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「もし、クレア嬢が某国の王女だとして」

「そういう設定になるだろうね」

 マノンの仮定に、アルベリックが付け加える。

得をするのでしょうか?」

「それはもちろん、ジンク伯爵令嬢に妄想を吹き込んだ相手だろうね」

 犯人を名指しにすることはなく、アルベリックは答えた。

「そこにわたくしを巻き込む理由がわかりません」

「そうかな? 僕は、フェール公爵令嬢を悪役令嬢に仕立てるっていうのはなかなか面白い企みだと思うよ」

 アルベリックの感想に、ジルベールが顔をしかめる。

「どこが、だ」

「世間の注目度がかなり違うんだよ。フェール公爵家は良くも悪くも我が国の筆頭貴族として抜きん出ているし、国王である父とフェール公爵は喧嘩友達だ。その子供である第五王子とフェール公爵令嬢は婚約している。で、フェール公爵令嬢を悪役令嬢にするとなると、流行りの恋愛小説風にするのであればジルベールが婚約者以外のご令嬢に心変わりをして悪役令嬢が婚約者の浮気相手をいじめるっていうのが定番だ。でも、ジルベールはどんな美女や可愛らしいご令嬢が色仕掛けで近づこうとしてもまったく関心を示さないから、計画倒れだ。僕の予想としては、最初は騎士役はジルベールにする予定だったんじゃないかと思う。でも、ジルベールはジンク伯爵令嬢なんて眼中にないから、彼女はジルベールに近づくことさえできない。だから、騎士はピエリック・フルミリエに変えたんだ。彼はトネール伯爵令嬢の婚約者だったから、都合が良かったんだろう」

「都合?」

 ジルベールが首を傾げると、マノンも一緒に首を傾げた。

「トネール伯爵家に縁がある者が、この企てに一枚噛んでいるはずなんだ」

 どこまで情報を掴んでいるのか、アルベリックはすらすらと説明する。

「悪役令嬢は目立つ存在でなければならない。舞踏会の会場の片隅でジンク伯爵令嬢が同じ年頃の伯爵令嬢に嫌みを言われていたって、誰も注目しない。でも、フェール公爵令嬢なら別だ。常に人の注目を浴びているし、物怖じしないし、自分の意見をはっきりと発言する。他人をけなしたり馬鹿にしたりするわけではないが、歯に衣着せない物言いは人によっては毒舌だと思わないこともない。もしジンク伯爵令嬢がフェール公爵令嬢になにか注意をされるようなことがあれば、人の注目を浴びるはずだ。ただ、計画を進める上で障害はいくつかあり、まず第一にジンク伯爵令嬢はフェール公爵令嬢とはまったく親しくない」

「えぇ、そうですわね」

 アルベリックの指摘にマノンは頷く。

 なにしろ、クレアについては顔と名前を知っているくらいで、その人柄については詳しくないのだ。

「ジンク伯爵令嬢としては、悪役令嬢であるフェール公爵令嬢に嫌がらせをされたいんだ」

「……被虐趣味がおありなのかしら」

「ジンク伯爵令嬢にはそういう趣味はないはずだけど、マノン殿に睨まれただの嫌みを言われただのと嬉しそうに吹聴しているところは見たことがあるよ」

「彼女とお話しした覚えはないのですが」

 マノンにとってクレアは友人の友人でもないので、ほぼ話をする機会はない。

 もし夜会会場で顔を合わせることがあっても、挨拶をするていどだ。

 ジンク伯爵令嬢のドレスをあげつらったり、婚約者がいる男性と親しくしていることを非難することはない。

「そう。ジンク伯爵令嬢がいくらマノン殿のことを『悪役令嬢みたいだ』と言いふらしてみても、マノン殿からジンク伯爵令嬢に近づくことは普通なら、まずない。ジンク伯爵令嬢はマノン殿にとっては関わる必要のない相手だからだ。もしジンク伯爵令嬢がジルベールにしつこく付きまとうことがあれば注意するだろうが、そんなことをすればマノン殿が注意する前にジンク伯爵に対して父からなんらかの警告があるはずだ。首謀者たちはもちろん国王に目を付けられるわけにはいかないので、連中はジンク伯爵令嬢にはジルベールに近づかないように言ってあったんだろう」

 どういう計画にせよ、国王に睨まれれば王国内で活動することは難しくなる。下手をすれば、内乱罪でジンク伯爵や関係者は逮捕される恐れがあるのだ。

 内乱罪というのは王や政府にとっては使い勝手の良い罪状なのだ。なにしろ、時候の挨拶と快気報告しか書かれていない手紙に反逆を示す暗号文が隠れているとして捕縛することも可能なのだから。

「でも、マノン殿からジンク伯爵令嬢に近づいていかなければ、連中の計画は頓挫する。そのために、リリアーヌ・オランドを使ったんだろう。婚約者であるピエリック・フルミリエと浮気相手であるジンク伯爵令嬢に、マノン殿が一言もの申すという状況を作り出すために」

「それって……」

 アルベリックの説明に、マノンは目を丸くする。

「リリアーヌがわたくしの弟子になりたいと言ってきたことそのものが、仕組まれたことだったと言うのですか!?」

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