第二章 『呪われたときのこと』

「さっそく契約を結びましょう」

 ルティは隠し部屋の中央で、ジェラルドと向き合う。


「改めて、わたしはレイ、ごほん、リーデロウェルさんの呪いのことを誰にも口外せず、その上で魔力の補給を行うことを誓えばいいですか?」

「ああ。もし口外した場合は事が収まるまでこの部屋に軟禁させてもらう。いいな?」

「わかりました」


「ではそなたの要求を聞こう。契約は互いの利害が一致しないといけないからな」


 確かにそれは大切だ。エルトナー家のような魔法騎士家は時に命を張って人々を守るため、対価や報酬の決め事はかなり厳しく行っている。


(でも、いまのわたしに必要なものってなんだろう?)


 なかなか思いつけずにいると、ジェラルドは「金品でもいいし、卒業後の進路を取り計らうこともできるぞ」と例えを出す。


「では、わたしの貢献に見合った金品でお願いします」


 白魔導士は自力でなりたい。そのために必要な道具を揃えたり、なかなか手に入らない参考書を買ったり、あとは事件が解決したら一番高い学食を食べることができるくらいの報酬があればいい。


「よし、条件は整った。これより契約を結ぶ」

 ジェラルドはゆっくりとルティの首元に手を伸ばし、動脈の部分に触れる。


 そして彼が呪文を唱えはじめると、細かい鎖のような模様が彼の左手首とルティの首元に浮かび、じんわりと熱を帯びる。


「――ジェラルド・アルーシュ・ダルクの名において命ずる。『冠の契約は成立したコロール・ラクトゥス』」


 鎖は一瞬だけ光輝くと、肌に吸い込まれて目に見えなくなった。

 ジェラルドの左手が離れていき、ルティは首元を確認するようにさする。特に違和感はなかった。


「これで呪いのことを話してくれますよね?」

 ルティは振り返ると、腕を組んで壁に寄りかかってレイスを見つめた。彼は目を見張ってから、顔をしかめる。


「……わかっている」


 そういって、彼は目線でルティにソファに座るよう促す。ローテーブルを挟んでレイスとジェラルドと対面すると、レイスは膝上で拳をつくりながら口を開く。


「昨日、入学式が終わって寮の部屋に戻ったとき、手紙が扉の下に置いてあったんだ」

「手紙ですか?」

「ああ、そうだ。俺とジェドは同じ部屋だから、最初は宮廷からの緊急性の高いものだと思っていた……けど封蝋の印が俺の知り合いのもので」


 レイスは一段と顔を険しくさせ、歯切れを悪くさせる。


「滅多に連絡が取れない人のものだったから、つい警戒心が緩んで。まじないがかかっているかどうかを調べずに封を開いた」


 そのまま黙り込んでしまった。ジェラルドが代わりに「これがその手紙だ」と、ローテーブルの引き出しから真っ白な封筒を取り出した。封蝋には幾何学模様で葉が生い茂る木が描かれており、封筒には一枚のメッセージカードが入っていた。


 ルティはジェラルドからメッセージカードを受け取ると裏表を確認する。しかし、なにも書かれていなかった。


「呪いを発動したあとに文字が消えたんだ。悪いが、内容は覚えていない」

 レイスがぶっきらぼうに告げた。ルティはそれを聞いて頷く。そういった事例があることを、白魔導士になるための勉強で触れたことがあった。


 すると今度は、ジェラルドが悔しそうに眉を寄せる。

「ちなみに私は入学式が終わったあとに校長たちに挨拶をしていてな。呪いにかかった瞬間に居合わせていないのだ」

「なるほど」


 ルティはいま一度、メッセージカードを手に取る。呪いには術者の個性が出ると言われている。なにかの痕跡が残っていないか何度か裏表に返していると、ん? と首を傾げる。


「かすかにバニラのような甘い香りがしますね」

 呪いのために薬品が使われたのは間違いないだろう。


「ふむ。甘い香りは私たちも感じていたが……バニラの香りか。私もいくつか呪いを目の当たりにしたことがあるが、こういったものは初めてでな」

「へ、へえ」


 突然の宮廷事情にさしあたりのない反応しかできずいると、レイスが重々しいため息をつく。


「こんな嫌がらせ、、、、にひっかかってしまうなんて、本当に迂闊だった。俺を見出してくださったライナスさまや国王陛下の面子が立たない」


 意味深な言葉にルティは身を乗り出す。

「いやいや、嫌がらせの範疇を超えていますって! 魔力を封じるなんて高度な呪いを扱える人物がこの学校にいるなんて」


 考えられない、と声に出そうとして、思いとどまる。


(シェリルさんなら、どうだろう)


 脳裏に浮かんだのは彼女の姿だった。黒魔導士の名家の出なら、学生の身でも呪いに詳しいのではないのか。


(そういえば昨日は入学式が終わっても、なかなか部屋に戻ってこなくて)

 ルティが身を清めてあとは寝るだけとなったときに、やっと彼女は部屋に戻ってきた。


「どうしたエルトナー。なにか気になる人物でもいたか?」


 ジェラルドの声に、ルティは「いえ」と首を横に振る。

(思い過ごしだ。シェリルさんは犯人ではない)


 彼女は名家の方針とは違う道を目指している。そんな人が自分の立場をおとしめることはしない。それに怪しい人ならほかにもいる。


「先ほどリーデロウェルさんに『いたずら卵』を仕掛けた上級生の目的はわかっていますか?」

「レイスの才能を試そうとしたものだった。私が言えたことではないが、レイスは良くも悪くも目立つからな」


 ルティは顎に手を添える。行き過ぎた嫉妬心によって嫌がらせに走った可能性がある、ということなのか。


「そういえば昨日、男子寮で爆発騒ぎがあったと風の噂で聞きましたが、あれは今回のことに関係ありますか?」


 ジェラルドは困ったように眉を寄せてから首を横に振る。

「いや、聞き込みをするかぎり、爆発騒ぎを起こしたのは一年生で、入学祝いとして部屋の中で花火をやっていただけだった」


「うわあ……嬉しいのはわかりますが、はしゃぎすぎでしょう」

「そうだな。唯一気になったのは、部屋が使えないものとなって部屋替えが発生したことだが、いまのところ怪しいところはない」


 ルティは呆れ顔から一変させて、再び顔を引き締める。


「わかりました。話を戻しますが、仮に犯人の動機が嫉妬による嫌がらせだとしても、別の目的がありそうですね」

「そなたの言う通りだ。それを知るためにも、我々は生徒、教師、そして学校を出入りする人まで疑わなければならない。もちろん、そなたにも協力してもらう」


 この学校は全寮制になるため保護者の出入りはなく、学校特融の秘匿性のある魔法の扱いもあるため、外部からの入校に厳しい。

 だがいち生徒のルティが教師という大人に近づいて疑うのはなかなかできない。その不安を表情に見せると、ジェラルドは目を細める。


「大丈夫だ。あてはある」

 つまりジェラルドの配下がこの学校にまぎれているということか。


 マイペースで物騒な人だと思っていたが、彼なりにレイスのことを心配していろいろと動いているようだ。


「わかりました。周囲に気を配ってみます」

「よろしく頼む。あとはどうやって魔力供給をするかだな。レイス、握手をしてから三十分が経つが、魔力はまだ保たれているか?」

「……ああ。魔法を使わなければしばらくのあいだは保たれそうだな」

「授業時間が一時間だから、それくらい持続できれば上々だ。しかし、授業の合間に毎回補給するとなると、かなり目立ってしまうのが難点だな」


 これにはルティも渋い顔をする。


「わたしがリーデロウェルさんに付きまとうわけにもいきませんし。というか、なにをしても目立ちますよね?」


 すでにお姫さま抱っこという悪目立ちをしているため、ルティたちが表立って行動を起こせば、犯人どころかほかの生徒にまで怪しまれてしまう。


(これ以上、レイスに毒薬を使わせるわけにもいかないし)

 どうしたものかと考えていると、レイスが不服そうな顔で「ひとつだけ手立てがある」と告げた。


「逆ならいい」

「はい?」


「俺が君に片想いをすればいい」

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