第43話 記憶計画(Plan de mémoire)2

 百目隊の隊長を仰せつかった時田はこの二機種の動きを見てすぐに戦術を考えた。

それはパリで戦った経験から掴んだ戦術だった。

すなわち突進力という点で一日の長のあるヤクト・ツェンタオアを生かす戦法である。

機動性の高いイグザインが露払いをし、ヤクト・ツェンタオアが突撃、敵方に打撃と混乱を与え、そこにイグザインがトドメを刺す。基本戦術はこれだ。

後は石切場の賢人の部隊の出方次第である。

「まさか、直前までバラバラで訓練するわけではないだろう。このままでは連携など取れないし、本当にてんでんばらばらに攻撃することになる。不安だな」

時田は口に出せない不安を心の内で何度かつぶやいた。

だがその不安を解消する出来事が起きた。

キャスリーンの来訪である。

キャスリーンの目的は当然のことながら百目部隊の訓練だった。

だがそれは通常の戦闘訓練ではなくボルドー地下空間を想定した図上訓練だった。

人型重機の連続稼働時間は1時間。それを超えると操縦者は重篤な症状に陥る。

それは未だに解決できない問題だった。それゆえに1日に人型重機の訓練に要することの出来る時間は限られていた。その空いた時間を使って地下空間でいかに動くべきか、どういった地形をしているか、どんな事が起こると想定されているか、その説明とシミュレーションがひたすら繰り返された。そのキャスリーンの働きを見て時田は安心した。

石切場の賢人はただ単に百目の部隊を囮や使い捨てに使うのではなく、戦力としてみていることがわかったからである。そしてキャスリーンから提供された地形図は詳細極める物だった。あの化け物の跳梁するあの地でこれだけ精細な地図を作成するにはどれほど多くの犠牲がでているか想像に難くなかった。

だが一つだけ不足している情報があった。敵の兵器がどんなものであるか、ということである。だが、時は来た。

「私、キャスリーン・クリストマン大尉が、皆さん、百目と石切場の賢人の部隊の中間に展開します。あなた方は訓練もシミュレーションも積みました。後は実践です。皆さん明日出発していただきます」

時田以下百目のメンバーも保安隊出向者も予想はついていたことだったので誰も驚きはしなかったが敵の兵力については誰しもが知りたいところだった。

「僕らは敵について何も知らされていないんだが、どうなってるんだろうか」

時田は皆の疑問を代弁した。

「それは敵の兵装と言うことですか。もしそのことでしたら私たちにもわかっていません、としか言えないのです。彼らがどのような兵器を所有し、どれだけの兵力があるか、私たちにも知らされていません。今回の作戦に関しては当主フィリップより出された指示に従って兵器をそろえ、訓練を積んでいるだけなのです。当主は今の装備で十分だと考えているようです」

「それは御当主は敵を良く知っていると言うことかな」

キャスリーンは返答するのに少しの時間を要した。

「そういうことだと思います。ただ私たちは党首の指示に異論を挟む余地も疑問を感じる権利も持ち合わせておりませんので」

キャスリーンの言葉にはわずかに戸惑いが混じっていることを時田は敏感に感じ取っていた。同時にこれ以上何を聞いても答えは出ないだろうとも悟った。

そして、ボルドー。

人型重機の整備と最終的な作戦の打ち合わせを終えた百目はオーブリオン家の地下へ降り立った。全ての兵器と補給品を地下へ降ろすのに丸二日を要した。

百目部隊が地下に降り立った時点ではすでに石切場の賢人の部隊は地下で待機が始まっていた。ヤクト・ツェンタオアとイグザイン合わせて百両の人型重機が並ぶ様は壮観だった。

そこにソミュアを中心とするフランス製戦車が数十両と兵員輸送用のトラック、加えてタイヤの直径が3メートルはあるかという大型のトレーラーが鎮座していた。

しかし、これらを操縦する百目と石切場の賢人の兵の間には大きな溝があった。

初対面の戦車や歩兵部隊を担当するフランス軍や保安隊から出向したメンバーはともかく、初期からいるドイツ人メンバーは何度も殺しあってきた間である。仲間も死んでいる。

簡単に和解できるはずもない。それ故、訓練も全く別。ぎりぎりまで顔を合わせることがなかったのだ。だが、最後のブルーフィングはしないわけにはいかなかった。

一カ所に集められた兵の前に立ったのはキャスリーンだった。

下手に男が前に立ち講釈を打つよりも女性が立つ方が反発は少ないだろうとの事務方の判断だったがそれは的を射ていた。文句を言いたそうな者もいたが、周りの雰囲気がそれを許さなかった。そしてデビット・モローら石切場の賢人が臨席する百目に怒号を浴びせなかったのは見事な冷静さだった。例え、上から言い含められていたことだったとしても恨みの一言も誰も口にしなかったことはよく統制が取られていることの証拠で有り、兵の質の高さをうかがわせる物だった。

だがそれでも敵意は伝わってくる。敗北を喫した恨み、仲間を殺された恨みが敵となって百目のメンバーに伝わってくる。気の弱い者ならこれだけで精神的に迷ってしまうだろう。

だが保安隊も含め幾度も死線を乗り越えてきた者ばかりである。そんな敵意程度でひるむ者は誰もいなかった。その雰囲気の中ブルーフィングは始まった。

「今回の作戦は記憶計画の一環である。作戦名は国譲り。本体の石切場の賢人隊が敵を牽制、迂回した百目部隊がこれを攻撃、敵がひるんだところを本体が押し切ります。単純な作戦です。ですが、連携が重要です。連携は私の隊が担当します。加えてアメリカ軍とソ連軍の生存者の救出も本作戦の要諦に加わります」

誰もが理解できなかった。

「それについては私が説明しよう」

今まで椅子に座り黙ってキャスリーンの話を聞いていた男が立ちあがった。

階級章は中将である。その場にいた全員が敬礼していた。上位階級者に敬礼してしまうのは百目も石切場の賢人も共通の本能だった。男は手で着席を促した。その様はこなれていて指揮官として熟練していることを伺わせた。

「どこから聞きつけたか、欲張りのくそったれどもが、政府と財団にねじ込んで部隊を展開、全滅したと言うことだ。通常の歩兵や戦車ごときがあの地で戦いきれるわけがない。まさに無知のなせる業だ。生き残りはまずいないだろう。まあ、我々に先行して悪路を整地してくれたと思えば良い。奴らに対抗できる兵器はただ人型重機のみだ」

それからしばらくキャスリーンによる作戦の説明と質疑応答が行われた。

質疑応答とは行っても再びしゃしゃり出てきた中将の

「質問はないな、以上でブルーフィングを終了する」

の一言で済まされてしまった。

「アメリカもソ連も誰が情報を漏らしたのかな。百目?まさかな、それはない。司令部もそこまであこぎではない。ということは石切場の賢人かオーブリオン財団の誰かと言うことだが。ひょっとするとオーブリオンの当主か」

時田はアメリカとソ連介入の意味を考えていた。

仮にオーブリオンがアメリカとソ連に情報を流したとして、誰が一番得をするのか?

今まで石切場の賢人だけが独占してきた情報が広まることになる。独占が崩れることは通常であれば喜ばしいことではない、損なことである。

ではなぜか、他者を巻き込むことによってやっかいごとを分散できると踏んだのではないか、アメリカとソ連にはまだ敵に対抗できないと見越して人身御供に捧げられたのではないか、と想像した。

だが、それだけか。他にも理由があるのではないか。もしや米ソだけではなく世界中を巻き込み対抗しようとしているのではないか、百目が本来目指していた姿を再現しようとしているのか、様々なことを想像した。だがそれは考えても簡単に答えが出るわけがなかった。重要なことはこの事実を本部に打ち上げ、本部にある情報とすり合わせ整合性を取ることである。正解は導き出せなくても、情報を集め解析し未来を予測することは組織にとって重要である。戦場にいて情報分野に疎い時田にもその程度のことは理解できていた。

しかし、作戦が終了するまで、この情報を持ち出すことは不可能だった。

米ソの介入があったことは訓練中は隠されていた。作戦開始寸前に開示されたのは百目本部にその事実が知られることを嫌がったということもあり得る。

まだ石切場の賢人には秘密がある、時田はそう考えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る