第24話 オーブリオン財閥1

 ピエール・フリックは日本国内において、フランスの要人のコーディネイトをする職についていた。当然偽名を使い表に顔を出さず、裏方だけの活動である。

仕込みを彼に任せることにして、その前に再度石切場の賢人について問いただした。

「では、やはりあなたのお父上から引き継がれた話以外は組織について何も聞かされていないと言うことでよろしいのですか」

片言程度は使えるフランス語で元子は問いただした。

「その通り。確実な情報はね。私のところには人を介して命令が来ていただけだよ。私の部下も似たり寄ったりだね。ただ、その中でもわかったことがある。これは肌で感じたことなのだが・・・石切場の賢人はフランスに本部があるのではないかと。戦時中、ドイツ占領下でさえ自宅に潤沢に物資が届けられ、給金も一日たりとも遅れずに人の手で届けられていた。ドイツ軍の目をかいくぐってね。その一点を取ってもフランス国内に本部があると考えるのが合理的だ。そして、なんと言ったら良いのか、言葉に迷うのだが閉鎖的というか、人見知り的というか、一度情を結んだものには優しいが、それ以外のものにはとことん冷たい、そんな印象を受ける組織なのだよ。これは国民性とか民族性とかそういった大きなくくりの思想があるような気がするんですよ。まあ、それだけです。お役に立てず申し訳ない。その代わりと言ってはなんですが、本業の方はしっかりとやらせてもらいますよ」

そういってピエールは席を立った。

元子はピエールの言葉の意味を考えた。だが、その意味は十分に理解できなかった。

この時代、茫洋としたピエールの感想を理解できるほど日本人の国際感覚は育ってはいなかった。

「やはり、オーブリオン財閥が臭い。当たって砕けろと言うことか」

元子の心の内の言葉が口にのっていた。 


 オーブリオン財閥。


フランスに拠点を置く多国籍企業。その扱う商品は炭酸水からワインの全ての飲料から、子供のおもちゃから軍艦、金融はもちろん株式、不動産、経営コンサルタントとおよそ人間の思いつく限りの全ての商品を取り扱っていた。

傘下の企業は万を超え、関連企業まで含めれば全従業員数は百万人に及んだ。

この企業との接触に当たってはそれなりの人材が必要だった。

「レオン・バラル中尉」「ダニエル・バロー曹長」の二名のフランス人を探し出せれば、あるいは協力を得られる可能性もあったが、百目を離脱してからずいぶんと長い時間がたっている。探し出すのに時間がかかることが予想される。果たして、帯刀や元子がフランスに渡る前に見つけることができるか、そして協力を得ることができるかという問題も残っている。ともかくも相手は人類史上最大の企業である。帯刀の同行者も相応の人選をしなければならなかった。

 時田長船、パリでの戦闘に参加した少年兵もいまや立派な大人になっていた。

1952年警察予備隊を改組し、将来の軍隊化をにらんで開設された保安隊に身を置いていた。2年後の1954年には自衛隊として成立することになる組織である。

そこにおいて彼は戦車兵として活躍していた。

隊内には未だ実戦経験者が多く残り戦闘技術に長けたものが大勢いたが、時田の腕前は秀でていた。特に射撃技術は特筆に当たり、戦車での砲撃、機銃での射撃、果ては拳銃での発砲、いずれも隊内でトップレベルの腕前だった。それはパリでの戦いでⅤ号重機に同乗したアウスグト・ケスラーの手ほどきによるところが大きい。

部隊での訓練の後や休日に火縄銃を用いての特訓が行われていた。

「いいか、火縄銃にはライフリングがない。従って軌道が安定せず、正確な射撃をするのが難しい。当然射程距離も短くなる。まあ、いいところ50メートル程だろう。だが、100メートルの距離で当てなければならない。それが超一流になるための絶対条件だ」

アウグストはそういうと実際に100メートル先の標的を打ち抜いて見せた。

「俺は猟師だったからな。獲物が捕れなきゃおまんまの食い上げだったから自然と上手くなるってわけだ」

「ありがとうございます、アウグスト先生」

時田は素直に頭を下げた。

「ですが、なぜこんなにも自分に親切にしてくれるのです?」

「俺にも坊主くらいの娘がいてなあ、あの子が小さい頃に離婚して離ればなれさ。今頃どうしてるんだか」

「いい大人の自分に向かって、まだ坊主扱いですか。それにしてもなぜ離婚したんですか」

「そりゃお前、酒の飲み過ぎさ。真冬に酔っ払って家の外で寝てたら嫁があきれてな。いつ死ぬかもしれない男とは暮らせませんとさ」

「一度外で寝たくらいでですか」

「いやあ、それが一度や二度じゃなくてな。外でひっくり返って俺を家の中まで引っ張り入れるのに疲れたんだとよ」

「そりゃ、あなたが悪い」という言葉を飲み込んで時田は苦笑いした。

この二人が随行員に選ばれた。公務員である時田は政府に手をまわし外交員の身分を確保、アウグストと風魔忍群は冷泉院財閥の社員の身分としてそれぞれ時差をつけて渡仏した。百目の動きを察知されないためと、万が一事故が起きたときに一度に全員を失わないためである。「エゴン・ミュラー」「カール・エルベス」の両名は一時進駐軍に禁止されていた武道をきちんと後進に伝えるという、将来の日本のための大事な仕事をしなければならないため留守番を言い渡された。

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