新たな覚醒②

 長く美しい髪で視界は狭く閉ざされる。徐々に近づく顔、艶めかしい唇ときめ細やかな肌に理性が飛びそうになる。跨る女は恍惚とした表情で息を荒くし、捕食者のように師人の腕を抑えつけていた。


「待ってくれ、まだ月すら昇ってない。"夜伽よとぎ"と言うにはまだ早いんじゃないかなぁ……?」

「ご奉仕……忠誠……。ご奉仕……忠誠……」

「俺の話を聞け!!」


 まったく身体が動かねぇ、何かを盛られた?

いや、ありえない。俺に毒は効かない。ならば何故……? とその疑問とは裏腹に、自身の思考が曖昧になっていることに気がつく。


 同様にカルトも意思薄弱、微睡まどろみの中に存在していた。そして時を同じくして奥村は我慢の限界、と言わんばかりに下腹部を師人のモノへと宛てがい始める。


「そ、そうだ! 自己紹介をしよう! 俺は永岡師人、好きなタイプは俺を襲わない人!!!」

「……存じております。貴方様の名前・趣味思考・SNS・人間関係に至るまで、全てこの頭に入れておりますから」

「えぇ…………」

「ですが貴方様に尽くすために必要な情報が、一部欠けているのです。ですのでどうか、私に下さいませ」

「な、何を……?」

「貴方様の───"遺伝子"を♡」


 その瞬間、奥村はその姿を変貌させた。耳の上に伸びる二本の黒い角、背中に大きな翼、腰から生えるは細長い尻尾。


悪魔の香りサキュバストーカー


 西洋の書物において多く散見され、そして現代日本でもよく知られる怪異。その姿は"悪魔"そのものだった。


「偶像系能力……!?」


 変異者であることは想定はしていた。しかし、腑に落ちない。俺に悟らせない程の実力が奥村こいつにあったのなら、いつでも殺せたはずだ。

 しかしこのに及んで敵意すら感じない。つまり考えられる答えは─────。


「この場で"覚醒"したのか……!?」

「ご主人様、今は余計な事など考えず、快楽に身を委ねてくださいませ♡」


 稲妻が走る。得も言えない感覚、体験したことのない多幸感が下腹部を中心に足先から頭の先まで、全身に襲い掛かる。打ち付けられるその衝撃に、師人は耐えることで精一杯だった。


「……ッ! カルト!!!」

『ダメだ……は毒や薬なんかじゃねぇ……』


 男の身体を支配していた謎の攻撃、その正体は"フェロモン"。動物や微生物が体外へと分泌し、他者に対して影響を与える生理活性物質。

 変異能力として昇華されたそれは、生物であれば防御すら叶わない無敵とも思える力と化していた。


「その雑念、邪魔ですね。私が全部塞いで差し上げます♡」


 そしてダメ押しと言わんばかりに奥村は顔を近づけ、唇を押し当てる。と同時に能力を重ねて発動。


悪魔の香りサキュバストーカー』《生命吸収ドレイン》&《魅了チャーム


 理性が崩壊するほどの快楽が何度も何度も、肉体を襲う。意識がかすみ始めて気がつく。変異力とはまた違う、何か根源的な力がこの女に奪われている。


「ヤバい……逝くッ……!!」

「どうぞそのまま果ててください♡ そして貴方様のお情けを、へ当ててくださいませ♡」


 臍より数センチ下に手を当て、艶めかしい矯声きょうせいを上げる奥村。その姿はまさに"淫魔"。


「……うグッ」

 そんなドロドロに溶けた生と死の狭間、師人は思考を巡らせた。藁にもすがる思いで、出来ることを考え続けていた。


 生命力がこのまま奪われ続ければ、たとえ強化された俺の肉体でも腹上死する。だからこそ考えろ、再生能力とは別の、"死"を克服する方法を。


「さぁ、師人様♡ その"遺伝子"をそろそろ頂戴────」

「!!?」

 その時、師人に天啓が降りる。度重なる戦闘経験と"生"に対する執着心。矛盾とも言えるその生き方が、発想へと繋がった。


「産声を上げろ、淫乱メイド」

 師人の能力、それは取り込んだ生命を創造し操る力。そして変異能力とは、地球人の持つ"魂"を起源とし発生する現象。つまり、これらのことから導き出される答えは…………。


「『原初の種カオスゲノム』──『』!!!」

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