第99話「天下の大悪人、異民族の問題に介入する(4)」

 俺と冬里とうりとレキは、壬境族じんきょうぞく穏健派おんけんはとりでに入った。

 びっくりするほど歓迎された。


 スウキとライハの父──穏健派のリーダーのハイロン=タイガが、俺たちに頭を下げるくらいだ。

 しかも、居並ぶ人々の前で。


「貴公らは我らにとって、幸運の使者である」


 一礼しながら、ハイロンさんは言った。


「貴公らはスウキからの書状を届けてくれた上に、ライハまで救ってくれた。それだけではない。シメイ氏族が味方になってくれたのも、貴公らのおかげだ」

「ぼくたちは、師匠に命じられた役目を果たしただけです」

「ほ、ほうさまのおっしゃる通りです」


 俺と冬里は、ハイロンさんに一礼して、


「それに、トウゲンさまたちが来られたのは、ご自身の意思ですから」

「いや、貴公らがシメイ氏族が動くきっかけになったのは間違いない」

「そう言っていただけると、ここまで来たかいがあるというものです」


 それは本当だ。

 まぁ、ここまで壬境族の穏健派と関わることになるとは思ってなかったけど。


 俺は歴史の表舞台には立ちたくない。

 ゲームの黄天芳こうてんほうは出世して、『天下の大悪人』になってるからな。

 そうならないように、裏方でいたいんだ。


「ぼくの望みは国境地帯が平和であることです」


 俺は言った。


「そのための努力ならば惜しみません。国境地帯には、大切な人がいますから」

「我らも争いは好まぬ」


 ハイロンさんはうなずいた。


「むろん、藍河国あいかこく壬境族じんきょうぞくが、これまで国境地帯で戦いを繰り返してきたことは知っておる。だが、壬境族にも争いを好まぬ者はいる。そのことを藍河国に方々に知って欲しいのだ」

「はい。国に帰ったら、みんなに伝えます」

「よろしく頼む。それと……藍河国の英雄に礼を言っていただけると助かる」


 ……英雄って?

 あれ? 英雄軍団が生まれるのは10年後のはずだけど……。


「我らが声をあげられるようになったのは、藍河国の英雄のおかげでもあるのだ」

「と、おっしゃいますと?」

「藍河国の兵に、ゼング殿下の腕を斬り落とした者がいると聞いておる」

「…………はい」


 俺だけど。

 いや、正確には、俺と小凰しょうおうだ。


 北の砦の近くでゼング=タイガと遭遇そうぐうしたとき、俺たちは連携攻撃れんけいこうげきで奴の腕を切りおとした。

 あれは本当に運が良かった。

 一歩間違えれば、俺も小凰も殺されてた。正直、二度とやりたくない。


 でも、そのせいで穏健派が声をあげられるようになった……って?


「ゼング殿下が無敵の軍神のままであったなら、我らはあっという間に滅ぼされていただろう。殿下が片腕を失い、その力が弱まったことで、我らは和平の声をあげられるようになったのだ」

「そういうことでしたか」


 だから……ゲームには壬境族の穏健派がいないのかな。

 両腕がそろった最強状態のゼング=タイガには、誰も勝てないから。

 穏健派が和平の声をあげたら、あっという間に滅ぼされてしまうのかもしれない。


「話がれてしまった。申し訳ない」


 ハイロンさんは静かに、俺と冬里を見た。


「ここまで来てくれたおふたりには、礼をしたい。なにか望みのものはあるかな?」

「では、情報をいただけないでしょうか?」

「情報?」

「ゼング王子の側には『金翅幇きんしほう』という組織がいると聞いております」

「存じておる。殿下を惑わせる、怪しい者たちだ」

「その者たちについてご存じのことがあったら、教えて欲しいのです」


『金翅幇』は、ゲーム主人公の介鷹月かいようげつと関わってる。

 そして介鷹月の父の介州雀かいしゅうじゃくは、藍河国で命を落とした。

 今や藍河国は、介鷹月のかたきだ。

 だから、あの組織と介鷹月について、できるだけ知っておく必要があるんだ。


「……残念だが、我らはゼング殿下には近づけぬ。その組織のことはわからぬのだ」


 ハイロンさんはため息をついた。


「だが『金翅幇』についてわかったことは、貴公に知らせることを約束しよう」

「ありがとうございます」

「今後は定期的に、スウキに書状を送ることになると思う。その際に、貴公への書状をえさせていただく」

「感謝いたします。ハイロンさま」


 よし。これで情報を得るルートができた。

 壬境族の穏健派との繋がりができたのも大きい。

 いざ乱世になって……どうにもならなくなったら、ここに逃げこむこともできるから。


 家族を連れて北に逃げて、穏健派のもとで、騎馬民族として暮らす。

 そういうルートを選べるようになったんだ。

 もちろんこれは、本当にどうにもならなくなったときの最終手段だけど。


玄冬里げんとうりどのは、なにか欲しいものがあるだろうか?」

「冬里は……この土地に入る権利をいただけると、うれしいです」


 冬里は少し考えてから、そんなことを言った。


「冬里は、北の地にある薬草に興味があるのです。冬里は遍歴医へんれきいの見習いですから、薬草についても学びたいのです。そのために、また、この土地を訪ねる権利をいただけたらと、思うのです」

「承知した。では……玄冬里どのと朱陸宝しゅりくほうどのには、友好関係を示す札をお渡ししよう。それを見せれば、我々の友とわかるものを」


 ハイロンさんはおだやかな表情で、


「おふたりにはまた、訪ねてきていただきたいものだ。我らはいつでも歓迎するよ」

「ありがとうございます。ハイロンさま」

「冬里は、また来たいです。長老さまのお話も聞きたいですから……」


 俺と冬里はそろって、お礼をべた。


「これから、我らは暗殺者の存在を皆に知らせて、ゼング殿下のらすことになろう」


 ハンロウは続ける。


「できるなら、ゼング殿下のご弟妹が、次代の王になることを祈っている。あの方の弟妹にはおだやかな気性の方もいらっしゃるからな。そのような方が王位につけば、少なくとも、私が生きている間は、いくさも起こらぬだろう」

「ぼくも戦が起こらないことを望んでいます」

「冬里も同じ気持ちなのです」

「うむ。貴公に会えてよかったよ。朱陸宝しゅりくほうどの。玄冬里どの」


 その言葉で、会談は終わりとなった。

 その後、俺と冬里は客用の部屋に案内された。


 俺たちはそこで一泊して、翌日、出発することになったのだった。






「おつかれさま。冬里」


 与えられた部屋で、俺は冬里に言った。


「冬里が一緒に来てくれた助かったよ。本当にありがとう」

「いいえ。冬里も、ご一緒できてよかったのです」


 寝台に腰掛けて、冬里は微笑ほほえんだ。


「薬草の資料が見れたり……長老さまのお話が聞けたり、いい経験ができたのです」

「ありがとう。でも、長旅になっちゃってごめんね」

「いいのです」

「無理してないよね? 冬里は古傷が治ったばかりなんだから。体調が悪くなったら言って」

「大丈夫なのです。それに、冬里は……ここまでこられたことが、うれしいのです」


 冬里は俺の手を取った。

 温かい手だった。


 以前は、冬里の手はもう少し、冷たかった気がする。

四凶しきょうの技』の古傷ふるきずのせいで『気』のめぐりが悪くなっていたからだ。

 でも、いまは湯たんぽみたいにあったかい。

 本当に、冬里の傷はえたんだな。よかった。


「ここまで来られたことで、冬里は、自分が健康だって納得できたのです」


 俺をじっと見ながら、冬里は続ける。


「冬里は小さいころからずっと、具合が悪い状態が続いてたので……自分の健康が信じられなくなっていたのです。だけど、宝さまとここまで来られました。もう、自分は健康なんだって、わかりました。それが冬里には、とてもうれしいのです」

「そっか」

「ありがとうございます。宝さま」


 そう言ってくれるとうれしい。

 本当に、冬里が一緒に来てくれて、よかった。

 藍河国あいかこくに戻ったら、ちゃんとお礼をしよう。


「冬里が元気になってよかったよ」

「は、はい。冬里はもう元気です!」

「これも秘伝の『天地一身導引てんちいっしんどうういん』をしたおかげかな」

「はい。星怜せいれいさまや凰花おうかさまにもお礼を言いたいのです。ところで……宝さま」

「うん?」

ほうさまは暗殺者との戦いで、新たな技を使われたのですよね?」

「うん。灯春とうしゅんの町で、雷光師匠らいこうししょうと秋先生に教えてもらったんだ」


 冬里には『四凶の技・渾沌こんとん』のことは秘密にしてる。

 あの技のことを伝えるのは俺と小凰と雷光師匠と秋先生だけって、戊紅族ぼこうぞくの族長と約束したからね。

 だから冬里には『特別な技』とだけ伝えてあるんだ。


「でも冬里。ぼくが新たな技を使ったって、よく気づいたね」

「は、はい。戦いの最中に……宝さまが冬里に触れたのを感じたのです」


 冬里はほほを染めて、そんなことを言った。


「まるで宝さまが、冬里の身体のすべてをなでていったようでした。そんな技は知らないので……新たな技かなと……思ったのです」

「ぼくが、冬里をなでていった……?」


 確かに、戦いの最中に、俺は冬里の存在を感じ取っていた。

 冬里が俺を心配していることもわかったし、彼女がつぶやく言葉も聞こえた。


 もちろん、俺は惨丁影ざんていえいと、レキの存在も感じ取ってた。

 だけど、冬里の存在はすごくはっきりとしていた。

 離れていたのに表情もわかったし、ささやく声さえも聞き取れた。


 冬里の方でも、俺の存在を感じ取っていたのか……。

万影鏡ばんえいきょう』には、不思議な効果があるみたいだ。


「もしかして、ぼくと冬里が『天地一身導引』の秘伝をしたからかな?」

「は、はい。あれはおたがいの『気』をやりとりして、深くつながるものですから……」

「だよね……」

「あの……宝さま」

「う、うん」

「さっきの戦いで、冬里は宝さまが……冬里の肌に触れたのを感じたのです。もしかしたら……あの技を使っているときは、宝さまは冬里のすべてを把握はあくできてしまうのではないかと……」

「冬里のすべて?」

「は、はいぃ」


 冬里は鎖骨のあたりをなでてる。

 その指が肩を伝い、腕を伝い、脇からお腹を経由して、脚先に至る。

 冬里は、俺がそんなふうに、彼女の身体に触れたように感じたみたいだ。


『天地一身導引』による『気』の繋がりは、『万影鏡』に影響を与えてる。

 それで俺と冬里が、おたがいを感じ取れるということは──


「うまく使えば……連携れんけいして戦ったりできるのかな」


 ゼング=タイガとの戦いのとき、俺は小凰と一体になったように感じていた。

 小凰がどんな動きをするのか、いつ技を出すのかもわかった。


『万影鏡』には、同じことができるのかもしれない。

 それも、かなり強く。おたがいの存在を感じ取りながら。


「帰ったら雷光師匠と秋先生に相談してみようよ」

「そ、それがいいのです」


 冬里は、こくこくこく、とうなずいた。

 それから、冬里は照れたようにほほを押さえて、


「それで……宝さまにお願いがあるのです」

「いいよ。言ってみて」

「今日は宝さまと手をつないで眠りたいのです」


 そう言って、冬里は恥ずかしそうに、目を伏せた。


「さっきの戦いで宝さまと繋がった感覚があって……それが途切れたあと……なんだか、さみしくて……せつなくて、落ち着かないのです。手を繋いで眠れば……落ち着くような気がするのです」

「……えっと」

「も、もちろん、星怜さまや凰花さまには、ないしょなのです。技の副作用を鎮めるために……ということで」

「う、うん。わかった。いいよ」


獣身導引じゅうしんどういん』をしたあと、星怜と一緒に眠ったりしてるからな。

 これは、それと似たようなものってことで。


「ぼくたちは夫婦者という設定だからね」

「そ、そうなので」

「一緒の部屋をもらっちゃってるし、手を繋いで眠るくらいはいいよね」

「……は、はい」


渾沌こんとんの技・万影鏡ばんえいきょう』には、まだ秘密がある。

 冬里が、技を使う俺の存在を感じてしまったのは、そのひとつだろう。

 そのせいで落ち着かなくなったのなら、責任を取らないと。


 そうして夜が明けたら、藍河国に帰ろう。

 スウキの書状は届けたし、壬境族の穏健派と接触することもできた。

 スウキのお父さん──ハンロウ=タイガが、いい人だってこともわかった。


 これらの情報は、藍河国の助けになるはずだ。


 あとの問題は、これからゼング=タイガがどう動くか。

 それと……雷光師匠を射た、毒矢使いの存在だけだ。


 帰り道は気を引き締めていこう。

『万影鏡』には不確定要素が多い。頼りすぎるのは危ない。

 できるだけ早く、安全な道を通って、藍河国に帰ろう。


 そして──星怜と小凰に、旅の話をしよう。

 長旅になっちゃったからな。ふたりが心配してないといいんだけど。


 そんなことを考えながら、俺は冬里と手を繋いだまま、眠りについたのだった。










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 次回、第100話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。

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