青の魔女の統べる御代で天才魔術師と見る夢は
雑食ハラミ
プロローグ
長い冬の眠りから目覚めた王宮の庭園は、色とりどりの春の花が誇らしげに咲き乱れ、命の喜びに満ち溢れていた。しかし、そこにいたのは顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる、7歳くらいの少女だった。
少女は、家族と一緒に王宮を訪れて国王に拝謁する予定だった。何でも自分と王子様が「こんやく」するという話だった。「こんやく」とはどういう意味かよく分からなかったが、仲のいいお友達になるくらいの意味だろうと本人は解釈していた。
それが、ここに来る途中で、同行した兄たちにからかわれて逃げるうちに、庭園の迷路の中に迷い込んでしまったのだ。迷路は縦横無尽に入り組んでおり、背より高い垣根に阻まれ自分がどこにいるのか分からない。歩けば歩くほど奥深くに迷い込んでしまい、途方に暮れてその場にへたり込んでしまった。
「ここで何しているの?」
ふと見上げると、自分と同じくらいの年の少年が彼女を見下ろしていた。ふわっと空気をはらんだ褐色の巻き毛に色素の薄い灰色の目。艶やかな肌に上等の服を着た少年は、一見して身分が高位だと分かる。少女は驚いてはっと息を飲んだ。
「あなたは誰?」
「質問しているのは僕だよ」
尊大ぶるわけでもなく自然と口から出た言葉に、彼がただならぬ身分であることが察せられた。少女は涙と汗でぐちゃぐちゃの顔を拭うのも忘れ、恐る恐る答えた。
「迷路に迷ってしまって……ここから出られないんです」
「そんなの追跡の魔法を使えばいいじゃないか。杖持っていないの?」
「持っている……けど……」
少女は恥じ入るように下を向いた。杖はいつも肌身離さず持っている。でも碌に魔法が使えないのだ。杖から花や動物を出す初歩的な段階からまだ先に進めずにいた。兄たちがからかったのもそのせいだ。貴族だけが魔法を使えるというこの世界で、なぜか彼女だけは魔力が少ない状態で生まれた。兄たちはそんな彼女をよく馬鹿にして、婚約者に決まった時も「なんでお前みたいな奴が」と囃し立てた。
この日も、兄の一人が魔法の蜂をけしかけた。子供でも魔力が十分備わっていれば簡単に追い払えるのだが、彼女はその術をまだ取得できていなかった。本物ではないから本当に刺すわけではないが、当たるとちくちく痛い。なす術もなく逃げ惑っているうちに家族と離れ、いつの間にか庭園の迷路に迷い込んでしまったのだ。
「黙っていても分からないよ。仕方ないな。こっちにおいで」
少年は面倒くさそうに自分の杖を取り出し何やら呪文を唱えると、杖の先から一筋の光が出て進むべき進路を指し示した。
「これが追跡の魔法だよ。一緒に着いてきて」
少女は、涙も拭かず少年に言われるがままに後を着いて行った。すると間もなく迷路の出口が見えて来た。
「やった……出口だ……!」
少女はついさっきまで泣いていた顔をぱっと輝かせて言った。つり気味の紺碧の目に、ツンと上を向いた鼻。王宮へ出向くために選んだ服は上質な布で作られフリルが沢山ついたきれいなドレスだった。少女もまた身分が高い家柄のようだ。
「私、リリアーナ・オズワルドと言います。オズワルド公爵家の長女です。困っていたところを助けてくれてありがとうございます」
リリアーナはそう言うと、まだ子供ながら淑女の礼をした。公爵家の子供らしく、きっちり教育された娘のようだ。彼女の名を聞くと、少年は驚きの表情を浮かべた。
「君がリリアーナなの……? じゃあ……」
初めて戸惑ったように言いよどむ少年を見て、リリアーナは首を傾げた。一体どうしたのだろう?
「僕はルーク第一王子だ。君のことを探していた。リリアーナ・オズワルド公爵令嬢、どうか僕とけっこんしてください」
突然片膝をついて思いも寄らぬことを口にする少年を、リリアーナは目を丸くして見つめた。
「肝心の君がいないんで大騒ぎになって、みんな探しに行ったんだ。そしたら僕が偶然見つけた」
「でも……でもっ、私公爵家に生まれたのに魔力が少なくて……まだ簡単な魔法しかできないけどいいんですか?」
「そんなの別に関係ないよ。魔法が苦手なら他の能力を伸ばせばいいだけだし」
リリアーナは、弾かれたようにはっとしてルークを見つめた。
「それ本気で言ってるの?」
「本気じゃなきゃなんなの?」
ルークは事もなげな様子で言ったが、リリアーナの方は雷に打たれたように呆然と立ち尽くした。母親以外で誰かに肯定されたのはこれが初めてだった。
(この人は私をちゃんと分かってくれている……私、この人に着いて行く……)
この強烈な体験は、彼女のその後の運命を決定づけた。彼女にとっての心の支えであると同時に、大きな呪いとしてそれからの10年間を縛る結果となったのだ。
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