ペルソナイト仁義

市亀

Aパート by 義花

 雪坂ゆきさか高校2年4組、5時限目の物理の授業。

「はい、この図でね。真ん中の検流線に流れる電流がゼロだったとして、ここでの電流について記述していくよ。まず思い出してほしいのがキルヒホッフの――」


 リリリリリリッ!!!!


 生徒の中から響いたけたたましいアラーム音が、教師の説明を遮った。ついでに船を漕いでいた生徒も一斉に覚醒した。生徒の持ち込んだ電子端末が大音量で鳴るなど、普通なら重大なマナー違反で雷が落ちるはずだが。

「はい、もしもし……」

 その端末にあたし――九郷くごう義花よしかが応答するのを、教室じゅうが静かに見守っていた。

「了解、すぐに向かいます」

 あたしが通話を切ると、教師が心配そうに訊ねる。

「九郷さん、出動?」

「ええ、今日は最後まで授業聞きたかったんですけどねえ……予習は済んでいるので、また宿題のメールお願いします!」

「はい、じゃあくれぐれも気をつけて」


 あたしは一礼すると、クラスメイトたちへ呼びかける。

「じゃあお先に、また明日ね!」

「頑張って!」「今日も頼んだでヒーロー」「ケガありませんように!」

 手を振って声援に応えつつ、あたしは教室を飛び出す。


 そして同じように廊下に出てきた男子生徒、津嶋つしま仁輔じんすけと合流。

「よう仁」

「おう、行くか」

 早足で歩きつつ言葉を交わす。

「学業とヒーローの両立、そろそろ慣れてきたしない?」

「俺は学業だけでも危ういんだが、さっきの数学も置き去りにされたところで鳴ったし」

「よーし土日は特訓するぞ数学の」

「そんな保護者ウケ全開の台詞を俺に言うなって」


 共同ヒーロー歴は5ヶ月ほどだが、親友歴は16年である。合間に恋人歴が数週間くらいあり、あわや絶交という気まずい時期もあったものの、息の合う間合いは健在だ。

 二人は校庭へ。学校からの出動は今日で6回目、他生徒もさすがに慣れてきたらしく窓からの視線は少ない。今は校庭を使う授業もない、退避の手間が省けて助かった。

 

 そこへ駆けてきたのは、ジャージ姿の女子生徒。

「仁くん! 義花!」

「お、ミユカだ」

 同級生の箕輪みのわ結華梨ゆかり、今日も可愛い。

「見送りしたくて、一瞬だけ体育抜けてきちゃった」

 授業を抜けるのはあんまり良くないのかもしれないが、そう言うほど野暮ではない。

「ありがと、嬉しい」

「義花、絶対に無事に帰ってきてね」

「うん、約束」

 あたしとハグを交わしてから、結華梨は仁輔の前へ。義花は二人に背を向ける、一瞬だとしても恋人同士の時間を過ごしてほしい……まあ、他生徒の視線がある校庭でそんなイチャつけないだろうけど……と思っていたら地面に映った影で察した。さてはキスしたな君ら?


「よし、いってらっしゃい仁くん!」

「いってきます。結華梨、信じて待ってて」


 はい尊さ満点~~、もうここがエンディングで良いんじゃないか?

 しかし現実は無情、上空から近づくローター音が使命を知らせる。

「じゃあね!」

 結華梨は手を振ってから体育館に駆け戻り、あたしたちはティルトローター機の着陸を待つ。


 降り立ったティルトローター機から、迷彩服の女性が顔を出す。あたしたちの担当、鬼災対きさいたい尾川おがわさんだ。

「九郷くん、津嶋くん、行けるかしら?」

「「はい!」」

「じゃあ乗って、内容は機内で説明します――」


 物々しい大人たちに囲まれた高校生コンビを乗せ、機体は現場へと急行する。



 さっきまで何の変哲もない生活を送っていた人間が、突然に。鬼や悪魔のようなおぞましい姿に変貌し、精神は猛獣のように凶悪に変化し、超自然的な身体能力に芽生える――鬼人化きじんか、と呼ばれる現象。それが3年前に観測されたとき、世界は大混乱に陥った。一般人にとっては、フィクションとしか思えないような怪奇現象だったからだ。

 しかし鬼人化のメカニズムの一端は、すぐに推定された。高等生物の感情に呼応する未知の媒質が存在するはずだという理論が、以前から提唱されていたからだ。「メヌエル」と名付けられたその媒質およびその波によるエネルギーが、鬼人化という超常現象を引き起こしているというのだ。


 人間なら誰しもが発しているメヌエル波であるが、ほとんどの人間にとっては干渉も感知もできないし、その影響を認識することもできない。未知の物質であるため、観測する機器もまだない。

 そこで各国政府は、メヌエルを感知できる人材の探索に全力を上げてきた。現在までに、数百万人に一人という割合でメヌエル感受性を持つ適合者が見つかっていた。彼らの協力を得て鬼人化にまつわる研究開発も進んだ、その成果が。


 メヌエルを制御することで鬼人化を治療する技術、ペルソナ・システム。

 その使い手は、ペルソナイトと呼ばれる。


 

 飛行すること30分、ティルトローター機は現場となる田舎町へと高度を下げていく。今の日本で活動しているペルソナイトは16組、諸々の条件を踏まえて出動の割り振りが組まれている。


「ターゲット、依然として鬼人化状態にある模様……ええ、二人に出てもらいます」

 尾川さんからの指示を受け、あたしと仁輔は作戦準備に入る。

「点滴こっちお願いします、仁もなんか入れときなよ」

「ああ……ゼリー飲料ありましたよね、ください」


 宿主の拒否反応や鬼人のスタミナ切れなどにより、鬼人化状態が自然に解除されることもある。鬼災対の一般隊員が応戦している間に鬼人化が解除されたなら、ペルソナイトの参戦は必要ない。あたしたちの場合も「やっぱり帰っていいよ」となるパターンの方が多いが、今回は出番のようだ。


「尾川さん、ターゲットについて分かっている情報は?」

「宿主は飯戸いいとさん、30代の独身男性で会社員。現時点でフックについて有力情報なし」

 フックとは、鬼人化のきっかけとなる出来事や境遇のことだ。厳密に言うと、外来性メヌエル波によって攪乱される内在性メヌエル波のベースとなる心理の原因となる事象。事前に分かっていると治療プランが立てやすいのだが、今回は実地で調べるしかなさそうだ。


「じゃあ仁、行ける?」

「おう、やるか」

「よし――変身シークエンス、開始します!」


 ペルソナ・システムの根本的な原理は、鬼人化のそれと共通している。宿主となる人間のメヌエル波に対して、特定のパターンのメヌエル波を干渉させることで、宿主を変身させるのだ。人間に新たな仮面を被せるような構図であることから、ペルソナ・システムと命名されている。

 変身者が自身にメヌエル波を干渉させる場合もあれば、別の人物が外部から干渉させる場合もある。あたしたちの場合は基本的に後者で、あたしが仁輔にメヌエル波を送って変身させるのだ。

 あたしは点滴をつながれた体勢で、仁輔と背中合わせになる。仁輔の呼吸を感じながら、二人がはめているブレスレット型デバイスを中心に、あたしは二人のメヌエル波を同調させていく。元々、メヌエル波感受性を持つ適合者であると判明したのはあたしだけだったのだが、あたしが自身を変身させようとしても失敗続きだったのだ。鬼災対の隊員を変身させようという試みも頓挫。親しい間柄であるほど同調しやすいという仮説を基に仁輔で試したところ、意外なほどスムーズに成功したのだ。

 生まれたときから一緒にいるが故の相性……と言ってしまえばそうだけど。どっちにしろ仁輔は、あたしだけが危機に立ち向かうことに我慢できない男だ。柔道を続けていたこともあって荒事には向いている、高校生とはいえ適任ではあった。


「ふう……シンクロ率、9割以上で安定。行くよ仁」

「よし来い、」

 あたしは目を閉じ、変身のトリガーとなるメヌエル波を仁輔に送る――ヒーローたれと仁輔に念じる。

「IGNITE!」

「――ぐうっ」

 仁輔の体を光が包む、周囲のメヌエルが激しく反応しているのだ。

「BE KNIGHT!」

 体育会系らしい男子高校生から、甲冑武者を思わせる赤い異形への変貌。ペルソナイトとしての仁輔の姿だ。


 他のペルソナイトであれば、これで変身は完了だ。しかしあたしたちには、もう一段階。

「And UNITE!」

 あたしが持つメヌエルを、仁輔へと放出する――そして、あたしの意識は仁輔の体内へと転移する。


 今のところは世界で唯一らしい、融合型のペルソナイトがあたしたちだ。


 ティルトローター機が着陸し、ドアが開く。

 あたしたちは隊員たちの中を歩きながら、意識の同期を安定させるべくお決まりのフレーズを唱える。

「互いを信じ、救うぜピンチ、それが二人で貫く仁義!」


 コンディションは良好、戦場を見据えて気合いを入れる。

「ペルソナイト仁義――現着、今っ!!」

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