第六話 変わりゆく日常

変わりゆく日常①

 数年前の朝。その日は妙に肌寒く、布団が恋しい季節だった。丑三つ時まで通話をしながら自室で遊んでいた俺は、まるで死んだように寝ていた。


 そして時刻は七時過ぎ。太陽が境界線から顔を出し外が明るくなった頃、俺の愛しの恋人は、中学生の妹によって引き剥がされた。


「起きろーーー!」

「……寒い」


 芋虫のように背中を曲げ、縮こまる俺の身体は大きく揺すられる。ご機嫌な眠りも、中指を立てる勢いで妨げられる。半開きの瞼で震源地を捉えると、待ってましたと言わんばかりに血圧を上げた。


「おはよう、お兄ちゃん! いい朝だね」

「……ああ、最高だね。愛しの妹に会えてな」

「いぇーい! ならば起きるのじゃ兄上、大学君がお主を待っておる!」

「……今日の講義は昼からだけどね」


 まるで稲妻を受けたようにハっ、と驚くも永岡七海ながおかななみはすぐにその表情をいさめる。しかしバツが悪いのか、モジモジと尻込みしながら兄の顔を覗き込んだ。


「にへへ、でもさでもさ、たまには可愛い妹に起こされるのも……悪くないでしょ?」

「……一昨日言ってろ」


 重たい身体をベットから起こし、洗面台で顔を洗う。それから眠気眼ねむけまなこで椅子に座り、母の作ってくれた朝食を口に運ぶ。

 父は仕事に行き、母は外で洗濯物を干している。この住み慣れた一軒家も、駅により近ければ文句は無いんだけどな、と対面に座る妹を見ながら思った。


 本当に美味しそうに食べるコイツの顔は、見ていて飽きない。そして寝起きのストレスもほどほどに収まってきた頃、七海から質問が飛んできた。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。今日は何の日か知ってる……?」

 本人は隠しているつもりでも、その期待と不安の様子は表に出ている。まだまだ子供なんだな、と師人は肩をすくめて答えた。


七海おまえの誕生日だろ?」


 その返答にパァと表情は明るくなり、まるで幼稚園児のようにバタバタと足を揺らしながら、七海は身を前に乗り出す。


「……うん! 実はそうなの! だからお兄ちゃんも早く帰って来てね。今日は家族みんなでお祝いするから!」

「分かった分かった、贈り物プレゼント買って先に待ってるよ」


 慌ただしい朝食を終え、七海は制服に袖を通す。忘れ物は無いかの確認を終えると玄関に向かった。

 用事も無いので師人も見送りに、と玄関先の廊下まで出てその様子を伺う。


「夕方には戻って来るだろ?」

「うん、学校終わったらそのまま帰る」

「ん、おっけ。気をつけてな」


 玄関の上がりかまちに座って靴を履く。少し立ち上がり、靴の踵を合わせるためにつま先でトントン、と床を叩く。そしてドアノブに手をかけ扉を開くと、七海は振り返ってニッと笑った。


「いってきます!」

 

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