第2話聖女は悪女に断罪される

「見苦しいですぞミーシャ様! いくら"悪女"と称されようと、あなたも貴族の端くれ。潔く己が罰を受け入れなされ!」


 殿下! と。騎士団長は恭しく片膝を地につき、


「どのみち審判の日まであと六ヶ月。この者の運命は変わりませぬ。殿下、ご決断を!」


(まさか、ここで即刻の処刑を!?)


「そんな……! ――アメリア!」


 叫んだ私に、アメリアの肩がびくりと跳ねる。

 一刻を争う私は構うことなく、


「あなたからも言ってちょうだい! 私達はこの洞窟に咲くテネスの花の意味など教えてもらえなかったと! 共に講義を受けていたアメリアなら――」


「どうして……そう、罪を重ねるのですか。お姉様」


 アメリアが細い肩を絶望に震えさせ、両手で顔を覆う。


「ルベルト殿下が洗礼を受けられ、私達が正式な婚約者候補としてお披露目された十歳の時に、たしかに教えられましたわ。まさか、忘れてしまったのですか? お妃教育において、いつだって私よりも優秀だったミーシャお姉様が、どうして……」


(そんな、嘘よ)


 ルベルト殿下に少しでも気にかけてもらいたくて、お妃教育は常に完璧を目指した。

 私が教えられた内容を忘れるなど、ありえない。


(なら、アメリアが嘘を……? いいえ、それこそありえないわ)


 だってアメリアはいつだって。

 今だって、私を助けようとしてくれていて――。


「なっ、なら、あなたの病気について話してちょうだい。アメリアの病気を治すために、この洞窟に咲くテネスの花が必要だったのだと――」


「なにを、おっしゃっているのですか。お姉様」


 それまでの掠れが消えた、鈴の音に似た愛らしい声が洞窟に反響する。


「私、病気など患っておりませんよ?」


「…………え? だって、ほんの六日前だって……! 私がお見舞いに行ったでしょう? そこで、あなたの主治医が言ったのよ。アメリアの病を治すには、この洞窟に咲くテネスの花しかないと――」


「お姉様、どうやら悪い夢と判別がつかなくなってしまったのですね。六日前は私のお屋敷で、共にお紅茶を楽しんだではありませんか」


「!?」


 そんなはず。そんなはずはない……!

 夢ではない。だってアメリアが倒れたのだって、先日が初めてではないもの。


(なにが、起きているの……?)


 呆然と。地に膝をついた私を静かに見据え、ルベルト殿下がアメリアの一歩前に出る。


「……クランベル家の主治医から、アメリア嬢が重篤な病を患っているという報告は受けたことがない。この洞窟に咲くテネスの花に、治癒能力があるという話もだ。……だが、ミーシャ嬢。目前に迫った審判の日の前に、あなたがアメリア嬢の殺害を企てているという話は、何度も報告を受けている」


 ルベルト殿下が腰に携えた剣を、すらりと抜いた。

 松明の炎を受け、艶やかな刃がギラリと光る。


 その、一瞬だった。

 殿下の後ろ。悲壮な面持ちで口元を覆っていたアメリアが、嘲笑うかのような笑みを浮かべた。


 よく知る春の女神のような、純粋無垢な少女の微笑みではない。

 その妖艶ながらも毒はらんだ笑みはまるで、そう――かつてこの国で時の皇帝をはじめとするあらゆる人々を惑わし、破滅へ誘いだ悪女ガブリエラの肖像画に、よく似た。


(まさか)


「アメリア」


 私は一縷の望みにかけ、震える声で絞り出す。


「私を、裏切っていたの……? 審判の日の前に、一緒に、この国から逃げ出せたらって……」


「まあ、お姉様」


 アメリアは気の毒そうな顔で、祈る聖女のごとく胸の前で両手を組む。


「どちらにガブリエラの審判が下ろうと、処刑を取りやめ、修道院での幽閉を殿下に懇願しましょうとお約束していたではありませんか。審判の日の前に逃げ出すなど……殿下への、裏切りにございますよ」


「!!」


 ああ――そう。そうだったのね。

 私が愚かだった。

 アメリア、あなたのまやかしの光に縋り、愛を注いでしまったのが間違いだった。


「ふ、ふふ」


 全てを惑わし、破滅へと導くガブリエラの巫女。

 あなたは初めから、私を陥れるつもりだったのね……!


「殿下」


 私は必死に口角をあげ、挑発的な笑みで殿下を見上げる。


「あの女に騙されここで私を処刑したこと、きっと、後悔なさいますわよ」


 途端に騎士団長が怒りを露わにし、


「アメリア様を"あの女"呼ばわりですと!? 重罪人が、不敬にもほどが――っ」


「不敬なのはあなたたちよ!!」


 私は最後の力を振り絞り、ぐっと足に力を込め立ち上がる。


「聖女ネシェリの巫女はこの私、ミーシャ・ロレンツよ!」


「この……悪女があああっ!」


 ザシュッ、と鈍い音を立てて、騎士たちに地面へと押し付けられる。


(ああ、愚かな人たち)


 自分が騙されているとも知らず。

 これからこの国が、どうなるかも分からずに。


「……絶対に、許さないわよ。アメリア」


「お姉様……どうか、罪を重ねるのはおやめください。私は――私の願いならばなんでもきいてくださるお姉様が、大好きでした。たとえその御霊みたまが聖女ネシェリ様のもとに帰ろうと、私はお姉様を愛しております」


「私を愛するですって? とんだ"悪女"ね、あなたは」


「ミーシャ・ロレンツ」


 この場の全てを制圧する深い声で、ルベルト殿下が私に歩を進める。

 握られた剣に、私は彼の決断を悟った。


(馬鹿な人)


 アメリアへ向ける優しさを、ほんの僅かだけ。

 彼女と同じ婚約者候補として時を重ねた私を、ほんの一瞬だけでも慈しんでくれたなら。

 その命はきっと、救われたでしょうに。


「禁足地への侵入、および禁忌とされるテネスの花の奪取。加えて聖女候補であるアメリア・クランベルの殺害計画の罪につき、帝国法にのっとり――処刑とする」


 掲げられた切っ先に、勝利にゆがんだアメリアの笑みが映る。


(――許さない。死んでも許さないわ、アメリア……!)


 すべてへの憎悪に満ちた胸に裁きの刃が突き刺さり、聖女の花が深紅に染まった。

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