嵐の予感③

 男達の持っていたバックを手に取って開ける。中身には白い粉が透明な袋に封入されており、幾つも重ねて詰め込まれていた。


「あーこれ、地球原産の薬物や」

「ん? なんか違うの?」

「ワイらの職域外、つまりこれは警察のお仕事」

 

 異星から持ち込まれた薬物の取り締まりは特異局の管轄だが、の違法薬物は法的な治安機関たる警察の業務となる。


「へー、そうなんだ」

「『へー』ってアンタ、この仕事何年目ですか?」

「うっさいなぁ。せつは荒事専門ですんで」

「んで、結果がコレか」


 吹き飛んだ首無し死体・ひしゃげた遺体・穴の空いた肉塊。血みどろの物体が床に倒れ鎮座していた。

 先程の説明通りこの件は警察の管轄。つまり、この惨状は反社を相手とした越権行為にあたる。


「う〜ん、どうする?」

「どうするって……逃げるしかないやろこんなん。バレたらまたババアに怒られんで」

「確かに」


 そそくさと現場を離れよう、と促す相良。しかし何かに気がつき、ピタッと足を止める夏目。


「ほら、はよ行くでー」

「あー、ちょっと待って」


 その視線の先には腰を抜かし身体を震わす少年。反社の男達と取り引きを行っていた小田と呼ばれる高校生。そんな彼の手元に落ちている封筒を、目にも止まらぬ早さで夏目は"受け取る"。


「少年、悪いことしたらダメ。罰としてコレはお姉さんが預かっておくから」

「えぇ…………」

 

 奪った厚い封筒を後ろ姿と共にヒラヒラと掲げて揺らし、路地裏から遠ざかっていく。そんな彼女の横にいた男はそのあぶく銭を見ると、まるで悟ったように口を開いた。


「それパチンコに使う気やろ?」

「キッショ、なんで分かんだよ」



 春、それは出会いと別れの季節。学校近くの桜の木の前、切り揃えられたセミロングの髪、長袖の白いシャツに赤いネクタイ。ふくよかな丸みに花びらが落ちる。

 金本早織かねもとさおりは木の近くに立ち、友人に向かって大きく手を振って呼んだ。


「朝陽〜、こっちこっちー! これが例の桜!!」

「ほー、立派なもんやねぇ」


 相良朝陽はゆっくりと木の根元へ近づき、その幹に手を当てながら上を向く。満開の桜は一面ピンク色に染まり、春風と共にその枝を揺らす。

 うんうん、と朝陽の様子に満足し頷く。金本は少し誇らしげに説明を始めた。


「この木に埋められた死体。その霊魂が恋愛に纏る願い事をなんでも叶えてくれる、って実は昨日、噂で聞いたの」

「それはとんでもない信憑性やな。朝の早くから学校に来たかいがあったわ〜」

「む、そこは素直に信じてよ」


 皮肉めいた返事に金本はむすっとした表情を見せる。不貞腐れる友人に「ふふっ」と口元を手首で隠しながら朝陽は質問した。


「ごめんごめん。それで? 金本は何をお願いするん?」

「んーー、そんな急に言われても特に無いなぁ。好きな人とかいないし」

「おらへんのかい!」

「だから代わりに朝陽が願いごとしてよ」

「え〜……まあええけど」


 とりあえず桜に向かって「あの人に会えますように」と願っておく。しばらくして息をつくと、朝陽は愛おしそうに耳元の小さな髪飾りに手を当てた。

 金本から内容を聞かれたけど「秘密」。そろそろホームルームの時間だよ。とはぐらかして朝陽は学校に向かった。


 

 そして金本と朝陽がその場を後にしてから数分後。桜の根本、その地面が四方2m大にパカッと開かれた。突如現れた人工的な穴、そこから怪しげな男が二人顔を出す。

 

「マンバン、オレ達ってよぉ……実は神様?」

「ドレッド、殺し屋に転職届けはありません」


 派手な大きめの服にドレッドヘアの男はうへぇ、と気の抜けた間抜け面をする。

 その様子に隣の男は眉間に皺を寄せた。忍者のような格好にマンバンヘア、相方とは別の意味で奇抜な格好の男は計画に向け、活を入れる。


「いいですか? 今回はかなりの報酬が出る仕事です。気を引き締めてください」

「おうとも。前金で五千、一人殺るごとに更に五千。これを逃す手はあるめぇ」

「情報通りなら相手は相当の手練れ。ボスと合流次第、一気に叩きます。いいですね?」

「おーけーブラザー」


 二人は密談を終えると扉を手に取り、ゆっくりと閉じてまた地面と同化した。

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