Bパート by 仁輔
鬼人は強大であるとはいえ、重火器を用いれば撃滅は可能である。ただその場合、元の人間も死んでしまう。倒すのではなく治す、元の人間を生還させる、それがペルソナイトの使命だ。
ペルソナ・システムによる鬼人化治療の手段は、大きく分けて二つ。
まずはペルソナイトによる物理的な攻撃。応戦させることで鬼人が持つメヌエルを消費させ、エネルギー切れを狙うのだ。メリットは手法が明快であり、ペルソナイトの頑強さ故に安全性も高いこと。戦闘が長期化しやすく、ペルソナイト側が先にダウンしかねないこと、鬼人化の後遺症が残りやすいのがデメリットだ。
続いて、メヌエル波による干渉。外部からのメヌエル波により、鬼人化のプロセスを巻き戻すのだ。フックとなる心理状態に対してカウンターとなる感情を体験させる、とも言える。成功すれば早期決着が狙え、患者に後遺症が残りにくいことがメリット。デメリットは、即席でメヌエル波を制御することは非常に困難であり、戦闘との並行が困難であり治療担当に危険が及ぶこと。
戦闘を担当する仁輔と治療を担当する義花が同一個体として活動することで、二つのアプローチの短所を補い合う……というのがペルソナイト仁義の強みである。無論、二人の同調が乱れると長所を潰し合ってしまうのだが。
ともかく、俺の仕事は単純だ。
義花が治療を終えるまで、鬼人の攻撃を引きつけ続けること。そして、宿した義花ごと自分自身を守り続けること。
*
鬼人化症例第114号、それが今回の治療対象だ。なおこのナンバリングは鬼災対――鬼人化災害対策庁が対応したケースの累計である。ペルソナイト仁義にとっては9例目、今のところ治療対象が犠牲になった件はない。苦戦して途中から別のペルソナイトに助けてもらったケースならある、いずれは自分たちも助ける側になりたい。
その第114号は、ゴツゴツとした外殻に覆われた灰色の胴体と、山羊を思わせる頭部が特徴だ。ペルソナイトは甲冑や防護服のような人工物に似た外見になるのに対し、鬼人の姿には動植物の要素が入っていることが多い。そうした外見特徴が戦い方にも反映されているとは限らないのだが。
戦いが繰り広げられているのは、一戸建ての住宅が点在する田園地帯。住民の避難は完了しているはずだ、農地が破壊されたことによる損害も補償される――生業が蹂躙される苦しみは察するに余りあるが、今は頭から振り払う。
「義花、どう見る?」
(隊員の損耗はそこまで重くなさそうね、まずはいつも通りでいいんじゃ?)
俺は肉声で訊ね、義花は意識内の思念で答える。俺は思念で話すのが苦手なので、必要がない限りは肉声を使っていた。
第114号を包囲しているのは、鬼災対の実動部隊。放水砲、ゴム弾、ネットランチャーといった対人用の非致死性兵器で、ひたすら鬼人を妨害する。隊員たちは強化型ライオットシールドとパワードスーツを装備しているので、ある程度は鬼人の攻撃にも耐えられる……のだが、それにも限界は来る。多くの人員で何度も交替しながら鎮静化を待つ、非常に消極的な戦法だ。
消極的、ではあるけれど。不運にも意思を奪われてしまった人間を死なせたくない、リスクを冒してでも生還させたい――という信条なら、俺だって持っている。この方針の裏には政治的な事情だってあるかもしれないが、俺はその理想を信じたかった。
まずは部隊長の元へ、戦況を確認する。
「お待たせしました!」
「悪いな仁義! 今回も頼むわ!」
部隊長の返事に滲む、未成年を戦わせることへの抵抗感。それが簡単には消えないものだろうとは理解できる、ならば無事に勝てるよう気を引き締める。
「奴はパワーは並だが、物体を操って飛ばしてくるのが厄介だ」
(人間にも作用する?)
義花の疑問、伝えるのは俺の役目だ。
「その能力は人間にも作用しますか」
「する、だが狙われたって感覚で分かるらしい。ロックオンみたいなのだろ」
「了解です、では」
「ああ――隊形をE(エコー)に変更、E(エコー)だ!」
隊長の指示を受けて、隊員たちは陣形を変える。俺たちと第114号の格闘の邪魔にならないくらいには遠く、すぐ援護できるくらいには近い間合いで、第114号の逃げ道を塞ぐのだ。「行くぞ義花」
(よし、ゴー!)
後退した隊員たちを追ってきた第114号、その進路上に立ち塞がる。攻撃を当てるためなら側面を衝くべきだが、今の目的は陽動である。そもそも、ペルソナイトが全力で攻撃すると鬼人でも殺してしまいかねない。
当然、攻撃の先手は第114号。
「グゥオオ!!」
右手を振り上げて猛然と迫ってくる、こちらは左に避ければ問題なし――しかし、嫌な予感。
「こっちか」
(飛び道具だ!)
二人同時に察知、打撃を躱してから地面を転がって距離を取る。さっきまで立っていた位置を、宙を舞う瓦礫が通過していった。さっき隊長が言っていた念動力、これか。
「なーる、こういう二段構えか」
(厄介ね……あたしが注意してればメヌエルの変化で読めるよ?)
一瞬だけ考える。
「予備動作なのか癖なのか、それっぽいの見えた。俺だけでも対処できる」
(さすが仁、天性の殺気読み)
天性なのかは分からないが、人の害意を読むことは元から得意だった。それは鬼人相手でも活きている。
「ともかく義花は治療に専念、自衛は俺に任せろ」
(よっしゃ!)
ペルソナイト仁義は俺の体をベースにしている、仁義が倒れれば俺も無事ではない。そして恐らくは、メヌエルを介して転送されている義花の意識も損傷を負う――それがどんな結果になるかは、誰も知らない。脳が損傷した場合と似た症状になるのではと、当の義花は冷静に予測していたが。
義花は仁義の体を動かせない以上、義花の魂は俺が守るしかない。魂を他人の体に託す、それは並大抵の覚悟ではできないことだろう。義花が俺に寄せる尋常ならざる信頼は、正直なところ苦しいくらいに重い――だけど、だからこそ。
「ガルルゥ!!」
「そらっ」
第114号のフック気味の殴打を躱す、破壊力こそ壮絶だが大ぶりなので読み易い。次は――タックルだな、読み通りに迫ってきた巨体を避ける。速度は覚えた、次は足払いで反撃しても良いだろう。
だからこそ、俺は義花の信頼を引き受ける。義花の能力が活きる場を整える。
意識の転移も、鬼人化の治療も、メヌエルという未知の媒体を介した高等技能だ。どちらか片方だけでも困難極まる作業を並行してこなす義花の処理能力は、とても人間業ではない――らしい。俺はメヌエルに関する理論をほとんど理解できていないので、どこがどう難しいのかも具体的にはよく分かっていないのだ。しかし周りの大人の反応を見れば、義花の希少性はよく分かる。
その能力だけでなく、危機に飛び込もうという勇気も、人を救いたいという信念も、とてつもなく得がたい素質なのだ。誰よりも近くで俺が支える、絶対に裏切らない。
(掴めてきたよ仁、これくらいの距離キープで)
「了解」
物理的な距離が近いほどメヌエルの制御や感知は容易になる、だからペルソナイトは鬼人の近くにいることが求められるのだ。俺が安全を重視するあまり鬼人との距離を空けすぎると、義花による治療が遅れる。
「敵」と戦うならば短期決戦にこだわる必要はないが、相手は鬼人化という症状に襲われた「患者」である。患者の未来のためにも、他の隊員や地域住民の安全のためにも、早期解決がベスト。
「ギーーッ!」
「おっ」
第114号に視線を向けられ、背筋に冷たいものが走る。これが人間に対する念動力の予兆か、このテンポなら問題なく避けられる。
そしてここまでの傾向から、念動力を発動するタイミングの癖も読めた。間合いが広いときと、手足での格闘が長引いて疲れたとき。
俺は第114号に接近したまま、自分に有利な組み方を狙い続ける。やがて俺の後ろから瓦礫が飛んでくるのを察知、両腕の力で第114号の姿勢を崩しつつ位置を入れ替える。
「ラァッ!?」
自分が飛ばした瓦礫が自分に当たってしまうのを防ぐべく、第114号は瓦礫を蹴り返す。その反応速度も蹴りの威力も見事、だが。
「そこっ!」
格闘家の目の前で不用意に片足を浮かせるとは、墓穴に他ならない。第114号は俺に軸足を払われて倒れ込む。
(抑えろ仁!)
義花の指示も予想通り、仰向けになった第114号に肩固めを仕掛ける。念動力は視線を介していると読んだので第114号の視界を塞ぐ体勢にした、これも正解らしい。
相手との身体的な距離が近いほどメヌエルの授受は激しくなる、このような抑え込みの体勢は義花にとって最大のチャンスだ。
(30秒、頼む)
それだけあれば治療が完了する、という義花の宣言だ。柔道のコツを応用できるグラウンドは得意とはいえ、鬼人を抑え込むのには多大な集中力を要する。目安ができるのは助かるし、義花の見積もりはかなり正確だ。苦痛と疲労の中、勝てるという確信が芽生える――しかし。
抑え込んで10秒が経過した頃、脳内に強烈な違和感。
「――っ!?」
心の底のどす黒い物を刺激されるような、消したはずの炎に油を注がれたような――義花が憎いだなんて、とっくに越えたはずの。
(どうした仁?)
体に力は入る、このまま抑え込みを続けるべきだ――という俺の直感、しかし。
(ダメだ離れろ)
「けど、」
(離れろ仁!)
ペルソナイト仁義の作戦担当は義花だ、従うのが正解。
抑え込みを解いて地面を転がり、走って距離を取る。
「援護願う!」
俺の合図に応じて鬼災対隊員たちが第114号を囲む、数十秒は任せられそうだ。
(ちょっとは落ち着いた?)
「ああ、間合いが離れたおかげだろな……なんだ今の?」
(フックの共鳴。密着してメヌエルの相互作用が激しくなったことで、あいつと仁で共通している部分が刺激しあっている)
「……サクラちゃんの時みたいな?」
(そうそう)
前に治療した女児だ。母親を亡くしたことがフックになっており、同じく母と死別している義花が治療中に苦しんでいた。
「じゃあ何だよ、俺と患者で被っていることって」
気まずそうに、しかし迷うことなく、義花は答える。
(惚れてた幼馴染に裏切られた)
「ああ……」
(結婚直前まで行ったけど、あなたとは無理って言われた)
「ああ~~……」
物心ついたときから想い続けて、高校で付き合ってから「あたし、女としか恋できない」と言われた俺と、よく似ている。
(つまり仁は、あたしへの憎悪とか怒りを刺激されているんじゃないか)
「さっきそうだったわ」
(やっぱり。あたしが憎いってメンタルで変身を維持するのも厳しいでしょ、だからピンチではあるんだけど)
「けど?」
(仁が失恋を克服した心理、そのメヌエルを患者に共鳴させることができれば、あたし独力よりも効果的)
「俺が患者に引きずられるよりも強く、俺が患者を引っ張れば良い?」
(そうそう。制御はあたしがやるから、仁は強く念じてくれれば良い……そのぶん仁の心理的な負担は強まるけど、どうする?)
心理的な負担。俺が義花に抱いてきた感情を濃縮して味わう苦痛、それは決して軽くはないだろうけど。
「義花、何秒で終わる?」
(……密着して10秒)
「じゃあ行ける。どれだけトラウマほじくられても、すぐ終わるって分かるなら耐えられるから」
(了解、信じたぞ)
「ああ、俺も義花を信じてる」
それで十分だった、覚悟は固まって呼吸も整った。
「仁義、行きます!」
隊員たちへ知らせてから、一気に第114号へ接近。後退する隊員を追ってきた第114号の足を払い、地面に抑え込む。
「行け!! 義花!!」
(任せろ、耐えてくれ)
すぐにメヌエルの共鳴が始まり、脳裏を激情が吹き荒れる。
――ああ、義花に怒ったことだってあった、死ぬほど憎んだ夜もあった。
物心ついたときから一緒だった、双子のように育ってきた、世界の中心だった女の子。
いつか結婚して一生を共に過ごすのだろうと信じていた、思春期を経てもそう信じられるくらいの距離にいた。
勇気を振り絞っての告白が叶って、その未来しか見えなくなった。義花と守り合って補い合って家庭を築く、それが人生の意味だと疑わなかった。
その前提が覆されることは、俺にとって世界が壊れるほどの喪失だった。
生きる軸が崩されると自分はこれほど脆くて醜い、そんなの嫌というほど思い知った。
巡り合わせによっては、その心理を衝かれて鬼人になっていたのは俺だったかもしれない。
それでも。仲直りしてきた、立ち直ってきた。
覚悟を決めて本音をぶつけ合って、真心を尽くして溝を埋めた。
家族や結華梨、大事な人たちに支えられながら、ちぎれかけた絆を結び直してきた。
「落ち着けよ飯戸さん……絶望は永遠じゃ、ないから」
激しくもがく第114号を抑え込みながら、喉と心で懸命に呼びかける。
二人で一人のヒーロー、それが俺たちの絆の証だ。
死ぬほどすれ違って、それでも生きて仲直りした、友情と信頼の結晶だ。
「俺、たちを……見ろっ!!」
俺が叫び、鬼人が祈り、そして。
(Let's RE:BIRTH!!)
義花の練り上げたメヌエル波が、第114号の全霊を揺さぶる。
「グッ……っは、はあ、」
第114号のもがく力が弱まる、俺も抑え込む力を緩めながら隊員を呼ぶ。
(……うん、大丈夫だね)
義花の判断の通り、駆けつけた隊員によって治療成功が宣言される。ゆっくりと鬼人から人間へと姿を変えていく第114号――飯戸さんは担架に乗せられ、医療チームの元へ搬送されていく。
「仁義さん、大丈夫ですか」
隊員の一人が気遣ってくれた。
「やや脇腹が痛みますが問題はないです、母機まで歩けます。患者さんの容態は?」
「あの様子なら人間体は軽傷で済んでいるでしょう、後遺症は残ったとしても軽微ですね。あなたたちのおかげです」
「いえ、皆さんのおかげですよ……けど、ありがとうございます」
(仁、そろそろ戻って)
義花に言われる、変身の維持に疲れてきたのだろう。彼女の肉体に近づかないと変身は解除できないのだ。
「ああ、悪い」
周りに頭を下げつつティルトローター機へと戻り、点滴につながれた義花の手に触れる。
(UNITE OFF、GOOD NIGHT……はい、出るね)
変身解除、反動でふらつく体をスタッフに支えられる。
「ふう……ありがとうございます。義花?」
「うぃ、起きてるよ」
義花はベッドから起き上がって親指を立てる、今回も無事に戻れたらしい。何度も成功しているとはいえ、独自技術すぎて今でも不安になるのだ。
「二人ともお疲れ様~」
尾川さんがホットチョコレートを持ってきてくれた、この甘さが疲れた心身に効く。
「患者・周辺住民・対応スタッフのいずれにも死者は無し。鬼災対と警察に怪我人はいるけど、みんなすぐに回復しそうです。ペルソナイト仁義、今日も良い活躍でした」
「それは何よりです、あたしらも実戦慣れしてきましたね……ところで小林さん」
「うん?」
「ちょっとだけ、仁と二人で話しても?」
「良いよ、あの辺で喋ってらっしゃい」
義花に言われるまま、カーテンで区切られた個室へ。本来は着替えなどのときに使うスペースだ。
「なんだよ、このタイミングで改まって」
俺が訊くと、義花はしばらく唸ってから。
「さっき、治療用のメヌエル波を送っているときにさ、仁の心境もガッツリ浴びていたのよ」
「……ああ、そうなんだったな」
変身中の義花は俺と意識を共有している。加えて今回は俺のメヌエルを利用していたので、そのベースとなっている俺の心理にも深入りすることになる。
「分かってたつもりでいたんだけどさ。あたしは仁のこと、本当に深く傷つけたんだなって」
「……それが気になってたのか、さっきから」
「うん、まあ」
「もう気にするなって前も言ったろ」
「それは分かるんだけどさ」
義花だって理屈では分かっているが、何かのきっかけで意識してしまうのだろう。それは仕方ないだろうから。
「そういう、さ。自責とか後悔のぶんも、誰かを救おうって思えれば良いんじゃねえの? 俺だって悔やんでいることとか申し訳ないことはいっぱいあるんだし」
俺だって、義花の存在に甘えすぎた。他にも、小さい頃は周りの男子に暴力を振るいがちだったとか、トラブル仲裁のつもりで仲の良い友人関係に首を突っ込んだりとか、色々ある。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ……仁にもらってばかりな気がするんだよ、今だって仁のおかげであたしは治療ができてるから」
「お前のおかげなのは俺も一緒だ。誰かを守れる人間になるって夢、こんな形で叶うなんて思ってもなかったんだから」
過酷だけど、怖いけれど。誰かを助けるべく戦う力と資格があることは、やっぱり誇らしいのだ。
「間にどんなギクシャクが挟まってようと、生まれたときから無二の相棒だっただろ俺たちは。だから今も二人で一つのヒーローやれてんだ、お前がそれを信じられなくてどうする」 義花はしばらく俺を見つめ返してから、耐えかねたように吹き出す。
「……なんだよ、真面目な話してたぞ俺は」
「ごめんごめん、なんていうか……やっぱり仁には勝てないわ、器がデカすぎるんだよ」
義花はパンパンと頬をたたくと、俺にぎゅっと抱きついて言う。
「ありがとね相棒、これからも――ずっとずっと、最強の二人でいようぜ」
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