第七話:異世界の野菜

 俺達が到着すると、食堂で雑談する生徒さん達の他に、既に厨房には何人かの女子生徒とマナードさんがいる


「きゃー! ミャウちゃーん!」


 なんて、そっちこっちから嬉しそうにやってきた生徒が順番にミャウを撫で始めて、早くもあいつは戸惑いながらファンサービス。

 流石に止められもしないし、どちらにしてもミャウは厨房に入れないからな。


「ミャウ。俺達は厨房にいるから、悪いけどそこで大人しくしててくれよ」

「ミャーウ」

「じゃあみなさん、優しくしてやってください」

「はーい!」


 あいつを囲んだ女子生徒達が、素直に返事をしてくれる。

 まあ余程じゃなきゃ、嫌われるために猫を撫でようとはしないと思うし、信じても大丈夫だろう。カサンドラさんじゃなければ。


「じゃ、リュウト。行こう」

「ああ」


 人気者になっているミャウを食堂に残し、俺とエスティナは厨房へと入って行った。


「すいません。遅れました」

「何言ってるのー。まだ集合時間前よ。ここにいる子達も、普段ならこんなに早く集まらないわ」

「マナードさん! そういう話はしないって約束ですよー」


 悪気なんてまったくなさそうなマナードさんに、不満げにそう反論した女子生徒達は五人。

 人間ヒュマル霊魔族エルファ獣人族ビゼルと種族もまちまちだ。


 でも、こんなに早く集まらない人達が集まってるってどういう事だろう?

 もしかして、早めに来ればミャウと戯れられるって思ったのかな?

 そうだとしたら、もう少し早く起きて、早めに顔を出してあげられたら良かったのになぁ……。


 メンバーはこれで全員らしく、マナードさんは何時もの笑顔のまま、厨房にいる人達に話し始めた。


「さて。今日から厨房のお手伝いにリュウト君が加わります。料理を一緒に作るのは初めて。勝手もわからない中でしょうし、手際が悪いかもしれませんが、皆さん寛大な目で見てあげてちょうだいね」

「わかりました!」

「じゃあ、リュウト君。挨拶してもらっても良いかしら?」

「あ、はい」


 エスティナを始め、厨房の生徒達の視線がこっちに向く。

 それには少し緊張したけど、軽く咳払いをしてそれをごまかすと、俺は話し始めた。


「えっと、リュウトです。今日から厨房でお手伝いさせていただきます。足を引っ張らないようにしながら、色々学ばせてもらおうと思いますので、どうぞよろしくお願いします」


 ぺこっと頭を下げると、彼女達から拍手──って、後ろからも!?


 思わず振り返ると、食堂にいた女子も笑顔でこっちに拍手してくれていた。

 さ、流石にこれは気恥ずかしいな……。

 頭を掻きながらぺこぺこと頭を下げると、気恥ずかしさをごまかすようにマナードさんに向き直る。


「はいはい。じゃあ、早いけど下準備から始めましょっか。エスティナ。今日の献立はわかってる?」

「はい。アミトンと豚肉のスープパスタですよね?」

「ええ。あなたはみんなに指示して、野菜や肉の下準備をしてもらえる? 私はリュウト君にアミトンの皮剥きを教えるから」

「わかりました。みんな、今日も頑張ろう!」

「はーい!」


 マナードさんとエスティナの掛け合いは、何となく手慣れてる感じがする。

 きっとエスティナも、頻繁に厨房で調理の手伝いをしてるのかも。

 そうだとすれば、この間の食事が美味しかったのも納得できる。


「さ、リュウト君。心の準備はいーい?」


 おっと。俺もぼやっとしてられないな。


「はい。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくねー」


 猫耳をぴくぴくっとさせ、温和な笑顔を向けてくれるマナードさんに連れられて、俺はみんなとは違う厨房の中央にあるテーブルに案内された。

 そこには箱に入った少し大きめな緑色の丸い野菜、かな。

 大きさは野球ボールようりソフトボールに近い。青々とした表面には新鮮さを感じるつるっとした艶がある。個人的には丸くなったトマトやピーマンっぽく見えるな。


「これがアミトンよ。まずはこれの皮をナイフで剥いてほしいんだけど、ちょっとコツがいるの」


 そう言って、彼女はテーブルに置かれた大きめのナイフを手に取った。

 見た目にはほとんど包丁と同じくらいの大きさだな。


「リュウト君は、ナイフを使うのは初めて?」

「あ、はい。ただ、向こうの世界でも包丁っていう同じような道具があるので、多分大丈夫です」

「わかったわ。じゃあまず、アミトンをナイフを使わない手に持ってもらえる?」

「はい」


 俺は箱からアミトンを手に取ってみた。

 って、これは感じ的にトマトだな。感触が結構柔らかいし、強く掴んだらあっさり潰れそうな感じがする。


 俺がアミトンを手にしたのを見て、マナードさんも同じように手にアミトンを持つと、反対の手にナイフを持つ。


「この野菜は皮がちょっと固いけど、中身が柔らかいのよ。煮込んじゃうから多少は潰しちゃっても大丈夫だけど、できれば身の食感は残したいし、皮はできる限り残したくないの。だから、こんな感じで皮を向いて欲しいの。ちょっと見ていてね」

「はい」


 俺はじっとマナードさんの手つきを見る。

 彼女はナイフを当てると、それを引きながら皮にすっと刃を入れ、そのままやや大胆に身ごと皮を剥く。どちらかといえば、表層の身ごと削ぐって感じだろうか。


 しゅっしゅっと小気味よく刃を当て、皮を剥く。

 やっぱり柔らかな野菜なせいか。決して早くはないけど手際はとても良い。


「やっぱり凄いですね」

「そうかしら? まあでも、これができる子ってここの学生でも、ほとんどいないのよ」

「え? そうなんですか?」

「ええ。試してもらえる?」

「あ、はい」


 言われるがままに、俺もナイフを手に取る。

 刃の切れ味はっと……。

 アミトンを強く握りすぎないように気をつけながら、皮に優しくナイフを当て、マナードさんに倣ってすっと刃を入れる。

 刃物の手入れはバッチリだな。ただ、やっぱりトマトの皮に近いからか。刃を入れるのに少し力がいるか。


 こうやってトマトの皮を剥くなんてした記憶がないから、この作業はちょっと新鮮。

 だけど、確かに力加減が難しい。実際皮を剥いたアミトンは、水分っ気の多い身の部分がかなり柔らかいから、変に押し潰さないか心配になる。

 とりあえず見様見真似で、すっすっと皮を剥いていく。

 ……うん。これくらいなら全然やれそうだ。


「あら。リュウト君上手じゃない。繊細なのね」

「いえ。それほどでも」


 返事をしつつも野菜から目を逸らさず、俺は丸々皮を剥き終えた。


「どうですか?」

「バッチリよー。じゃあ、このままお手伝いをしてもらおうかしら」


 このまま、か……。

 俺はその言葉に、少し考え込む。


 いや、このアミトン。

 色味や形は別として、俺の中ではやっぱり、柔らかめのトマトなんだよな。

 だからこそ、このままやっても効率が悪いし、技術もいるから人数も掛けられないのもわかる。


 箱も結構大きいし、この量だとマナードさんの手間もかかってるに違いない。

 手間を減らし、誰でもできるようにするなら……。


「……どうしたの? リュウト君」


 俺が沈黙していたせいか。

 少し不思議そうな顔をするマナードさん。


「あの。今日の料理の準備って時間に余裕はありますか?」

「ええ。思ったよりみんな早く集まっているし」

「じゃあ、ひとつ試したいことがあるんですけど。いいですか?」

「試したいこと?」

「はい」


 俺の突然の申し出に、きょとんとするマナードさん。

 彼女はちょっと間を空け悩んでいたけど。


「ええ。いいわよ」


 結果、笑顔でそう快諾してくれた。


 よし。じゃあ早速実践だ。

 俺は自分の世界の技術が通用するのか。実験に挑むようなワクワク感と共に、準備を始めることにしたんだ。

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