勇者パーティーの内情
東方連邦軍はクラムデリア郊外に本陣を構えていた。既に陽は上り、進軍の下知が降るのを今か今かと待ち侘びている。
敵陣に忍び込んだバーレッドら5人は、警備兵を音もなく始末し、それに成り代わって息をひそめつつ帷幄に聞き耳を立てた。
「それにしても、魔族というのは大して強くないな」
「それは貴方が強すぎるからよ、グレン。どんな魔法でも意のままに使える貴方に敵う魔族なんているはずもないわ」
「はは、そうだったな」
どんな魔法でも使える、という言葉にバーレッドは険しく眉を寄せる。そして同時に、吸血鬼を圧倒している戦力源がこの男なのだと確信に至った。
紅蓮の能力はハッキリ言って異常だった。多くの魔法を意のままに使いこなし、その威力はまさに規格外という他ない。これまでの戦いでも、たった数発の魔法で敵軍は壊滅したのだ。
あまりの威力に本人は退屈とすら思っていた。既に国から生きていくには十分すぎるほどの資金を受け取っていたので、『実は最強の冒険者』として美少女に囲まれて田舎でスローライフを送るのもアリだな、とまで考え始めていた。
「勇者パーティーというものを組んだ意味が無かったのではないですか? 剣士、戦士、僧侶なんておらずとも、グレン様一人で十分だったでしょう」
シオンが淡々と告げると、グレンは苦笑いを浮かべるしかなかった。
これだけの大軍の存在意義がないほどの圧倒的な戦力。吸血鬼はほぼ全員が魔法を使えるから、グレンも多少の警戒はしていたのだ。
しかしそんな警戒は杞憂に終わり、グレンの魔法は敵を一網打尽にした。メンバーにも紅蓮から強力なスキルが付与されていたものの、一度も使う機会はなかった。
「でも俺は君たちに出会えてよかったと思っている。シオン、それは君もだ。この世界に召喚される前、俺には仲間と呼べる存在がいなかった。心の空洞を埋めてくれたのは君たちさ」
「グレン……」
エリスは感激したように目尻に涙を溜める。
シオンはその言葉を聞いてもなお、白々しい言葉だと心の中で断じた。
「私は母と妹と、慎ましくとも幸せな生活を送りたかった、それだけなのです」
「……外に引き連れてしまったことで、さぞ寂しい思いをしたことだろう。だからこそ、早く吸血鬼を倒し、国へと戻ろう」
シオンの妹が国によって拘束されているという事実を知らないグレンは、胸に手を当ててそう告げる。
質の低い憐れみだと、シオンは感じた。自分を外に連れ出したことを怒っているのではなく、妹を拘束して無理やり自分をパーティーに引き込んだその強引な手法に不満を抱いているのだ。まるでそれが無かったかのように話すグレンに、シオンの胸中にはどうしようもなく虚しい感情が去来した。
◇
「なるほど、勇者パーティーか」
そんなものは空想の異世界にしか存在しないと思っていたが、勇者という存在が一から作ったのだという。そして勇者の会話からは召喚という言葉が出てきたと、バーレッドは言っていた。
魔法を意のままに操れることといい、勇者パーティーといい、召喚といい。このグレンという勇者には同じ世界出身の匂いを感じる。もしかしたら、俺はグレンの召喚に付随する形で、この世界に飛ばされたのかもしれない。むしろそう考えるのが自然だろう。
そうなれば、俺は巻き込まれた身だ。本来なら怒るべきなのだろう。だが、不思議と怒りは沸いてこない。
この世界で既に多くの人と関わりを持り、セルミナやミーシャちゃんといった大切な存在も見つけた。この世界での半年間は俺にとって日本で生きていた16年間よりも濃い時間だと、胸を張ってそう言える。加えて家庭環境のこともあり、俺には前世での未練はあまり残っていないのだ。
「勇者、か。スパイとして5年前まで現役だった私が知らんのだ。相当極秘に進められてきた研究だったのだろうよ。仮にあの勇者一人でこの戦況を作り上げたとすると、正直震えるな」
「もしかして怖いんですか?」
「たわけ。武者震いに決まっているだろう」
そう答えると思っていた。俺は心の奥底で蓄積した恐怖を押し込み、不敵に笑って見せる。
「ただ勇者パーティーの雰囲気はお世辞にもまとまっているとは言い難いように感じたかな」
「それはなぜだ?」
「勇者パーティーのシオンという僧侶は、口ぶりから窺う限りでは母と妹から切り離されていることに不満を持っている様子だった。にもかかわらず、勇者の方は全く意に返さず、好意的に接しているというか。かなり不気味な関係に見えたよ」
「なるほど、弱みを握られている可能性は十分にある。勇者との交渉に使えるかもしれないな」
「それはどういうことだ?」
マーガレット先生は眉根を寄せて小首をかしげる。
「まず、前提条件として敵は3万という大軍です。どのような作戦を採ったとしても、壊滅に追い込むことは不可能でしょう。となれば交渉です」
「和睦、もしくは撤退を飲ませるということか?」
「今回の戦で勇者以外の上級貴族がほぼいないことが気になりました。勇者には余程強い権限が与えられているのだと思います。もし和睦を飲ませることができれば、我々の勝利です」
この戦況は勇者一人で作り出したものだ。勇者が決断したことに反対できる者は東方連邦にはいない。あの能力は国を滅ぼす程の脅威だからだ。
同じ世界の人間で、かつ年齢がそう変わらないのであれば、交渉によって付け入る隙はあるだろう。
「なるほど。つまりそのシオンとやらを人質とするのだな?」
「戦いながら、隙を見て誘拐します」
「ま、戦いは避けられないだろうよ。勇者がその条件を飲んだとしても、三万の兵は納得しない。敵が壊滅しているのに、たった一人のために撤退するなど、阿呆のすることだ」
逆にあれほどの戦果を一人で挙げた勇者を叩きのめすことができれば、3万の兵も恐れ慄く。
シオンには勇者パーティーの情報、ならびに勇者に対する悪感情の根源を吐いてもらうつもりだ。脅すのではなく、あくまでシオンにも利のある話にする。バーレッドの話を聞く限り、母や妹が囚われている可能性がある。ならばその解放を勇者との交渉で和解の条件とすれば、必ず乗ってくるだろう。
「先生、私は勇者との一対一でおそらく限界だと思います。隙を見て、身柄を確保してください」
「承知した。クク、血が滾るわ」
マーガレット先生は悪どい笑みを浮かべる。口では簡単に言うが、俺の『恐慌魔法』が上手く発動しない限り、事がうまく運ぶことはない。責任が肩に重くのしかかった。
「先生、僕たちはどうすればいいですか?」
「お前らは十分やった。魔法学校か城にでも避難していろ」
「いえ、最後まで戦わせてください」
「いいか、ハッキリ言ってやる。お前らは足でまといになる。ただでさえギリギリなんだ。お前らのことなんて構ってられない。いざとなっても守れねえぞ。分かったら早く行け」
冷ややかな言葉だが、それが生徒であるバーレッドたちのことを思っての諫言であることは明瞭だった。
バーレッドたちも自分達がこの局面では無力であることを察しているのは表情を見ても分かる。全員が歯軋りを響かせながらも、最終的にはマーガレット先生の命令を飲んだ。
「バーレッド」
「ん? なんだい」
「正直ものすごく助かった。お前たちがいなかったら、俺はまだ手探りのまま戦うことになっていたはずだ」
「そりゃよかった」
勝利への筋書きを構築できたのは、間違いなくバーレッドの協力あってこそだ。俺は照れつつも本心から感謝を告げた。
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