見えないものの奥底に

おみず

第1話 1章



下校時刻になった。帰りの支度にもたついていた俺は、金髪で社交的な

クラスメートである拓也(たくや)に軽く肩を叩かれた。   

「帰ろうぜ」

と、拓也は言う。

「おう」

俺はそう返した。

ちょうど支度が済んだので立ち上がり、朝岡とともに教室を出た。


夕日に照らされるなか、俺たちは当たり障りのないトークをしていた。そんな中朝岡が切り出す。

「そういえばさ今日の数学の子守唄、グレードアップしてたよな」

数学と言われるとまず思い浮かぶのは、子守唄みたく優しい声を発するおじいちゃん、津山先生だ。

「ああ、あれね。なんとか耐えたわ」

「マジかよ、すげえなお前。俺、マジで爆睡してたわw」

「ははっ、だろうね。」

「あ、そうだ。休憩中に日菜(ひな)が言ってたぞ。『噂でしかないんだけど、寝なずに真面目に授業受けたら東大受かるみたいだって!でも、私無理ぃ!先生の子守唄が心地良すぎて寝ちゃうよお!』ってw」

俺は目を見開いた。あの先生にそんな力があるのかって驚いたからだ。

「マジかよ…」

「ま、実際そうなのかは知らんけどな。」

「へえ。じゃあそれに関してだったら、結(ゆい)は真面目に授業受けてるから、もしかしたら…!」

「ははっ、かもな」

「ピロンっ」

突然俺の携帯が鳴った。俺はポケットに入れていた携帯を取り出し、画面を開く。…仕事の依頼だ。

「悪い朝岡、続きは明日でいい?」

「おっけー。『仕事』なんだろ?」

「ああ」

俺は、こういうのに察しがいい朝岡に本当に感謝してる。

「じゃあまたな、気をつけてこいよ!」

と、朝岡に見送られて、俺は現場に向かう。


『光本 神 様

 一体の幽霊が丸葉交差点に出現しました。その後、犀川町に移動しています。

 光本 神 様、除霊をお願いします。

 お気をつけて。

                     人幽組合』

俺は現場に向かいつつもこのメールを読んだ。

「すぐに向かいます」と返信して、携帯を閉じた。





辺り一面暗くなっていたひとけの少ない道路に、涙をこぼしながら歩いている若い女性の幽霊がいた。



「はぁ…、はぁ…。」

…どのくらい歩いたんだろう。足の感覚がない。でも、全く痛くない。

あの時に私、死んだの…?

今朝まで、いつも通り変わらない生活だったのに…。


〜10時間前〜


朝、私は愛する夫のためにキッチンで弁当を作っていた。作り終えて、それを弁当袋に入れたところ、ちょうど身支度を済ませた夫が階段から降りてきた。

「あなた、はいこれ弁当!」

私は袋に包んだ弁当を夫に渡す

「ありがとう。いつも作ってくれてありがとね」

そういう風に毎日笑顔で言ってくれるだから、私は毎回嬉しくなる。

「えへへ…。」

そして私たちは玄関に向かった。

「あなた、気をつけてね。いってらっしゃい!」

「うん、行ってきます!」

夫はそう言い、玄関を出た。

見送りが終わり、私は家事の続きを行った。



昼食を食べ、のんびりしていたが夕食の準備をしなければと思い、冷蔵庫に向かった。

食材があまりなかったので、私はスーパーで買い物をすることを決めた。



私は、いつも通っている丸葉通りのスーパーへ向かっていた。今日の天気は快晴で、心地が良かった。昨日は雨が降っていたので、水溜りが所々溜まっている。人通りがそこまで多くなかったので、太陽に反射する水溜りはとても綺麗だった。


私は、スーパーまでの最後の交差点に着いた。赤信号だったので、私は立ち止まった。

しばらくすると信号は青になり、私は一歩踏み出す。

その時だった。


右の方からゴオオ、という音が聞こえた。その音は大きくなっているのに気づいた。


音のする方へ振り向くとトラックが私の目の前にいるのがわかった。次の瞬間、ドンッという鈍い音が聞こえ、同時に、視界が真っ暗になった。




目覚めると、交差点から少しだけ離れたところに、私は立っていた。

…あれ、私今ここにいたっけ?

辺りを見回すと、交差点に多くの人がいて、…トラックがあるのに気づいた。

まさか。

私は、止まっているトラックの近くまで行くと、おぞましい光景を見た。

大破しているトラックの先に、私の死体があった。

「うっ…」

私は思わず下を向いた。下を向くと、水溜りが私を映した。顔に頬や額の傷が、右腕は変に曲がっていた。そして両足は、大量出血したのか、ぼろぼろだった。


自分の体の状態を見て動揺したいたが、突然夫の顔がよぎった。

…え、嘘だよね。

どんどん鮮明に夫の顔が映し出されていく。

…もう、あなたと一緒に、暮らせないってこと?そんなの…、そんなの…!

今までの夫との楽しい思い出が次々と蘇ってくる。

「いやああああああああああああああああ!!!」




そこからはあまり覚えていない。気づいた時は、日が沈みかけていて、知らない街に来ていた。そのくらい走っていたことだけ、わかった。

「はぁ…、はぁ…」

…やっぱり私、死んだん…だね。


少しして、一人、誰かがいることに気づいた。一人だけだったので、不思議に思い顔を確認した。

私は目を見開いた。私の夫だ。

なんでここにいるのかわからないけど、今はそんなのどうでもいい。私は夫と会いたくてたまらなかったから、今目の前に現れてとても嬉しかった。

私は夫の元へかけ出した。

「あなた!」

夫は私を見ると、後ずさりした。そして私を睨みつけた。

「誰だよ、お前。」

え…?

「何で…?なんでそんなこと言うの?…私が、こんな姿だから?私だよ?青木ひまり、あなたのお嫁さん…」

「嘘をつくな。ひまりがこんな醜いわけがない…!」

「ねえ何で、何でそんな酷いことを言うの?ねえ!!」

私は夫の肩を掴もうと駆け出した。その時だった。


誰かが私を抱きしめるように、私の動きを止めた。私は何が起こったが分からなかった。

「手荒な真似をしてすみません。旦那様は今、ひまりさんの死で自暴自棄になってます。だからどうか先程の旦那様の非礼をお許しください。…申し遅れてすみません。僕は霊媒師の光本です。」

なんとなく今の状況が整理でき、私は口を開く。

「…光本さん、それは本当…、なんですか?」

「もちろんです。ただ、もう少しだけお待ち下さい」

私は彼の目線に目を向けると、他の霊媒師さんらしき人が夫と話している姿が見えた。


少しして、夫と話していた霊媒師さんは、夫を私を見るように仕向けた。

私は、夫が一粒の涙を流しているのに気づいた。

「ひまり…、本当にひまりなのか…?」

さっきの睨みつけるような顔が、いつもの可愛い夫の顔に戻って、私は嬉しく思った。

「そうだよっ、青木ひまり!あなたを愛した女性だよ!」

私がそういうと、夫は駆け出した。

「ひまり!」

夫は私を抱きしめる。暖かいあなたの体温が私のところに伝わってくる。

「ごめん!さっきはあんな酷いことを言って!本当にごめん!…俺は、…俺はなんてことを…!」

夫が震えているのがわかった。私は夫が悲しんでいるのを見たくなかった。だから、

「また。あなたの悪いところ。自分が悪いと気づいた時にすぐ自分を責めるとこ。…私こそごめんね、急にいなくなっちゃっ…て…。」

私のバカ。励まそうとしようと思ったのに、余計に辛くなっちゃった。

「…あなた、『最後』は笑っていたいな。」

「…最後って」

もお!学習能力ないの!?私!!

…あ、いいこと思いついちゃった。

「陽斗(ひろと)!あなたに罰を与えます!」

「はっ、はい!」

「私をなでなでしてください!」

陽斗は私の頭を優しく撫でてくれた。

「えへへ…。」

なにこれ、めっちゃ幸せ。

「…ひまり。作ってくれた弁当、おいしかったよ。」

「あ、ありがと///…他には?」

もっと陽斗の言葉を聞きたかった。

「あと、事故の時すぐに駆けつけなくてごめん、さっきあんな態度をとってごめん…。あ、でも、それ以上に俺を愛してくれてありがとう…。いつも支えてくれてありがとう…。ひまり、大好きだよ。」

「よろしい///」

思った以上に嬉しい言葉を言ってくれたので、私の顔はたぶん真っ赤になっていると思う。

…今、私はさっきよりかなり自分の体が薄くなっていることに気づいた。

「ねえ陽斗、私は向こうに行っちゃうけど、いつでもあなたを見守るよ。だから、無理しないでがんばってね。大好きだよ、陽斗。」

「…俺も、大好きだよ。」

私は幸せでたまらなかった。と同時にみるみる私の体が薄くなっていく。

せめて最後に何か、私も陽斗も心に残るようなことをしたかった。


だから私は、陽斗にキスをした。

「またね」、と最後に残して。




俺は、他の霊媒師と一緒に、青木さん夫婦から少し離れて様子を見ていた。空を見上げて、彼女の姿が完全に消えたので成仏の確認ができた。俺はひまりさんが心から幸せになれたのだと、嬉しく思った。




















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