第10話『薬師、皆と森へ向かう』
お店番をしているというクロエさんを残し、わたしたちは街を離れ、森へと向かう。
「西の森も久しぶりだねぇ。季節柄、植物たちが元気な気がするよー」
先頭を行くマイラさんがどこか嬉しそうに言う。彼女の背負うリュックには、スコップや鎌といった道具がこれでもかと詰め込まれていた。
「そ、そうですね。レリックさんが定期的に
わたしはそう言葉を返し、森へと延びる街道を見やる。
大きく成長した植物が左右から道を侵食せんとしていて、時折吹く風が濃い緑の匂いを運んでくる。
普段はあまり街の外に出ないので嗅ぎ慣れないはずなのに、どこか落ち着くのはわたしが
「……あの森がそうなんですね。なんだかドキドキします」
次第に森が近づいてくると、わたしの後ろを歩いていたスフィアが興奮気味に言う。
危ないからお店にいるように言って聞かせたのだけど、「これも勉強ですので! お願いします!」と土下座され、わたしは渋々、彼女の同行を許可したのだ。
「あまり浮かれるなよ。数は少ないとはいえ魔物も出る。スフィアくらいの子どもは、奴らにとってちょうど食べ頃だ」
「ひぇ……」
しんがりを務めるミラベルさんが、腰から下げた剣に手をやりながら、冗談とも本気ともつかないことを言っていた。わたしも怖くなるから、そういう脅し文句はやめてほしいんだけど。
そんなことを考えながら歩みを進め、森の中の遊歩道を途中で逸れる。
「……スフィア、あそこに生えているのがサポリンの木です」
「あ、サポリンの実は、あの木に生るんですね」
「そ、そうです。節に鋭いトゲがあるので、触る時は気をつけてください」
「わかりました!」
木々の間を歩きながら、わたしはスフィアにそう教えてあげる。彼女は目を輝かせながらサポリンの木を見たあと、必死にメモを取っていた。
「うう……あのトゲにやられた、忌々しい記憶が蘇るよ……!」
「あの時は、エリンの話を聞かずに木に飛びついたお前の自業自得だろ」
そんな中、マイラさんが頭を抑えながら言い、すかさずミラベルさんに突っ込まれていた。
そのやりとりを聞きながら当時の状況を思い出し、わたしはつい、思い出し笑いをしてしまったのだった。
……しばらく道なき道を進んでいくと、
「こ、この木がそうです。この下に、モグラダケがあるかもしれません」
「あるかもしれない……ということは、確実ではないということか?」
「そ、そうなります。こればかりは、見えないので」
「エリンさん、気にしないでいいよ! 宝探しみたいで、楽しいよね!」
申し訳ない気持ちで言うも、マイラさんは全く気にする様子がなかった。どこからか鎌を取り出すと、周辺の草を手際よく刈っていく。
「よーし! それじゃスフィアちゃん、どっちが先にキノコを見つけられるか、競争だよ!」
「はい! マイラさん、負けませんよ!」
やがて草を刈り終わると、マイラさんとスフィアはそれぞれスコップを手にし、地面を掘り始める。
「マイラ、楽しく作業するのも大事だが、周囲への警戒は怠るなよー」
そんな彼女たちを、ミラベルさんは苦笑しながら見守っていた。
「あの、ミラベルさん、少し気になったことがあるんですが、質問いいですか」
「構わないぞ。なんだ?」
そう尋ねるも、ミラベルさんの視線は鋭いまま。わたしの言葉に耳を傾けつつも、魔物の気配を常に探ってくれているのだろう。
「す、少し前の話になりますが、今回と同じように貴族様から咳止め薬の依頼が入っていましたよね。その時の患者さん、性別はわかりますか?」
「性別……? 今回と同じく、女性だったな。男爵夫人だったか」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「何か気になることでもあるのか?」
「い、いえ。勝手な想像なんですが、貴族様たちの間で、やっかいな喉風邪でも流行っているのかなと」
「確かに、定期的に社交の場に出るだろうし、そこから感染が広がっていても不思議はないがな」
表情を変えずに、ミラベルさんは言う。
今回のオリヴィア様の場合、元々の症状に加えて、精神疲弊による免疫力の低下もあると思うし。貴族様は貴族様で、気疲れが多いようだ。
「何かありました! エリン先生、これがそのキノコですか!?」
そう思案していたわたしは、スフィアの弾けるような声で現実に戻された。
彼女が掲げたものを見てみると、手のひらほどもある大きく真っ白いキノコだった。
「あっ、それです。それがモグラダケです。スフィア、よく見つけましたね」
「えへへー、お役に立てましたか?」
鼻の頭まで土に汚したスフィアは、誇らしげな顔でモグラダケを手渡してくれた。
そんな彼女にわたしはお礼を言い、自然とその頭を撫でてあげていた。
「先を越されちゃったかー。うーん、こっちにはないのかなー」
一方のマイラさんは顔を上げて苦笑したあと、再び土を掘り始める。
「あ、あの、たぶんないと思います。一つの切り株に、モグラダケは一本しか生えないというのが一般的なので」
「そっかー、残念」
わたしがそう伝えると、マイラさんは心底残念そうな顔をして、穴から這い出してくる。
その大きさは、スフィアの堀った穴の数倍はあった。さすがの身体能力だ。
「マイラ、気合を入れて掘り過ぎだぞ。偶然通りかかった人間が落ちたら大変だから、きちんと埋めて……む?」
そこまで話した時、ミラベルさんの表情が険しくなった。
「……囲まれているな」
一瞬、なんのことかわからなかったけど、彼女が無駄のない動きで腰の剣を抜き放ったことで、わたしは察した。
……いつの間にか、わたしたちは魔物に囲まれていた。
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