第86話 悠里のケーキ作り

部屋のデコレーションは彩奈に任せ、悠里はケーキ作りを開始する。


材料の計量を終え、ハンドミキサーで卵白を泡立てる。

ふわふわに泡立ち、グラニュー糖を加えて更に混ぜていくと、ツヤのあるメレンゲに変わっていく。


こうして手を加えていくごとに、美味しくなるための変化が訪れる。

その工程を見るのが、悠里は好きだ。


鼻歌を零しながら、悠里はひとつひとつの作業に、丁寧に向き合った。



生地の準備ができあがり、型に流し込む。

空気を抜くために型を少し高いところから落としていると、彩奈がワクワクした顔でキッチンにやって来た。


「順調?」

「彩奈!」

悠里が笑顔で迎える。

「うん!今からオーブンに入れるところだよ」

彩奈が楽しそうに型の中を覗き込む。


「ああ~もう既に、美味しそうな予感が、ぷんぷんする!」

「あはは、ありがと!」

悠里は笑いながらオーブンの蓋を開けた。


願いを込めて、ケーキの型を送り出す。

「美味しくなあれ!」

2人は両手を合わせて、オーブンに祈りを捧げた。



ケーキが焼けるまでは、約40分。

その間に悠里は、デコレーションに使うアイシングクッキーの仕上げをする。


「見ててもいい?」

「もちろん!」

傍らに立つ彩奈に、悠里はにっこりと微笑みかけた。

悠里は嬉しそうに、昨夜のうちに下塗りしておいたクッキーを取り出す。


「わあ!可愛い!もうここまで出来上がってるんだ!」

彩奈が歓声を上げた。

悠里は微笑んで頷く。

「うん!アイシングが固まるのに時間がかかるから、下地の色は昨日塗って乾かしておいたんだ」


今日は枠を描いたり、文字を書いたりするよ!と悠里は道具を取り出した。

彩奈は、悠里が手慣れた様子でボールの線を描いたり、ゴールネットを描く様子を感心して見つめた。


「……悠里、マジで、めちゃめちゃ練習したんだね」

「え?」

アイシングを入れたコルネを持ったまま、きょとんと悠里は彩奈を見つめる。


「だって、こんな難しいのをさ、そんなにスラスラ綺麗に描けないでしょ普通! 練習の跡が見えまくりですよ。本当、がんばったね」

愛の成せる技だねえ、としみじみした口調で言い、彩奈は彼女の頭を撫でた。


「そ、そんな……」

パッと悠里は頬を赤らめる。

「練習してたら、楽しくなっちゃっただけ。ゴウさんの誕生日をお祝いできると思ったら、嬉しくて……」


「嬉しくて!」

彩奈が歓声を上げた。

「そっかそっかあ。嬉しいんだね、悠里!」

暖かい笑みを浮かべ、彩奈が頷く。

赤メガネの下の目が、キラキラと輝いていた。


時には悠里をからかいながらも、いつも見守り、励まし、助けてくれる彩奈。

彼女がいるから、自分はがんばれるのだと悠里は思う。


「彩奈。……見ててね」

これからも見守っていてね、とは気恥ずかしさが勝って言えない。

あくまで今のアイシング作業のことを示すように悠里は言い、彩奈に笑いかけた。



無事にユニフォーム型クッキーの文字入れも完成し、悠里はホッとひと息つく。

「完成?」

ワクワクした声で、彩奈が問いかけてくる。


悠里はにっこり笑って頷いた。

それから嬉しそうに冷蔵庫を開ける。

「そうそう、これ見て!」


取り出したのは、彩奈のアイディアで作った、スコアボード風の日付プレートだった。

これはホワイトチョコとビターチョコで作っており、アイシング作業が必要ないパーツなので、昨夜のうちに完成させたのだ。


彩奈が目を輝かせる。

「わあ、すごい!めちゃめちゃスコアボードだ!日付書いてある!ボール付いてる!Goushiって書いてあるー!」


手を叩いて喜んでくれる彩奈に、思わず悠里は笑ってしまう。

「彩奈のおかげだよ?」

「全然!悠里の実力です!愛です!」

「あははっ」



はしゃぐ2人の仲間に入ろうとするように、オーブンが、ケーキの焼き上がりを告げる。


悠里はいそいそとオーブンを開け、焼け具合をチェックした。

「……うん、大丈夫!」

ケーキに刺した竹串を確認し、悠里は微笑む。


キッチンミトンを両手に付けてケーキ型を取り出すと、えいっ!と掛け声をあげて、型を落とした。

「おわっ!?悠里、大丈夫なの?」

目を丸くする彩奈を見て、悠里は笑いながら答えた。


「こうやって、焼けてすぐに型ごと落とすと、焼き縮みしないんだよ」

「へえ~!」

お菓子作りは奥が深いねえ、と彩奈はしみじみと頷いた。


悠里は鼻歌混じりに濡れ布巾を用意し、型からケーキを取り出した。

「こうして、冷めるまで置いておくよ」

網に乗せたケーキの上に、丁寧に濡れ布巾をかけて、悠里は微笑んだ。


「あ、じゃあ休憩?」

彩奈が悪戯っぽく首を傾げる。

「うん!そうだね!お茶淹れるよ」

「やったあ」

彩奈はパチパチと手を叩いてから、嬉しそうに言った。


「休憩がてら、リビングのデコレーション、見てくれる?」

悠里は大きく頷いた。

「うん!ありがとうね!」

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