第40話 僕らのこれから(3)


 病院から家へ戻ると、

 リビングで母が誰かと電話をしていた。


 玄関でその声を聞いて、雅人は動きを止める。

 いつもよりも明らかに声が高かったからだ。


 喜びに満ちた、幸せそうなその声。

 母でもこんな声が出るのか。


 電話の相手は――父だった。

 父のことを秀斗くんと呼んでいる。


 僕は夢でも見ているのか、幻聴でも聞いているのか。

 自身の五感全てを疑った。


 スピーカーホンにしているのか、

 受話器元の父の声も聞こえる。


『早く日本に帰って、三人で過ごしたい』


 雅人が普段聞いている父の声よりも高い声だ。

 少し甘えた様な声。


「私もだよ、秀斗くんー」

 母は女子高生の様なテンションをしていた。


 ここで雅人は母の言葉を思い出す。

 母は父のことが好きでは無く、愛しているのだ。


 なぜ、隠していたのか、それはわからない。

 しかし、真面目なあの二人だから見られたくなかったのだろう。

 きっと、僕の前では誠実な両親であろうとしたのだ。

 喜びに近い言葉に出来ない感情が込み上げる。


 僕はただ知らなかっただけだったのだ。


 ――両親を。

 

 生きていたから、わかった事実。

 雅人は素直に今ある生に感謝した。



 ―――



 二週間後。

 放課後。屋上。


 気がつけば、屋上から見える景色は秋の景色へと変化していた。


「秋だな、雅人」

 屋上から見えるグランドを眺め、京介は大きくため息をついた。


「そりゃね」

 夏が終われば、秋が来る。

 来ないと思っていた秋がこうしてやって来た。


「で、お前があの神崎となー」

 信じられない様な眼差しを京介は向ける。


「まあね」

 気がつけば、雅人と詩織の関係はクラスに知られていた。


「まあ、良かったよ」


「そう言う京介はどうなのさ?」


「――まあ、何とかなったよ」

 小さく息を吐き、京介はホッとした顔をする。


「結局、植木鉢で何か育てたの?」

 そう言えば、あの植木鉢はどうなったのだろうか。


「いや、必要無かったよ。――結果的に」


「あ、そうなんだ」

 何に使おうとしたのかはわからないけど。


「お前は日曜大工したのか?」


「……しなかったね。――結果的に」


 ロープを使うことは無かった。

 今では僕の部屋の押し入れの隅に置いてある。


 何かを悟った様に京介は空を見上げ、大きく息を吐いた。


 すると、屋上の階段の方から足音が聞こえてくる。


「来たみたいだな」

 不敵な笑みを浮かべ、京介が屋上を出て行った。


 すれ違いで詩織が屋上へ入って来た。

 詩織は昨日退院して、今日が久しぶりの登校。


 奏介さんはしばらく家で在宅勤務をすると言っていた。

 一方、海外の現場は、父が何とかしているらしい。


 ――頑張れ、父さん。


「ねえ、雅人……」

 少し顔を赤くした詩織と目が合う。


「ん?」


「――ありがとう」

 詩織は抱きつく様にキスをした。


 重なる唇。


 もしかすると、僕らは初めてキスをしたかもしれない。

 互いに目を瞑り、互いの存在を感じる様に何度も唇を重ねた。

 


 少し晴れた日に僕は――君と生きていく。


 ――互いの最期まで。

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