第27話 うねり
【レイト視点】
「それで学校はどう?」
「つまらん」
「あなたの能力じゃあそうかもしれないわね」
水の入った壺から色っぽいくせに人を小馬鹿にしたような女の笑い声が響く。
水魔法『水鏡』。術者の魔力を通した水を介して遠隔通信ができる魔法だ。
寮の自室で休もうとした矢先、女から連絡が来たのだ。
こちらの出方をうかがうように沈黙した壺のへりを苛立ちまぎれに握りしめる。
親のような質問に、上から目線な態度、それを許されるほどの地位とカリスマ、そのすべてが癪に障る。
俺はこの世界でも一人でやっていけるというのに勝手に支援してきて自分の家の手柄にするその狡猾さもムカつく。
「おい、話が違うんだが? 剣姫も王女もレグルスに取られているじゃねえか!! 俺の思い通りになるんじゃなかったのかよ!?」
剣姫も王妃も他のヒロインも全員俺の者になるはずだった!! なのに! なのにっ!! レグルスとかいう噛ませ犬雑魚貴族に取られた挙句、俺に対する好感度も下げやがった。
「確かに私は言ったけどそれがいつになるかは言ってないわよ」
「屁理屈ほざいてんじゃねえよ年増が!!」
怒りに任せて水面を叩く。
無秩序に波打った水面からは耳障りなノイズしか聞こえてこない。
「あなた、身寄りがないのではなくて? 私の元から追放されたらどうするの?」
今度は飲みかけのグラスから声が響く。
水さえあれば通信できる。たったそれだけの魔法なのに、現代の通信技術を模倣できていることに背筋が凍る。
「クソっ……!!」
「あなたは自分の役割を果たしてくれるなら何をやってもいいわよ。私がもみ消してあげる」
子供に対してご褒美を上げるときのような甘ったるい声で女は自分勝手な主張を言い連ねていった。
「──絶対にあんたの元から脱出してやる……!! この世界の主人公は俺だ!!」
俺の腕が振られた方向でグラスが割れる。
「あんまり困らせないで頂戴。あなたはすべきことをするだけそれでいいのよ」
「わかったからさっさと消えろ!!」
「あ、そうそう。寮にも協力者がいるから話してみるのもいいかもしれないわね」
「うるさい!!」
怒りに任せて壺を殴りつけたがズキズキと拳に痛みが走るだけで気晴らしにもならない。
そのままベッドに八つ当たりしようと足を振り上げた瞬間、
コンコンコン
ドアがノックされる。
「チッ……! 誰だよ!!」
勢いよくドアを開けたが誰もいない。
「こんな時に限って下らねえことしやがって……誰もいねえじゃねえか」
舌打ち紛れにつぶやき部屋に戻ろうとした彼の背中に声がかかる。
「います……ちゃんといますから……」
「あ?」
振り返ると彼の足元から手が生えていた。
いや違う、同い年くらいの少年が片手で鼻を押さえてしゃがみこんでいた。
「いたたた……最近よくぶつかるなあ……」
「帰れ」
誰かの従者か?
どちらにしろ有象無象にかまっている暇はない。
「ちょ、ちょっと待ってください……協力者って言えばわかります」
少年の口から出た言葉にドアノブにかけた手が止まる。
「お前が?」
「そうですよ? この寮の事務員として奥様に送り込まれたのです」
少年は新品の作業服以外、髪も顔も身体もみすぼらしい。
そんな奴があんなお高くとまった奴の手下? ありえない。
いやむしろ、貧民の方が気づかれにくいか。
少年はこびるよう笑うと手を合わせた。
「立ち話もなんですから、お部屋に入らせてもらえませんか? これからについて焼串でもつつきながら話しませんか?」
「断る」
即決だった。
「協力者だと言ってもお前となれ合うつもりはない。帰れ」
なれ合って逐一あの女に報告されても困る。
俺は俺のやりたいことをやるだけだ。
そのことを告げようとして口を開いたが少年に遮られた、
「わかりました。定期的に情報だけ報告しに来ますね。では」
突然の訪問者はあっけなく引き下がり去っていった。
☆
【???視点】
「彼に会ってきましたよ」
学園寮の事務室に帰ってきた僕は壺に話しかけた。
「そう。やんちゃな子よね。ちゃんと役割を果たしてくれるといいのだけど」
壺に溜められた水面から発せられた声は少し不安げだった。
「大丈夫ですよ。あの勇者、天性のクズですから。そういう人を選んだんです」
実際、彼は本来自分のものになるはずだった女を寝取られただけでレグルスに対して敵意をむき出しにしていた。
その傲慢さ、女性の意志をまるで介さない浅慮は僕たちの最良の駒となる。
「でもあなたが協力してくれてよかったわ」
「いえ、ぼくたちの目的にも関わることなんでね。あの勇者はきちっとクズっぷりを発揮させないといけないですから」
張り詰めた空気の中、中身のない笑い声が響く。
「では、頼みましたよ。必ず、クレイモアを殺しなさい」
「『傍観者』の名にかけて努力しますよ」
そう言うと壺は元の物言わぬ状態に戻った。
誰もいない部屋で一人、デスクに腰かけ天を仰ぐ。
「さあまた窮地に立ったぞレグルス君。次こそ死ぬのかい? それともまだ僕に君の軌跡を見せてくれるのかな?」
まだ新鮮な風の吹く学園に新たなうねりが生まれようとしていた。
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【あとがき】
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