第3話

 旅路はざっと1ヶ月である。その出発の前には村中でお別れパーティーをした。そこにはなんと偏狭な地でありながら、国王もお忍びで現れていた。えっ、バグる。これはゾーフィちゃんの家がすごいのか、キョウルナラ国がすごいのか、実はこの村がなにか重要な秘密があるのか、とにかくあまり情報がわからず超大事で話が進む。ゾーフィちゃんも国王の登場には理解できていないようである。

 出発に際して、母親は一緒で良いが、父親の動向はダメであった。泣いているお父さんとはもう会えないんだろうなあ、という幼い実感が湧いてくるのを感じる。みなの見送りを後にして、長い旅が始まった。

 旅の道中はこの世界の状態をゾーフィちゃんの目で見る。あっちこっちに私が生きていた頃にあった建物と恐らくその未来にできたであろう建物が朽ちて遺跡化している。ゾーフィちゃんの家は裕福な家なのだろう。17世紀くらいまで時代が逆行しているとすると、ゾーフィちゃんたち家族の格好はちゃんと「服」として成立している。しかし、外で農業をする人々や、通りすがる人々の殆どはもう服なのかそうじゃないのかわからない。ギリギリ大切なところを隠せている、というレベルである。そもそも車でなく、馬車の段階でどれだけ時代が逆行してしまったのか恐ろしくて考えたくない。

 『あなたが生きていた世界はそんなに素晴らしかったの?』

 ゾーフィちゃんが私に聞いてくる。

 『もちろんよ。少なくとも農業をやっていたりする人でも最低あなたみたいな格好でやってるし、基本は機械を動かしていたわ。朽ちちゃってる建物なんかにはたくさん人が働いていて、そこで多くの人や会社と取引をして夜も明るいのよ』

 私の話を聞いて、退屈そうだった態度がウキウキワクワクしているのが伝わる。旅の暇つぶしを私の話でごまかしてくれた。民宿に泊まったけど、個人の家に泊まる感じではなく、価格によって色んな種類があるとか、食べ物は水分を動かすことで熱を出して温める技術があったとか、そもそも馬を使わずに、朽ちてる建物を小型化して、そのまま移動させることができたとか、空をとぶことで移動できた等、旅で嫌だろうなと感じるときには必ずもっとすごかったんだよ昔は、という風に伝えた。キョウルナラ国に到着する頃にはゾーフィちゃんは聞いてきた。

 『あなたの言う運命を変えて、わたしが女帝になればそういった昔の隆昌は取り戻せるかしら?』

 その質問をする時、彼女の心のなかで大きな野望のようなものが感じ取れた。ああ、私はこの子を女帝にするんだな、と自分の指名を理解した。

 『ええ、きっと取り戻せるわ』

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 きっとこのレンガ作りで屋根が板、それなのにこんなに尖った形をした私の家の何倍も何倍も大きな宮殿もロストテクノロジーの前では小さい建物なのでしょうね。『いや、昔でもこれはでかいよ』とソアがツッコミを入れる。え、じゃあ、この建物本当に大きいのね。門番に手紙を見せるとすぐさま軍司令長官が現れ、女帝からの贈り物として豹のコートがプレゼントされた。その後、都市ハヤンシジャクの様子を案内してくれた。都市の様子は今までで一番活気のある状態だった。常に人々がものを買ったり売ったりしている。案内には2時間は移動で使っただろう。都市には人々の生活に必要な事が揃っていることもわかった。道を始めとした、地下からの水を管で流すようにして対応している水道インフラ、そして住居もソアの教えてくれた複合世帯住宅式であり、その前にお店を経営していた。到着するといきなり女帝との謁見を受けることになった。えっ、礼服なんて持ってきてなかったよね。恥を忍んで、母が司令長官に伝えると、すぐに用意がされた。

 それだけではない。これ以降住むための部屋は用意され、その中にある家具は全て豪華で高価な品で埋め尽くされている。それぞれ多くのことを分担し、担当してやってくれる使い人も用意されていた。謁見の会場に入ると、到着を待つ客たちが勢ぞろいしていたのである。そして、甲高い音でトランペット、フルート、オーボエが鳴り響き、太鼓が叩かれる。そして玉座には女帝がおられた。赤いドレスに冠をし、皇帝のマントを羽織っている。音楽が終わると一言。

 「よくぞ遠方より我が声に答えてくれました。ゾーフィ、そしてその母よ。今日よりここでの生活を味わい、キョウルナラ国の素晴らしさを感じ取ってください」

 そう言い終えると、「万歳! エリザ女王!!」との喝采が聞こえる。私と母はただただ、女帝が現れた瞬間に跪き、忠誠を誓うのである。

 その後はそのまま社交会である。ソアは『今までのことを思い出しながらで大丈夫です。詰まりそうになったらデータが出るから』と全力でサポートしてくれる。早速の試験という感じである。私は今までの努力を余すことなく発揮した。全ての人と挨拶が済んだ後、ウヌと名乗る人が「夜食会の出席もお願いします」と言われ、そのまま出席した。出席をすれば今度は女帝もご一緒だったのである。そこでは、オペラ、喜劇、詩、ダンス、ありとあらゆることを聞かれる。

 そして、次の日からは一挙手一投足、全てが皇太子妃としてふさわしいかを見られる試練となったのである。ダンス、演劇は何度も繰り返され、貴族の教育担当者が現れては、多くの質問を投げかけられる。ソアのサポートもあって私はそれらを難なくこなすことができた。ここでソアは人の感情や状態を読むことができる「バイタルチェック」機能があることもわかり、人の様子も即座に知ることができた。女帝は「この子ならいける」と評価をしているそうだ。必ずこの試練を乗り越えて、その期待に応えよう。

 実に50日に及ぶ試験の日は終りを迎えた。すっかりキョウルナラ国語もそれなりに話せるようになってしまい、故郷の方言も出てこなくなった。試練を乗り越えた日、ちょうど皇太子の生誕祭と重なった。恐らく計算されていたのだろう。いよいよ、この日に皇太子とお会いする。ソアは『ゲーム上だと、イケメンだったけどあまり期待しないほうがいいよ』と言っているが、彼女が先に体験した際にはイケメンだった、というなら私の薔薇色の人生はさらに色づくものよ。と心がウキウキしている。女帝は全身が宝石で彩られ、私よりも豪華な衣装だった。

 そして、お祝いの式で皇太子イジュンとの初対面が果たされ、ソアとともに驚いている。恐らく、ソアは会ったことがあるというのだからより驚いているはずだ。・・・吐き気がするほどのブサイクだ。長い顔、ぎょろりとした眼、しまりのない口許。ソアはAIで『近い遺伝子で産まれた子だな。この家系はもう長く持たないかもしれない』といきなり邪悪な推論をする。やめなさいな。

 ただ、私にとっては夫がどんな姿でも正直どうでもよかった。とにかく高い身分の立場と結ばれ、あの女帝の椅子に座れるようになることこそが目標なのだから。周りからは祝福の喝采が聞こえる。あくまで、皇太子の祝福の喝采が。バイタルでは私の存在を邪魔者扱いしているのがもうバレていた。

 

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