第九話:遅い夕食

 あの後、俺達はそのまま色々な作業を分担し、料理を作り続けた。

 流石に学園の全校生徒の食事を賄うだけだって、その作業は大変。

 アミトンの皮剥き一つが楽になった所で、やっぱり調理までの工程だって多い。


 豚の肉には塩で焼いて、味付けしてからスープに入れるんだけど。これもこの世界ならではのやり方でやっていた。

 岩塩ならぬ鉄塩っていうのがこの世界にはあって、肉を焼く鉄板の上に球状のそれらを並べて、その上で肉を焼くっていう変わったやり方だった。


 ただ、ちょっと鉄塩の大きさがゴルフボールより大きめだから、塩のムラが出そうだし、油を引くって事もしてなくって、焼きすぎるとちょっと鉄塩に肉がひっついたりしてたんだよな。

 この辺は後で色々試してみたい所だな。


 他の野菜を切ったり皮を剥いたりは、基本的にナイフでやっていた。

 だけど、ここはやっぱり魔導学園の女子寮。

 初級魔術、風刃エアブレードを器用に使って剥く子なんかもいて、思わず感心してしまった。


 パスタは、わざわざ麦粉と卵を合わせて練った生地を、専用の機械で裁断して作っていた。

 この工程自体はこっちの世界とあまり変わらなくって、生地を練って広げる時も麺棒を使ってやっていた。


 打ち粉を振らずにやっているから、ちょっとワークトップに張り付いちゃったりするのもあって、ちょっと苦労が垣間見える。

 ただ、この辺をして味に影響があるといけないから、今回はまだ提案はしないでおいた。

 あと、寝かせる工程がないから、うまくやったらもう少しコシが出そうな気もするけど、この辺は実際に食べてみないとわからないな。


 大鍋での煮込みもまた、それほどこっちの世界と差はなく、適度にかき混ぜて煮込むだけ。

 パスタも一緒に煮てるのがどう影響するのかはちょっと気になる所。

 とはいえ、大人数相手に作ると考えたら、あまり手間を掛けてもいられないだろうし、そもそもこの工程の方が美味しくなる作り方かもしれないしな。この辺は出来上がりが楽しみだ。


 あと、調味料の類はあまり多くないのか。

 ここでも塩味を付けていたんだけど、布に包んだ鉄塩を暫く一緒に入れて味付けしていたっけ。


「うまく調整して引き上げないと、塩気が強くなっちゃうのよねー」


 なんて言いながら、マナードさんは感覚だけでその上げ下げをさらっとやってたけど、塩味のバランスはばっちり。

 これが女子寮の厨房を預かる人の実力か。やっぱり凄いよな……。


 ちなみに、この間に俺とエスティナが会話を交わす機会は、残念ながらまったくなかった。

 それぞれ別の工程を担当していたから、それどころじゃなかったんだけど。


 ただ、エスティナの他の女子への指示出しは、マナードさんと見間違うほどに的確で正確。

 周囲の信頼も集めてるのか。周りもそれに合わせて指示内容をテキパキと熟していて、息が合うってこのことかって、思わず感心したっけ。


 ちなみに、配膳時間が近くなってくると、にわかに食堂も騒がしくなるんだけど、ミャウもその辺りから色々苦労し始めたのは、姿が見えなくっても、声で大体察した。


「ミャウちゃーん! やっぱりモッフモフで気持ちいいー!」

「うん。気持ちいい」


 元気なリナちゃんと、落ち着いたラナちゃんの二人が、間違いなくミャウに甘えている──だけじゃない。


「二人共! 皆がミャウ様との触れ合いを待っていますのよ! 早くお退きなさい!」

「とか言っちゃってー。カサンドラが一番ウズウズしてるじゃん」

「そ、そんな事はありませんことよ!」

「ふーん。じゃあー、ミャウちゃんは置いといてー、あたしとミネットと一緒に、場所取りに行こ?」

「な、何故わたくしがそのような事を──」

「別にー。だってみんなのためなら、カサンドラがミャウちゃんと触れ合うのは、後でもいいんだよね?」

「そ、それは! ミャウ様がわたくしを待っていらっしゃるのですよ!? お待たせする訳にはいきませんわ!」

「本当かなー? ミャウちゃん。エスティナの事待ってるの?」

「……」

「……ミャウ、白い目してる」

「うん。きっと、リナにもっともふもふされてたいんだよねー」


 ……厨房に聞こえてくる、ミネットさん、カサンドラさん、リナちゃんラナちゃんの会話。

 これだけでもう、ミャウが疲れた顔をしてるのが容易に想像できる。

 明日は学園も休みだし、ゆっくりさせてやらないとな……。


   § § § § §


 こうして料理の準備をし、時間になって配膳。

 そんなわたわたとした時間を過ごす内に、食堂から見える景色もすっかり暗くなっていた。


 食堂の開放時間は朝の七時から夜八時まで。

 女子生徒達が一通り食事を終え食堂を去った後、俺達厨房の方も遅い夕食を食べる事になった。


 食堂のテーブルに向かい合いエスティナ達女子生徒六人と、マナードさん、俺と、足元に座るミャウ。

 それぞれの前には、既に今日の食事が並んでいる。


「じゃあ、みんな揃ったわね。では、いただきます」

「いただきまーす!」

「ミャウミャーウ!」


 マナードさんの挨拶に合わせてみんなも声を上げた後、各々今日作った料理に口をつけ始めた。


 ちなみに今晩の料理は、さっき作っていたアミトンと豚肉のスープパスタの余りをアレンジした物。


 っていうのも、パスタや野菜は流石に長く煮込むと崩れちゃうらしくって。

 新たに茹で上がりを早くするため細かくしたパスタを入れるついでに、鶏の卵を焼いたスクランブルエッグみたいな物を一緒に入れているんだ。


「やっぱり、マナードさんの賄いって美味しい!」

「ほんとほんと!」


 そう絶賛しながら食べる女子達の笑顔は、この為に頑張ったのがありありと伺える。

 どれどれ……確かに。ひとくち食べただけだけど、これはこれで美味しいな。

 こういう組み合わせも良さそうだな。覚えておかないと。


「ミャーウー!」


 彼女達に賛同するように鳴いたミャウも満足げ。

 ちなみに、あいつにはエスティナの家で出してもらった、魚のほぐし身と同じような物を用意してもらった。

 あの喜びようは美味しかったのもあるだろうけど、朝からかなりミルクを飲んでたし、やっと違う料理にありつけたってのもあるのかもしれない。


「ミャウちゃんも嬉しそうねー」

「ええ。きっとマナードさんの手料理に満足してるんですよ。な? ミャウ?」

「ミャーウー」

「あらあら。じゃあこれからも色々作ってあげないとねー」


 テーブルの一番端に俺と向かい合って座っているマナードさんは、俺の横に座るミャウの嬉しそうな顔に、釣られて笑顔になる。


「そういえば、リュウトも初日とは思えないくらい、凄く手際が良かったよね?」

「え? そうかな?」

「うん」


 素直に褒めてくれるのは嬉しいけど、やっぱりちょっと気恥ずかしいな。

 隣に座るエスティナの褒め言葉に、俺はちょっと照れ笑いをしていると、それを皮切りに、他の女子生徒達が盛り上がり始めた。


「ほんと、アミトンの皮剥きのアイデアも凄かったですけど、野菜切るのも凄く早かったですよ。 ね? ミント?」

「うんうん! リュウトさんってやっぱり、料理得意なんですか?」

「え? まあ、そこそこですよ。一応自分で料理もしたりはしますけど」

「本当ですか!? じゃあじゃあ、今度私達にも何か作ってくれませんか?」

「それは名案です! 異世界の調理法とか、料理も色々興味ありますし!」


 えっと、俺の手料理?

 突然提案された話に、ちょっと臆した俺はエスティナに顔を向けたんだけど。


 ……あれ?

 その時の表情に、俺はちょっと首を傾げた。


 そこにあったのは、和やかな会話に似つかわしくない、何かを思い詰めたかのような冴えない顔。


 何でこんな顔をしてるんだろう……。

 そんな不安を覚えたけど、はっとしてこっちの反応に気づいたエスティナは、


「た、確かに、私もちょっと気になるかな」


 なんて言いながら、慌てて笑顔になった。

 でも、ちょっと表情が固い気がする。


「でしょでしょ! どうですか? マナードさん」

「確かに良いわねー。リュウト君、どうかしら?」


 っと、気づいたら話がそっちに進んでるのか。

 急な問いかけに、俺は慌てて背筋を正す。


「あ、はい。ただ、まだまだこの世界の食材とか把握していないので、向こうの世界の料理っぽい物が作れそうであれば」


 実際、たった一品作るのにも、異世界と現代の違いは色々あった。

 だから、こっちの世界の食材とか調理法をもう少し理解してからじゃないと、それこそ失敗作を作りそうだし、ヘタな料理は出したくないしな。


 ちょっと謙遜しつつ、事実を並べながらも曖昧に回答したつもりだったんだけど、それはOKと捉えられたのか。


「やったっ! 楽しみにしてますからね!」

「異世界の料理、超楽しみー!」


 なんて、早くも決定事項のように語られていて、俺は思わず苦笑する。

 でも、そんな彼女達の盛り上がる中、ちらっと横目で見たエスティナが、俯いて黙っていたのがちょっと気になっていた。

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