第20話 ズレた恋愛観

薬の効力は強いのか、じわじわと手足に感覚が戻ってくる。これも彼が自分で作った魔法薬なのだろうか。


「……っはぁ……はぁ……」


「無理させてごめんね。大丈夫かい?」


ハヤトは自分の上着を脱ぎ、オリビアにかけた。

オリビアは、手足はゆっくりと動かせるようになったものの、まだ上手く力が出せないでいる。

ビンタの一つでもしてやりたい所だが、今のオリビアでは何も出来ない。


「大丈夫じゃない……最悪……」


「本当にごめんね。でもこんな便利な薬が手に入ったら、君に使うしかないだろう」


ハヤトは謝るが、その顔に反省の色は見えない。


「その思考回路どうなってるの?謝れば許されるとでも?」


「好きなんだから仕方ないよ」


「さすが、天才はやる事が違うわね」


「ありがとう」


ハヤトに嫌味は効かないのか、ニコニコと笑っている。あごをちょいと触られ、その手をパシンと振り払った。


「やめて。帰る。ハヤト、絶対に許さないから」


上着を投げるように返し、ベッドから降りる。もう筋力は充分に戻ったようだ。


「寂しいなぁ。あ、ちょっと待って。さっき魔法で鍵かけちゃったから」


そう言って杖をサッと振り、部屋のドアの鍵を開けるハヤト。


「あ…あなたって人は……」


本当に怖過ぎる…さっさと退散しよう。そう思いオリビアがドアノブに手をかけた時、遮るように上から手が乗せられた。


「オリビア」


「や、やめて!帰るの!」


「付き合って」


「何言ってるの?私、断ったわよね。強引にするなら嫌だって言ったはずだけど」


オリビアはハヤトに握られた右手を見つめながら言った。彼の行動が理解出来ない。自分の気持ちに答えを見つけられないまま急に関係を迫られても、困る。


無理にでもドアノブを捻ろうとするが、腰に手を回される。するりと囲まれ、後ろから抱きすくめられた。


「分かってるよ。でももう我慢出来ないんだ」


ハヤトの腕の中に徐々に飲み込まれていく。首筋にかかる息に心拍数が上がる。


「離してよ…どうしてそんなに私なんかに…」


「君を見てるといじめたくなる…」


ハヤトは耳元で囁き、そのまま唇を寄せた。彼に耳たぶを食むように甘噛みされ、オリビアは小さく声を上げてしまう。


「やっ……」


腕の中で抵抗するが、びくともしない。


「可愛いね……。好きだよ、オリビア」


「好きなら、嫌がる事しないで…」


「嫌がる顔が好きなんだ」


「…最低。どうしようもない変態ね。そういう遊びがしたいなら、そういう相手を探したらいいじゃないっ」


オリビアはもがきながら軽蔑するように言い放った──この人とは、恋愛におけるスタンスが合わない。付き合う前に体の関係を持とうとするなんて、ありえない。


しかしその直後、ハヤトに体の向きをぐるりと変えられ、両肩をドアに押し付けられた。


「僕は遊びたいんじゃない。本気だよ。オリビアが好きなんだ」


真剣な眼差しを向けられ、心臓が跳ねる。


「ほ、本気なら、どうしてすぐに手を出そうとするの?相手の気持ちを尊重して、同意を得てみなさいよ」


「分かった。じゃあ聞くけど、オリビアは僕の事嫌い?」


「えっ!?」


ハヤトに速攻で質問を返され、素っ頓狂な声を上げてしまう。


(その質問は、ズルい…!!)


オリビアは困った。本音を言うと嫌いではない。嫌いではないが、彼への闘争心から、すんなりと付き合うのも癪なのだ。ずっと妬んできたライバルの恋人になってしまうなんて、負けを認めたも同然ではないか。そんな事は自分のプライドが許さない。もう少し時間が欲しい。冷静に考える時間が。自分の気持ちを受け入れる、きっかけが。


戸惑い、目を泳がせてしまう彼女を見て気持ちを見透かしたのか、ハヤトは意地悪そうな笑みを浮かべた。


「はい、同意と受け取るね」


「え、してな…きゃあっ!」


ハヤトは勢いよくオリビアの膝裏を抱え、持ち上げた。再びベッドへ連れ戻されようとしている。


「待ってっ!!き、嫌い!今大嫌いになった!!」


「そんなに顔赤くさせて何言ってるんだよ」


──仕方ない。この男は順番だとかこちらのペースを気にしてくれる様子も無い。


焦ったオリビアは、ハヤトの肩の上で杖を取り出した。ハヤトの本棚目掛けて思い切り振ると、ひとりでに飛び出した本が宙に浮かび上がり、バサバサとハヤトの頭に直撃する。


「わっ!」


ハヤトは突然の事に姿勢を低くして、頭を押さえた。オリビアはすかさず、ハヤトから降りてドアを開ける。


「バカ!!」


ハヤトが後ろから何か言っているが構わず部屋から逃げ、廊下を走り去った。向かう先はひとつだ。


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