第8話〜飯食わねぇだと?
宿に戻った。
「飯は俺が作るからアンタらは風呂でも入っててくれ」
強介が台所へと行く。その言葉に甘えて、三人は長いクルージングで溜まってしまった疲れを癒すことにした。
「ここは蛸が良く取れるんだよな?海鮮が楽しみだ」
「あぁ、多分美味いと思うぞ」
多分。その言葉が引っかかったが、追求するのには少し細すぎる事なので言わなかった。そして、自身のカバンから着替えを持ってきた薫田あるじが風呂場へと行った。
「あちき先に入るのだ」
「レディファーストだね」
「あちきまだガールなのだ」
「ベイビーファーストだね」
ドア越しでも分かるぐらいに、不機嫌になっている。
「俺もやるよ。こうやって並んで料理すると、家族と一緒に作ったの思い出すなぁ」
「家族…と?親とか兄弟と一緒に?」
「おう、まぁ普通に卵寒天とかオムライスとか作ってたな」
台所では男二人で食事を作っている。調理器具は使い古されており、コンロ周りには少し、いや結構な汚れが付着している。
冷蔵庫を開けると、魚介やら野菜やらが詰まっていたが、どれも袋詰めされておらず、そのまま取ってきたようだ。
「羨ましいな…外の人間は」
針口は彼の目を見て、やってしまったと思った。モラルのある大人は人の家庭事情に首を突っ込んではいけないのだ。
「親は風邪をこじらせて死んだ。仲のいい兄は居たな、ちょうど生きていれば針口と同じ歳だ」
「そうか…うん、何か、すまん」
鍋に蟹を入れる。水道水が蟹にバシャバシャとあたる音が木霊していた。淡々と強介は野菜を切って、フライパンに入れて炒めている。その背中は小さな子供のようだった。
「べつに。身の上話なんて酒のツマミにもならねぇだろ」
「誰かを知る時には身の上話が一番知れるんだよ。てか誰も酒のツマミなんて求めてないしな」
そう、針口は肝臓が弱いのだ。だがその生易しいフォローが彼にとっては鬱陶しく感じた。
「殿様目線だな」
「それ上から目線のことか?」
また木霊していた、今は蟹がグツグツと茹だっている音だが。
「誰だって間違いはあるから。恥ずかしいことじゃないぜ」
「ふん、甘いな」
「料理の味付けのことか?出来ればしょっぱい方が好きなんだがな」
この男、もしかして馬鹿なのだろうか。強介はそう思ったが、彼は一つの事に集中しようとすると他の事が疎かになってしまう。
だから、この会話も頭には半分ぐらいしか入っていない。ので、こんな間違いを連発するのだ。
「甘辛になるな」
「おう、甘辛か。良いチョイスだな」
出来上がった食事は不格好ではあるものの、ちゃんと食欲を湧かせる物にはなった。
お風呂上がりで、頬が赤くなっている薫田あるじは滅多に食べれない海鮮に興奮していた。
「今日は海鮮パーティなのだ!」
「いただきまーす」
「レーションあるから要らない」
風呂上がりだというのに、ヴェニアミンは全く格好が変わっていなかった。
「せっかく作ったのに食わねぇなんてもったいないことすんなよ、海鮮だぞ?」
野菜炒めを口に含めながらそういうも、彼は聞く耳を持たない。味付けに関しては普通に濃いので、秋田出身にはちょうど良い。
「大丈夫なのだ、ニアミン先生。針口と一緒に作ってたから毒を入れるタイミングはないのだ」
「毒舌もいい加減にしろよ。毒だとか何だとか入ってる訳ねぇよな?強介」
彼の方を見ると、首を縦に振っている。ヴィジュアル系バンドのファンにでもなったつもりか。
「そうだ、濡れ犬を被せるな」
「濡れ衣を着せる、だぞ」
「ここではこう言うんだよ…」
真剣な声色で言うので、薫田あるじは箸で取っていた人参を落としかけた。
「え、マジなのだ?」
「嘘に決まってんだろバーカ!」
「お主めぇー!」
座っている強介に近づいて、無理やり人参を食わせようとしている。このままだと拉致があかないので、ヴェニアミンが蟹を部屋の外に放り投げた。
「あーもったいないのだー!」
「蟹は一人一杯だからな!てか粗末にすんな!」
追いかけていった二人には内緒で、彼はどさくさに紛れて強介に小声で話した。
「食べるなら今の内だよ。外からは見えないようにしている」
「…っあぁ、そうする」
この男、侮れない。そう思った。
外には村人が三人ほど隠れているのだが、何故か窓には真っ黒のペンキが塗られており、中は見えない。
ヴェニアミンはこの家の違和感にも気づいている。
旅行客が泊まる部屋にカーテンがなかったり、ちゃんとした清掃がされていなかったりと、おもてなしの心を持っていないようだ。
だからこそ、彼は窓の外をペンキで塗り、盗聴器や小型の監視カメラを潰した。
「蟹味噌まずいのだぁ…うぇ」
「お子ちゃまだなぁ。これが美味いんだよ」
二人がカニ味噌を啜りながら帰ってきたので、この話は一旦置いとくのであった。
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