第十六話 私のお墓の前で

「墓なんて、今考えられるワケ、ないじゃなーい!!」


 寝室で美雨メイユーは、乱心していた。

「なんで生きているうちから自分のお墓考えなきゃいけないのかしら!?」

「立派な墓を作るのも、公共事業の一つだからなあ」


 農閑期の農民たちを集めて、報酬を与え、富を分散させる。権力を誇示するだけでなく、雇用の枠を作って、景気の回復を図るためでもある。

 ただし出ていくお金も大きいが。


「ううう! 墓はとりあえず置いておくわ! それより礼儀作法多すぎ! やれ昔風にご飯は食べるべきだの、頭の下げ方をもっと直角にするべきだの、座る時は左右どちらに立って座るべきだの!」

「最後、就職の面接の座り方だな」


 しかもあれ、仕事場によっては全く逆だったりする。


「朝議が礼儀作法で半分も潰れるのよ!」

「まあまあ。とりあえず肩おもみしましょうか、陛下」

「お願いします!!」


 とりあえず美雨メイユーは枕を殴るのを辞めた。僕は彼女の肩に手を伸ばす。


「………うわあ」

「え、なに。そんなに硬い?」

「もはや石と言うより岩だぞ、これ」


 多分僕ですらこんなに肩凝ってない。


「あー。もう、えぐるようにしてもらって構わないわ。感覚ないし」

「じゃあうつ伏せになって。上から力かけた方が早い」

「そんなに絶望的なのね、私の肩……」


 これは腰も揉んだあげたほうがいいな。

 下に手を下ろそうとした時、ふと、はだけた肩が気になった。


「……なんか、湿疹みたいなのが出来てるけど」

「ああそれ? でも別に、痒いわけじゃないのよね」


 美雨メイユーは気にしていないようだった。

 とりあえず、常備していた油を塗る。

 痛み止めの成分もあるため、肩こりにも効くだろう。

 それからひたすら揉み続けていると、美雨メイユーが、「もし、私が死んだら、」と切り出したので、僕はドキリとした。


「後世の人に、悪く言われるような政治はしたくないわねぇ……」


 だが、続きの言葉は、僕の想像とは全く違った。

 よかった。暗殺未遂でもあったのかと思った。


おくりなとか、悪く付けられたりすることもあるじゃない? 煬帝とかつけられたらどうしましょう」

 すごいこと考えるなあ。

「ああ言うのって、残酷なことをした人がつけられるんじゃないの」

「そうなのかしら。でも、皇帝って、残酷なことをせざるを得ないのかもしれない」


 ぽつり、と美雨メイユーが言った。


「最近、人が遠いの。あの朝議の席で、私だけで椅子に座って、みんな立っている。まるで神様みたいな立ち位置にいるかのような万能感で、相手の気持ちを軽んじても心が痛まない」

 怖いわ、と言う美雨メイユーの手は、細い腕にくい込んでいた。

「皇帝になろうと思えば思うほど、どんどん、私が私ではなくなっていく気がして」


 沈黙が流れる。耐えきれなくなったのか、あはは、と美雨メイユーは笑って誤魔化した。


「ごめんなさい、変なこと言っちゃったわ。あ、私もやるわよ。横になって」

 身体を起こして振り返ろうとする美雨を抑え込むように、僕は彼女の身体を抱きしめた。

 あたたかい。とくとくと、脈の音がした。


「君は、絶対にそうならないよ」

「そうかな」

「だって君は、皆が楽しめる遊戯を作ったじゃないか」


 美雨メイユーは、知識のないものが卓上から省かれるのを良しとしなかった。

 弱いものが活躍できないことを良しとしなかった。

 文字が読めないなら、遊戯主人ゲームマスターが読み上げて。


「でも、あの遊戯を楽しめない人もいるわ。何が楽しいのかわからないって、今日も言われたし」

「そりゃ好みだよ。僕は、あの遊戯を開発しようとしただけですごいと思う。

 君は一人ぼっちの人を、見捨てるなんてことをしなかった」


 それは、身体が弱くて、中々外へ遊びに行けなかった僕の子ども時代を救ってくれた。

 碁や六博を楽しめる子なんていなかったし、近所のガキ大将からはいじめられたりもしていた。けれど、誰もそれを咎めたりしなかった。同じ年頃の子と遊べなくても、「身体が弱い子だから仕方ない」という考えだった。

 おかしいと行動を起こしたのは、美雨メイユーだけなのだ。


「……遊戯みたいに、皆が、政治に関われたらいいのにね」


 美雨メイユーが言った。

「貴族だけじゃなくて、庶民も奴隷も、罰を受けた人も、女も子どもも、文字が読めない人も、身体が弱い人も。皆がどうしたら過ごしやすい国になるか、皆で話し合えたらいいのに」

「そりゃ、壮大な話だなあ」

「だって、庶民の生活を知らない貴族がいくら話し合ったって、意味が無いのよ。

 それに朝議に女が居ないのも変よ」


 女の人が布を織ることで税が支払われているのに、と美雨メイユーは言う。

 

「女のことを、『身体も頭も男より劣っているから、勉強させても意味が無い』なんて、男が決めるのは変だわ。女のことは女が決めるべきよ。――いいえ、誰だって、自分の可能性と限界を、自分で見極めるべきよ」


 どんどん、声が生き生きとしていく。

 ああ失敗したな。力強くなっていく彼女の瞳を見てみたかった。

 僕はそっと、彼女の腕を引っ張る。彼女がゆっくりと振り向いた。



「いいの? 肩揉まなくて」

 彼女の瞳が、ほんの僅かな明かりを反射して濡れる。

 うん、と僕は言った。


 彼女の腕が、僕の首に伸ばされる。

 袖がストンと、流れるように落ちる。撫でる衣よりも、彼女の肌の方が気持ちよかった。

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