い回復魔法を使える僧侶の噂を聞いたことがあるような気がするな。あの時はウチのパーティーにも欲しいと思ったが」


 風の噂で、そんなことを聞いた。

 と言っても、彼女の風貌ふうぼうに見覚えはないから、会ったことはないだろうが。

 最近来たとも言っているしな。


「……そうだ、それなら、私とパーティーを組みませんか?」


 すると、唐突に彼女はそんな提案をしてきた。

 内心、少し嬉しかった。でも、それをすぐに受け入れるのは、少しはばかられた。


 彼女に迷惑を掛けるのは悪い――それに、また拒絶されるかもしれないから。


「……わざわざそこまでする義理はないと思うぞ?」

「いえ、ちょうど私もパーティーメンバーが居なかったんです」


 彼女は一瞬だけ悲しそうな顔をして、俺の発言を否定した。


「ですから、ちょうどいいんですよ。それに、一つ思いついたんです。もしかしたら、私の恩寵ならあなたのデメリットを打ち消せるかもしれません」


 しかし、すぐに彼女は笑顔に戻り、そう言った。


 恩寵……回復魔法、特に精神に対するそれの効果上昇か。

 もしかすると、それで俺の狂化状態のデメリットがなくなる。夢のような話だが――


「本当にいいのか? 後悔しても知らないぞ?」

「もちろんですよ……やっぱり、恩寵で苦労している人は、少しでも協力したいんです」


 彼女は、そう言っていつもよりも少し悲しげに微笑んだ。

でも多分、どうせ彼女も、あの俺を見たら逃げるだろう。

 逃げる、そのはずだ。


 そう考えていた方が、失望しなくて済む。

 今日そうやって学んだ。


 でも、と考えてしまうのは俺の心が弱いからだろうか。


「パーティーを組んでくれますか?」


 ……なぜ彼女が頼んでいるのだろう。

 本当は俺の方から頼み込むべきことなのに。


「……デイス・ラグナルだ。よろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします! 私はミレイル・セラフです!」


 そう言って俺たちは少し遅めの乾杯をした。


 〜あとがき〜


 はじめまして!

 そら海苔と申す海苔です。


 もし続きが気になる、や面白いそうだな、なんて思っていただけたなら、評価、応援などをしてくださるととても嬉しいです!


 また、客観的な意見も超助かりますので、感想などでじゃんじゃんくださって構いません!

 「ここは変かも」や「ここダレてる?」といったような違和感や気になる点を感じたら、コメントなどで教えてくださると助かります。

 やってもいいよ、という方がいらっしゃればぜひお願いします!


 最後までお読みいただきありがとうございました!

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