現代御伽ふぁんたじあ

永遠

第1話 始まりの物語

獲物に気付かれぬように、弓を構え狙いを定める。狩りとは生き抜くための戦いだ。慣れたとはいえ、毎回決して手加減はしない。

まだ、まだだ。もう少し。獲物を狩るタイミングを静かに見極める。そして遂にその時がくる。獲物は自分に全く気が付いてない。良いことだ。彼は遂に矢を放つ。


……前に斧で木を切るコーンという場違いな音がして。獲物は逃げ、彼の矢はあっさり獲物から外れたのだった。


「……清太、お前俺のこと嫌いなの?邪魔したの何回目かわかってる?そもそもこの会話が何回目かわかってる?」

獲物を逃して肩を思い切り落とす男は、斧で木を切ろうとしている男にそう問いかける。

「あはは〜。ごめんなあ、ロビン。でもロビンはスゴイやつだから直ぐにまた別の動物を狩れるよお」

木を切る手を止めずに悪びれる様子もなく"清太"と呼ばれる青年はのんびりとそう答えた。

「お前にノルマがあるように、俺にもノルマがあるの!俺は無駄な仕事はしたくないわけ。今のやつを仕留められたら俺のノルマは終わりだったの。お前のせいでまた獲物探しからだよ!これでノルマ達成出来なかったら……あー考えたくねえ」

溜め息を吐いて文句を垂れるロビンと呼ばれた緑色の服をまとう男。

彼の名は"ロビン・フッド"。

中世イングランドの伝説上の人物であり、文学作品ロビン・フッドのゆかいな冒険を含め多くの映画などで親しまれているその人本人である。近年では弓の名手でアウトローな義賊として親しまれている。


「それは申し訳ないことをしたなあ……それじゃあ僕のノルマが終わったらロビンのお手伝いをするねえ」

のんびりとそう応える清太と呼ばれる青年の名は"清太"。

彼は有名なイソップ童話の一つである金の斧銀の斧の正直なきこり本人である。イソップ童話時には彼に与えられた名は"きこり"であったが、この世界ではそれはあまりにも不自然なため、泉の清さと太い木から清太と名乗っている。


話をしながらも手を止めなかった清太の成果により、木は倒れた。

「神様、森の恵みをいただきます」

清太が木を切るたびに口にする言葉だ。山から恵みを得る彼らは山の全てを愛して感謝をしている。

「僕のノルマはこれで終わりだから、約束通りロビンのお手伝いするよお。ロビンのノルマは後は何が残ってるの?」

清太は切った大木を担ぎ上げるとロビンにそう問いかけた。

「あ、やっぱりそれ持ったまま手伝う気なのね。わかっちゃいたけど俺の手伝いするにはどうかと思うわ。……ま、いいか。俺のノルマは肉類集め。さっきみたいな大きい猪だったらソイツ一匹で足りる」

「了解。とりあえず……痕跡から探そうかあ」

「そうだな」

お互い情報を共有して、最初にやるべきことが決まった。そうなれば後は動くまでだ。二人が歩き始めようとしたその時、後ろから高い声が聞こえてきた。


「あらロビン、まだノルマが終わってないの?私たちはノルマ以上の成果を出したわ!あなたたちのお話しはルーが聞いていたわ。良ければルーと私の成果をあなたに譲るわよ!」

血生臭い、狩られた獲物の臭いがする。

声と臭いにつられてロビンと清太が振り向くと、そこにはドサッと置かれた大きな鹿と190cmは超える青年とその肩に乗れるくらいの大きさの赤い帽子をかぶった少女がいた。

「これはこれは、ルージュシャポーのお嬢さんにそのシュヴァリエ。ご機嫌そうでなによりだ」

「ルーシャにルー。君たちもこの辺りにいたんだねえ。会えて嬉しいなあ。それにしても立派な鹿だねえ」

ロビンはそんな二人に頭を下げ、清太は彼らを素直に受け入れた。

「清太、元気そうでなによりよ。ロビン!あなたは清太を見習うべきだわ。あなたもこのくらい素直なら素敵なのに。ね、ルー」

ルーシャと呼ばれた少女はルーという青年の首に手を回し抱きつく。青年は声は上げずとも、少女に嬉しそうに頬擦りした。

「そうなったら俺は俺じゃないんでね。で、この鹿は俺にくれるわけ?それならありがたく受け取るけど」

「良いわよ!ノルマをここまで放っておくなんて貴方らしくないわね。守るものは守らなきゃ駄目よ。貴方は守らなかったものたちを知ってるでしょう?キチンと教訓にしなきゃ」

「わかってるさ。今回は色々あったわけ。俺だってあの人たちを怒らせたくない。今回はコレをありがたくいただいてノルマ達成にさせてもらうわ」

「いいのよ。ああ、見ての通り仕留めたばかりだから処理とかは貴方がやってね」

「そこまで甘えちゃココじゃやってけねえよ。これで俺のノルマは無事終わりなんで先に戻らせてもらうわ」

そう言うとロビンは清太のように鹿を担いで手を振り歩いていった。


残されたのは清太と大きな青年とその肩に乗る赤い帽子の少女。

青い目と銀の髪を持つ大きな青年の名を"ルー"。肩に乗る赤い帽子の少女の名は"ルーシャ"。

彼らはグリム童話で有名になった赤ずきんと狼である。童話内ではそれぞれ赤ずきんと狼の名しか無かったが、清太と同じ理由で名を得た二人だった。

あるもの曰く、彼らを繋ぐものは狂愛という名の純愛だという。

ルーはルーシャのことを"食べてしまいたいほど愛している"。ルーシャはルーのことを"食べてほしいほど愛している"。

それをお互いが知っているし、容認している。そしてこの距離感である。

以前はどうなのかと言われていたが、そういわれ続けて幾ばく。今は公認カップルである。

「ルーシャとルーはこの後どうするの?僕はこれを処理しなきゃいけないから戻るけど」

清太は担いでいる木を二人に見せながら問いかけた。

「そうね……私たちのノルマはもう終わってるし、今日はお天気が良いからこのままもう少しルーとお散歩してから戻るわ」

「そっかあ。それじゃあみんなにはそう伝えておくねえ」

その言葉でお互い手を振り合い別れる。



木漏れ日が気持ち良い森の中を歩くルーとその肩に乗るルーシャ。行き先は特にない、なんてことのないお散歩だ。

「今頃他のみんなはどうしているかしらね。ここに来て結構経つけど、私は未だに慣れないの。森の中ではこうして歩いてもゆっくりできるのに、あの煩い街だかではとてもじゃないけどゆっくりなんてできないわ。ルーもあのかめらとやらの音は苦手でしょう」

不機嫌そうに頬を膨らませてルーに抱きつく。ルーも同意するように頷いた。

「私たちが何でここに来たのかは全くわからないし、どうやったら戻れるのかも全くわからないけれど……ルーとこうして過ごせるのなら、まあ良いわ。そもそも戻りたくないわね。ねえ、ルー。もし戻れる時が来た時は約束通り、戻る前に私を食べてね」

「……もちろん」

少し間をおいて、ルーは声に出してそう応えた。




「私が、悪い子だからなのでしょう……皆様からの視線が苦しいわ……」

「それは違います。ここは日本ですから、私たちのような見た目のものは珍しいと教わったでしょう。それより早くお買い物を済ませてしまいましょう。私は今より後がこわいです。あの道を私はこれで登らなくてはならないのですから」

ここは日本のある商店街。その中を行く娘が二人。

一人は灰色の髪に金色の目を持つ娘。とても美しいのに、自身無さげに俯いている。

もう一人は金色の髪に緑の目を持つ美しい娘。足首から先がなく、車椅子を器用に操り灰色の娘を叱咤している。

日本じゃ中々目にしないその風貌に、周囲は彼女たちに注目していた。

「そもそも日本とは、この世界とは何なのですか……私が悪い子だからこのようなことに……」

「それは他の方が決めます。ああ、今日はカレーにしますから。野菜をたくさん買いますよ」

そう言うと車椅子の娘は八百屋へと車椅子を進める。それを慌てて灰色の髪の娘が追いかける。



「まだついていけません……私が主人公の物語があって。しかも別世界に来てしまうなんて。ああ、なんということなのでしょうか」

やっぱり私が悪い子だからなのでしょうか。青空を見上げて呟いたその声は風にかき消された。




この物語は、どういう因果か。

御伽噺や童話、伝説上のものと呼ばれるものたちが、現在日本に何故か来てしまい、そんな彼らが繰り広げるしっちゃかめっちゃかな物語である。

これはその始まりのお話し。


彼らの明日は何処。

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