第9話 トカゲを求め山へ
「前に頼んでおいた自白剤は持って来てくれた?」
「そのことなんですが、術表しの件が先になってしまいまして。自白剤は今発注をかけているところです」
「ああそうか。で、どうだった? そっちの件は」
「それなんですが……『シロ』でした」
「……そうか。信じてやりたい気持ちも幾ばくかはあったんだけどな。まあそれも仕方ない。気を切り替えていこう」
「はい……では失礼します」
カイルは頭を下げてから部屋を出て行った。
**********
「しばらく学校を休む? なんで?」
リリアーナはお菓子をつまむ手を止め、顔を上げた。
「カイルが依頼した魔法薬の材料を調達に行かないといけない。乾燥したキツカヤクモトカゲが足りないんだ。普通原料は問屋から買っているんだけど、たまに切らしていることがあるから、そんな時は自分で探す必要がある、って、ここでお菓子を食べていいって誰が言った?」
「あなたもここでお昼食べているじゃない?」
「あんたまで根城にしていいとは言ってない。ここは俺の場所だ」
「あなただって不法侵入じゃない、元は学校の建物なんだから」
居座る気満々のリリアーナを見て、ビクトールは頭を抱えた。彼女がいない時は物足りなかったのに、いたらいたでうるさい。一体俺はどうしたいんだとイライラしながら自問した。
「材料が足りなくなってしまうこともあるのね。でもそのために学校を休むなんて、どっちが本職か分からないわ」
リリアーナは呆れたように言った。それを聞いたビクトールは、カイルの言葉を思い出してまた腹が立って来た。
『どうせお前は主席だから少し休んでも影響ないだろ? 2か月かかると言うがそんなに待てないので3週間でよろしく。その分報酬ははずむから』
貴族と言う奴はどいつもこいつも自分のことしか考えない。金払いはいいが、いざ窮地に陥ったら平気で裏切るような連中だ。だから、足を掬われないように十分警戒しながら仕事をしていた。
「どれくらい休む予定なの?」
「材料が集まればすぐ終わるが、運の要素も大きいから遅ければ1週間くらいかかるかも」
「それなら私も行くわ!」
「はあっ!?」
リリアーナが余りにも突拍子のないことを言ったので、ビクトールはびっくりして上ずった声を上げてしまった。
「何言ってんだよ! 険しい山の中を分け入って行くんだぞ! あんたみたいなお嬢様には無理だ! それにヘビとかカエルとか触れないだろ!?」
「あら? こう見えても体力には自信があるのよ。立場上虫とか怖い振りしてたけど、本当は平気なの。でも殿方はか弱い女子の方が好きみたいだから」
どう見てもお前がか弱い女子のわけないだろという言葉を、ビクトールはぐっと飲みこんだ。
「私とあなたでは学年も違うし、同じ日に休んでも怪しまれないわ。ねえ、一緒に連れてって。お願い」
一度こうと決めたら自分の要求を通さないと気が済まないリリアーナだ。ここでもビクトールは「これだから貴族は!」と内心毒づいた。足手まといになるのは確実だろうから、適当なところで追い払おう、それしかない。
当日、リリアーナは完璧な登山姿で待ち合わせの場所に現れた。
「あなたの足を引っ張っては悪いから怪我をしないように完全防備で来たの。どこか変なところない?」
「……いや別になにもないけど」
ビクトールは、金に物を言わせたリリアーナの登山姿を見て言葉を失った。これは本格的な登山をする時の格好だ。一時間くらいで着く場所だからそこまで準備する必要はなかったのに。ビクトールはその辺の里山を散策するような軽装で来たのに、余りにもギャップが大きい。
「よかった。本でよく調べてきたの。登山の注意点とか、材料の採取方法とか。少しでも役に立ちたいと思って」
足を引っ張ることはあるかもしれないが、役に立つことはなさそうだ。ビクトールはそう思ったが、口に出して言うのはやめた。
「とにかく日が落ちるのは早いから、早く行動しよう。今回は作る量が多いから材料もたくさん必要になる。今日中に終わらないかもしれない」
「ちょっと待ってよ。そんな早足で行かないで」
二人は、山道を登って1時間くらいの場所で、キツカヤクモトカゲの探索に入った。登山道がきちんと整備され手入れされた山なので、登山に不慣れなリリアーナでも苦なく登ることができた。登山道を離れて木々の中を分け入る。この辺がキツカヤクモトカゲの生息地だ。この生物は、普通の肉食のトカゲと異なり、ヤマミツバという植物を好む。まずは、餌となるヤマミツバの採取から始めなければならない。
「草を食べるトカゲなんて本当にいるの? 聞いたことがないわ」」
「魔法薬の授業寝てるだろう? 気付け薬にも使われる材料だぞ。まず餌のヤマミツバを探す。それがある程度たまったらトカゲの採取だ」
二人はヤマミツバを摘むことから始めた。リリアーナは、無造作によく似ている別の種類の植物を取って来てしまって、ビクトールに叱られた。どれだって同じじゃないとふくれ面をする彼女に、ビクトールは、かんしゃく起こすなら帰れと冷たく言い放った。
「かんしゃくなんか起こしてないわよ! 異議申し立てをしただけ! 今度こそヤマミツバを持ってくるから待ってなさい!」
リリアーナはぷんぷん怒りながら再び探しに行った。そんな彼女を見ていたら、いつの間にかビクトールはクスクス笑っていた。採取に行くときはいつも一人なので、こんなに賑やかにはならない。少なくとも退屈しなかった。
それからコツをおぼえたらしく、リリアーナはたくさんのヤマミツバを持って来た。ビクトールが素直に褒めると尋常でないくらい喜びを表した。少し褒められたくらいでこんなに喜ぶものなのかと、ビクトールは不思議に思った。立場柄、褒められるのは慣れているのではないのか。
「ねえ、この辺でお昼にしましょうよ。私サンドイッチ持って来たの」
ヤマミツバが揃ったところで、リリアーナは一休みにしようと言い出した。ビクトールの方は何も持って来ていなかった。一人の時は何も食べずに一心不乱に採取するのが普通になっている。
「あなたの分も用意したわ。大したものじゃないけど。はい、これ」
日光が差す乾いた地面を選んで、リリアーナが用意したシートを敷き二人で座った。大したものじゃないと言って渡されたものは、ビクトールがこれまで食べた中で一番豪華なサンドイッチだった。クリームチーズの塊とほぐした鴨肉とレタスが入っていて、一個食べればお腹いっぱいになるほどのボリュームだ。
リリアーナは、前にパンを食べた時のように、大きな口を開けてサンドイッチにがぶりついた。ニコニコしながら本当においしそうに食べている。少し汗ばんだ顔に爽やかな風が心地いい。鳥の声と遠くの方で水のせせらぎも聞こえて来て、心が洗われるようだ。
「外で食べるご飯は最高においしいわね。マナーも気にしなくていいし……あら、食が進まないわね……もしかしてお口に合わなかった?」
ふと横を見ると、ビクトールがサンドイッチを手にしたまま動かないことに気付いた。
「ごめん……そうじゃないけど……トトとジュジュに食べさせたいと思って。あいつらは育ちざかりだから」
「それなら今度食べきれないほど持って行ってあげるわよ。それに、あなただって成長期が完全に終わったわけじゃないでしょ。これはあなたのものだから、遠慮しないで食べてちょうだい」
リリアーナに強い調子で言われ、ビクトールは弱々しく笑いながらようやく手を付けた。そんな彼をリリアーナは呆れたように見てため息をついた。
「全く、あれだけ稼いでいるのに、ビクトールって自分のためにお金を使わないわよね。いつも研究のため、弟妹のため。たまにはボロボロの制服のローブでも新調すれば? 人生には遊びが必要なのよ」
「学生生活は1年も残ってないのに、新品を買うなんてもったいなくてできないよ。そう言うあんたこそ殆ど遊ぶ暇もなかったって言うじゃないか。遊びが必要なのはお互い様なんじゃないか?」
「わっ、私はいいのよ……魔法が駄目な分、他の部分を頑張らなければならなかったから……」
リリアーナの声が小さくなったことに気付いて、ビクトールは彼女の方を向いた。もしかして、まずいことを言ってしまったか? と不安になった。高慢ちきかと思ったら急に自信を失ったように落ち込む。彼女の人間像がいまいち掴めない。
「さあ、ヤマミツバは十分揃ったから、次はおとりを仕掛ける作業にとりかかろう」
太陽は既に一番高いところに到達し、後は日が暮れるだけだ。ゆっくりしている暇はない。彼らは次の作業に移った。適当な切り株の上にヤマミツバの束を置いて、キツカヤクモトカゲをおびき寄せる。餌を食べにやって来たところを、魔法で気絶させるというわけだ。
「いいか、鮮度が命だから加工する時まで殺しはしない。あくまで気絶させるだけだ」
気絶の術ならリリアーナにもできる。人間相手だと難しいが、トカゲなら何とかなるだろう。リリアーナも懐から自分の杖を取り出して構えの姿勢に入った。予想外にも、ビクトールよりもリリアーナの方がこの作業は得意だった。
ビクトールは、人間相手なら問題ないのだが、動物相手に加減することが実は苦手だった。調合なら天才的な力を発揮するが、材料の採取は専門外なのだ。しかしリリアーナの方は、元々魔力が少ないので、手加減しなくても動物相手ならちょうどよかったのだ。あっという間に十分な量のキツカヤクモトカゲが集まった。
「驚いたわ。魔力が少ない方が却って有利なこともあるなんて。怪我の功名ね」
リリアーナは最高に機嫌がよかった。魔法で自分が役に立てることがあるのが純粋に嬉しいようだ。
「ありがとう。一人だったら一日では終わらなかった。あんたがいてくれて助かったよ、青の魔女さん」
ビクトールは皮肉でもお世辞でもない、心からの本心を伝えた。下手すると何日も山に通わなければいけないかもと覚悟していたが、邪魔になるかと思われたリリアーナに助けられた結果になった。おまけに孤独な作業が、彼女と一緒だったお陰で退屈しなかった。
「ねえ、私邪魔にならなかったでしょ、役に立ったでしょ?」
リリアーナはぱっと顔を輝かせて喜びを露わにした。何度も何度も自分が足手まといにならなかったことを確認してくる。もしかしたら、彼女が一番恐れていたのはそのことなのかもしれない。
(登山服なんて着て何て大げさなと思ったけど、それも事故が起きて迷惑をかけたくなかったからなのかもしれない)
不器用な奴だな、と思った。弱いところを見せれば同情されるかもしれないのに、強がってばかりで人から敬遠されているではないか。彼自身も大概なので彼女にアドバイスする権利はないが、傍で見てて歯がゆい思いがした。そんなことを考えながら、傾き始める太陽と競争するかのように山を下りて行った。
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