第54話 崇徳公の帰京と俺の長男の元服

 さて、朝廷と北条や足利との軍事的政治的な争いに決着がつき、興福寺や延暦寺の強訴も無駄ということを世間一般に知らしめて、大塔宮護良親王であった今上帝は日本をあまねく統治するに至った。


「今上陛下、ようやく平和になりましたな」


 俺は今上帝に笑いながらそういった。


「うむ、長い道のりであったな」


 今上帝も笑って俺に返した。


 因みに面倒くさい御簾越しのやり取りとかも廃止している。


「その仕上げに崇徳公や安徳公の陵より御廟を京に作らせるのが良いかと思います。

 この方々は京より離れた土地に今でもいらっしゃるのでしょう」


 今上帝は頷いた。


「うむ、そうだな。

 京の都が恋しかろうことは想像がつく。

 すぐに廟を建てさせるとしよう」


 こうして崇徳天皇御廟と安徳天皇御廟が京に作られる事となった。


 これで崇徳公や安徳公の怨念が晴れると良いのだがな。


 そしてしばらくして落ち着いた頃、今上帝が俺に言った。


「そういえばそなたの嫡男もそろそろ元服して良い頃ではないか?」


 ん、そういえば多聞丸は今年12歳たしかにそろそろ元服しても良い頃だな。


「そうですな、たしかにそろそろ元服させてもいい頃です。

 となると烏帽子親を誰にやってもらうかですが」


 烏帽子親えぼしおやというのは、元服の儀式の際に加冠を行う者のことで、元服を行うものの後見人になる重要な役割だ。


 因みに俺の烏帽子親は河内の有力豪族の南江正忠だった。


 俺の言葉に菊池武時が食いついてきた。


「ならば私にその役目を与えていただきたいが如何か?」


 その言葉に新田義貞も食いついた。


「いやいや、その役目は私に与えていただけないだろうか」


 その他にも万里小路藤房や北畠顕家、島津貞久なども立候補してきたがどうしたものか。


「はっはっは、その役目だが今回は私が執り行わせてもらおうとおもう」


 と今上帝が言い出したぞ、不思議そうにしてる俺に今上帝はいった。


「なに、そなたがおらねば私がこの地位につくこともなかったろう。

 その礼だよ」


 俺は今上帝に頭を下げつつ言った。


 確かに今上帝が居なければ俺も死んでいた可能性が高い。


 俺達は運命共同体だったわけだ。


「ありがたいお言葉です。

 ではお願い致します」


 こうして俺の長男多聞丸の烏帽子親は今上帝が行うことになった……しかしどうしてこうなった?


 俺のときは元服と言っても下級武士だったから、式も簡略されていて簡単に終わったんだが、今回はどこの貴族だと言うような盛大な式になった。


 元服というのは成人の証でもあり嫁取りの準備ができたというお披露目でも合ったから、式には武官、文官問わずに大勢が参列した。


 前髪を落とし氏神の社前で大人の服に改め、総角(角髪)と呼ばれる子供の髪型を改めて大人の髪である冠下の髻を結い、今上帝が勤める烏帽子親により烏帽子をつけた多聞丸は俺の名から正の字を今上帝より護の字をいただいて正護と名乗ることになった。


 まあ、いい名前なんじゃないか。


 さて、元服が済んだら出仕のための科挙を受けることになる。


「まあ、大丈夫だと思うが力まずにいけ」


「はい、わかっております、父上の名を汚すようなことはいたしません」


 俺と同じく観心寺で教育を受けた上に妻の家である万里小路家と軍学の師匠である大江家からも躾や教育のためと乳母が派遣され、幼少の頃から厳しく育てられてるお前さんがそんなことをするとは思ってないがな。


 結果からすれば正護は兵部の科挙を主席で合格した。


「これで父上の名を汚すようなことがなくすみました」


「むしろ俺の方がびっくりだよ」


 同じテストをやっても息子を上回れる気がしないぞ。


 さて、帝の覚えもめでたく科挙で主席となった俺の息子に対しては婚約を結ぼうと引く手あまたとなった。


「まあ、優良物件だろうからな、お前さんは。

 で実際の所お前さんが結婚したい相手が

 いるなら俺はその意志を尊重するがどうだ?」


「であれば……」


 と息子が名を挙げたのは乳母子で一緒に育ってきた大江家より遣わされた乳母の娘だった。


 ずっと一緒に過ごすうちに……というわけだな。


 ある意味息子が羨ましいぜ。


「なるほど、いいんじゃないか。

 一応名目上毛利家の養女としてもらったほうがいいかもしれないがな」


「ではそうしていただけますでしょうか」


 俺は毛利貞親に事情を伝えると彼は喜んで受け入れてくれた。


「縁とは奇遇なものですな」


 笑っている毛利貞親


「確かにその通りですな」


 俺も彼に笑い返して毛利貞親の養子となった毛利家のお姫様が正護に嫁入することが決まった。


 この時代一夫多妻の慣習は続いており三妻まで持つことが法的に許されていた。


 武士の生活は素朴・質素・鍛錬を信条として基本的に同格の相手を求めるのだが、現状の楠木は日本の朝廷権力の軍部ナンバーワンなわけで北条家の弱小御家人出身の既得被官でしかなかった頃とは訳が違う。


 輿を連ねての嫁入り道中が行われ、祝言を上げて式三献と呼ぶ酒式、初献、雑煮が出る。


 祝言が終了すると、いよいよ床入となって翌日は色直しの衣裳に着替えるわけだ。


 嫁は色直しがすんだあとで、初めて舅、姑と対面することになる。


「お義父様、不束者ですがこれよりよろしくお願いいたします」


 俺が見たのははじめただがなかなか器量も頭も良い娘だ。


「ああ、こちらこそ息子をよろしく頼む」


 こうして俺の家族に一人新たな人間が加わったわけだ。


 しかし、山奥の赤坂では色々不便だろうと、俺は堺に息子用の家を建てさせていたので、息子夫婦はそちらに移り住んだ。


「少し寂しくなったが、まああいつももう一人前だ。

 残りの子どもたちにも家を用意しておかなくてはな」


 因みに息子の北の方は毛利家の娘だが、西の方としては菊池武時の孫娘を、東の方としては新田義貞の娘を娶ることになった。


 九州と関東の実力者とも縁を結んでおくことで国内の安定を図るわけだな。


 しかし異母兄弟の仲と言うのは良いとは限らんのが怖いところなのだが。

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