第36話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 17



「あはッ、おっかしい。み~んなあたしたちのこと見てますよ」

「お前が綺麗だからな。あの令嬢はどこの誰だと、噂してるんだろう」

「それは違うでしょ。ほら、シャーロット様見てください。鬼みたいな顔してる」

「あれは酷いな」

「ふふっ、おっもしろ~い。……ねえ、あたしのダンスはどうです? 大丈夫そうです?」

「完璧だ」


 軽やかなリズムを刻みながら、ふわふわとステージを舞う。翠色のドレスが、ゆったりと弧を描く。

 ダンスは楽しい。奴隷時代はもううんざりだと思っていたけれど、こういうダンスなら、すごく楽しい。相手がギルバートだから? それもあるかもしれない。


 妬みとかそねみとか怒りとか、その辺りの悪感情による視線は嫌でも感じたけれど、あまり気にはならなかった。

 それはわかっていたことだし、それより今は、楽しいの方が勝っている。


 まるで夢でも見ているみたいだ。

 あたしが、お貴族様みたいな綺麗なドレス着て、こんな立派なところでダンスを踊るなんて。

 あたしはふわふわした気分のまま、ギルバートを見上げた。


「……背、高くなりましたねえ、坊ちゃん」

「だろう。必死で伸ばしたからな」

「ふふっ、何ですかそれ」

「お前よりは高くなりたかったからな。年齢はどうあっても追い越せないから、せめて身長くらいは追い越したかった。単純か?」

「単純ですねえ」

「男なんて皆そんなもんだ」


 くるくる踊りながら、これまでになく穏やかに会話を交わす。

 最近のギルは忙しかったから、こんな風に喋るのも、何だか酷く久しぶりのことに思えた。


 あたしにとってギルは、可愛い、弟みたいに大切な存在。

 ……それなのに今は、あたしよりずっと大人に見えるから不思議だ。


「……ギルバート」

「何だ?」

「幸せに、なってくださいね」


 微笑みかけると、ギルバートの顔がムッと歪んだ。


「幸せになるなら、お前と一緒がいい」

「それは――――」

「もっとちゃんとプロポーズするべきだったか……。外堀を埋めようと焦りすぎたな」

「いや、外堀って言うか……結婚なんて言い過ぎでしょ、全く。あれじゃ後々誤解されて面倒なことになりますよ。パートナーになったのは今夜限りの嘘なのに――――」

「俺は嘘のまま終わらせたくない」


 繋いだ手に、ぎゅっと力が込められる。

 熱い、彼の体温が、手のひら越しに伝わる。



「愛してる、ラビ。ずっと、お前だけを愛してる」



 ………………。


 言葉が出なかった。何言ってんですか、って笑い飛ばせないくらい、ギルバートの顔は真剣そのものだった。

 泣きそうになって、あたしは慌てて視線を逸らした。ついでにステップを間違えて、ギルバートの足を思いきり踏みつける。


「うわっ、ごっめんなさいギル! 踏んじゃいましたね!? ダンスやめます!?」

「大丈夫だ、問題ない」

「そろそろ休みましょ! ね?」

「問題ないって」

「そんなこと言わず! そうだ、冷たい飲み物でも飲みたいですねえ。何かありますかね?」


 あたしはダンスをやめて、ギルの手を引いた。



 …………こんな風に、「愛してる」なんて言われて、ただ純粋に喜べるなら、それはどれだけ幸せなことだろう。


 少なくともあたしには無理だ。あたしには……。

 裏切られる辛さも、自分の身分もよくわかってる。

 あたしの胸元には、醜い焼き印の痕がある。一生、消えることのない烙印だ。


 こんなものを持っている人間と、まともな人生が送れる訳がない。

 ギルバートには、もっと相応しい人がいる。

 傷一つない体の、心の優しい、素敵な人。



 あたしじゃ、ギルバートを幸せにはできない。



「ギルは何がほしいです? あたしはあの真っ赤なワインがいいですね、超高そう!」

「喉渇いてるのにワインか?」

「ギルはお茶がいいですか? じゃ、取ってきてあげますね!」

「あ、おい!」


 会場の隅っこの方に長テーブルが置かれてある。そこには色とりどりの飲み物や軽食が用意されていて、あたしはそこから手当たり次第掴み、ギルの元に持っていった。

 ワインが美味しい、焼き菓子も最高だとにこにこはしゃぐあたしを見ながら、彼は少し複雑そうな顔で、微笑んでいた。


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