第11話 対立

 案の定、九州からやってきたドイツ人とフランス人は対立した。

「貴様らドイツの腐れ馬鹿どものおかげで我が国はぼろぼろだ。どうしてくれる」

若いダニエルがドイツ人の姿を認めた途端に噛みついた。

「知るかボケ、ありゃあ、ナチスがやらかしたことだ、俺たちは関係ねえな」

ドイツ側は気の短くお調子者のエゴンミュラーが吠えた。

「そのドイツ社会主義党やヒットラーを選挙で選んだのはあんたらドイツ人だったと記憶してるが、それはあたしの思い違いかねえ」

今度はレオンが切り返した。

「だがあんたらフランス軍はドイツ軍の指揮下に入ったよな、それは敗北を認めたからだろう」

「そりゃあ、ヴィシー政権だろう、俺たちは自由フランス軍だったんだ。あいつらと一緒にするな」

四人の口での戦いはさらに続いた。マジノ線の脆弱さからポケット戦艦の無意味さ、果ては料理法までに及び、いつ果てるとも知れなかった。帯刀土門はその様子を何も言わずに見ていた。いやでもこれから戦友として一緒にやっていかなければならないのだ。最初にぶつかってはき出せる物は、はき出させてしまえ、との考えである。

戦闘の実力から言えば、帯刀の元で剣の修行をしてきた二人のドイツ人に分があり、一方祖国を奪われた恨みがある分心理的な有利はフランス人にあり、同格かな、と帯刀は踏んでいた。

「お前ら、口げんかはそこら辺で辞めておけ。何を言い合っても切りが無いぞ。男なら拳で話をつければ良い」

興奮して言葉がドンドン早くなり、彼らの母国語を中途半端にしか話せない帯刀には彼らの舌戦が聞き取れなくなり始め、飽きてきたこともあり、とんでもない提案をした。

「我々はチームになる。感情で動いてもらっては困る。だが、人間は感情の生き物だ。気の合わない物同士が組んでもろくな働きは出来まい。そこでだ、勝った者にパートナーを選ぶ権利を与える。バトルロワイアルだ。ただし、相手を殺してはいかん。さあ、始めろ」

この言葉にはさすがに四人は絶句した。上官としてはここで喧嘩を止めてもおかしくはなかった。ところがさらにけしかけるようなことを言う。「一体どういう上官なのか」四人はそう思い、特に帯刀と初見のフランス人はあっけにとられていた。

「くくっ、中佐、毒気を抜かれましたわ。あたしら正直なところ口げんかを何時止めてくれるかと期待しとりましたが、まさか殴り合えと言われるとはねえ」

年長のレオンは本当に全身にみなぎっていた気を緩め、戦意を放棄した。

そうなるとドイツ人の側も引かざるを得なかった。ここで突っ張ればただのわがままでしかない。ただ一人納得しがたい顔をしているのはダニエルだったがレオンになだめられて大人しくせざるを得なかった。これで対立は収まるかに見えた。だがそれを許さなかったのは意外にも帯刀その人だった。ここで一気にわだかまりを解消してしまおうという算段である。剣道の小手と胴を用意させた帯刀は四人に装備させた。

「これで怪我は最低限ですむ。命令だ、やり合え」

帯刀の命令は下ったが四人はあっけにとられていた。どう考えても通常ではあり得ない命令だったからだ。その様子を見て帯刀はいきなり弟子の二人のドイツ人の胴に蹴りを入れていた。防具に守られ直接肉体を破壊はしない物の衝撃は二人の体を転ばせるに充分だった。これで四人は帯刀の本気さが文字通り身にしみてわかった。ドイツ人二人が立ち上がるのを待ってフランス人二人は襲いかかった。

結果から言えば勝利したのはドイツ人二人だった。帯刀の弟子として剣の修行に励んできた二人が、相手が技術的にはある程度の格闘訓練を積んだ軍人とは言え負けるわけがなかった。だが、帯刀が注目したのは四人の戦い方、思考の方向性だった。特に背の高いフランス人「ダニエル」のパンチだった。長いリーチを有効に利用したうえに、体を捻ることによりさらに射程を伸ばし、遠隔から打撃を加える。

刀の間合いになれていた二人には通用しなかったが、通常の相手であれば、致命傷になり得る破壊力と予想外の距離からの打撃が可能だった。

そしてもう一人のフランス人「レオン」も個性的な戦闘法を見せた。

蹴りである。中国拳法でいうところの震脚を行いパンチとキックに破壊力を上乗せする。

当たれば、一撃必殺の蹴りであったが、やはりドイツ人には躱された。結果、ドイツ人二人がフランス人を制圧した。ここで、嫌みな人物であれば「実際の戦争と同じ結果になったな」というところであるが、流石にドイツ人はそれを言わなかった。口にすればチームとしての信頼は0になる。部下として上官の帯刀の邪魔をするわけにはいかない。それを理解していて口に乗せなかったのだ。

そして、この四人の動きを見て帯刀は四人の登場する車両を決めた。

「編成を発表する。これは決定事項であり文句は認めない。先ずは、カール、エゴンミュラー、貴様らはⅣ号重機、レオン、ダニエルは六式重機、俺はⅢ号に乗る。レオン、貴様が副隊長をやれ。俺に何かあったときは貴様が指揮を取る。このチームにはもう二人入るぞ。明日朝此所を立ち、訓練に入る。解散」

有無を言わさず言いたいことだけを言って帯刀はそこを後にした。

残された四人は一瞬きょとんとしたが、それぞれの思惑を腹にのみ、その場を後にするしかなかった。

「なあ、カールよ、俺は納得がいかんのだ。俺たちが慣れたⅣ号に乗るのはわかる。だがなぜフランス人が副隊長なんだ?喧嘩にも負けたのに。理由がわからん」

部屋を離れ指示された寝室に向かう途中、エゴンミュラーは相棒に声をかけた。

「ふん、そんなこともわからんか。文句ばかり言っていて、物事の真実を見極めなければ戦いには勝てん。よしんば勝てたとしてもいつかは敗北する。もうちょっと頭を使え」

カールの人を馬鹿にしたような言い方は二人にとってはいつものことだったが、正鵠を得ているのでエゴンミュラーが反論できないのはいつものことだった。そしてカールは言葉を続けた。

「レオンはあの中で唯一人、喧嘩を止める段取りをしようとした。正直俺の頭の中にも喧嘩の辞め時だという考えはあったが、口には出来なかった。つまらないプライドがあったからな。それをあいつはやったのだ。目的達成のためには出来ることは速やかに全てやる、そういうことが出来る人間だと判断して帯刀中佐はレオンを副隊長に任命したのだ。

悔しければ力をつけるしかない、納得できなければ納得できるまで考えるしかない。

俺たち兵隊はそうやって力をつけて上に登っていかなければ、自分の思ったように動くことは出来ない。エゴンミュラー、俺たちは長いこと一緒に戦ってきたが、身内に固まりすぎて異質な者と触れ合うことをしなかった。それはそうだろう、独立部隊での単独行動、戦闘も長い間なく増援も補充もなし。当然のことだ。ここで考えを改めよう。戦いに勝つために、大佐のお役に立つために、な」

エゴンミュラーは静かに「うん」と頷くしかなかった。

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