第2話 最後の勇気
放課後。
掃除当番だった詩織は掃除が終わると、
カバンを持って教室を出て行った。
彼女はいつも一人。
家へと帰るか、塾へと向かう。
それが彼女の放課後の流れ。
このままだと、彼女が学校から出て行ってしまう。
雅人は追いかける様に教室を出た。
「か、神崎!」
彼女の背中に告げる。
少し声が裏返った。
彼女に向けた初めての言葉だった。
雅人の声に詩織は立ち止まり、振り向くと一瞬、驚いた顔する。
まるで、話しかけた人物が想像していた人物と違ったかの様に。
余程、僕に話しかけられることを想定していなかったのだ。
彼女、神崎詩織は――。
「何かしら?」
すぐさま冷静な顔に戻り、小さく首を傾げた。
何かしら。頭の中で彼女の言葉に返す言葉が出て来ない。
これを見切り発車と言うのか。
ダメもとで声を掛けた。
さて、どうするか。
――そうだ。まずは二人っきりになろう。
その空間が確保出来れば、どうとでもなるだろうに。
そのためには――。
雅人は引き締める様に息を吸う。
「――ねえ、神崎」
弁解する様な手つきの両手。
挙動不審な動きをしていた。
無意識のうちに緊張が外に出ている。
これじゃあ、下心があるのでは無いかと不審がられてしまう。
所詮、僕はこんなもの。
まるで、僕の人生そのものだ。
「何?」
疑問符を浮かべたその表情。
詩織はやけに落ち着いていた。
一言ながらも、僕らの会話は続いている。
絶やすわけにはいかなかった。
「その――カラオケ行かない?」
無意識の言葉。
気がつけば、僕はそんなことを言っていた。
発言から数秒後。
冷や汗が止まらなかった。
もう少し段階と言うものがあるだろうに。
雅人の言葉に詩織は呆然としていた。
そりゃ見ろ、神崎引いているじゃないか。
取り柄もない生徒が才色兼備の委員長に突然、カラオケに誘う。
身の程を知れとは、こう言うことなのだ。
雅人は痛感する、この沈黙と共に。
僕の最期だ。
もう死ぬのは今日で良いかもしれない。
今すぐにでも背中を向けて、走り出したかった。
雅人は大きくため息をつく。
廊下から見える空。
彼女はため息をついた雅人の隣で、空を見上げていた。
空いていた窓から吹いたそよ風。
なびく彼女の長髪。
どうしてか、雅人にはその横顔が神秘的に見えた。
彼女が好きだから。
そう言う理由だけでは無いはずだ。
どこか身軽なその雰囲気。
地に足が付いていない様な雰囲気。
言葉に言い表せないその雰囲気に雅人は思わず見とれた。
自然と心が惹かれていく。
「――良いわよ」
もういっそ、ここの屋上から飛び降りようか。
彼女にも断られたし――って。
「え?」
断られた。そのはずだろうに。
何を僕は幻聴を聞いているのか。
思わず聞き返した。
「佐伯くん、良いわよ」
嬉しい表情も辛い表情も無く、彼女は頷いた。
「良いの?」
「ええ。行くのはこれから?」
「う、うん。そうだよ」
「わかったわ。――一緒に行けばいい?」
「に――、二十分後に駅前でも良い?」
思わず言葉を詰まらせる。
冷静になる時間が必要だった。
「良いわよ」
「ありがとう。それでお願い」
そう言うと彼女は了承する様に頷いた。
すると、雅人は彼女に背を向け走り出す。
三階から勢い良く階段を駆け下りて行った。
何が起きたのだ。
いったい、この数分で何が起きた。
ぶつかりそうな生徒を避けつつも、一階へと到達すると、靴箱へ走り出す。
あの神崎が。
あの神崎詩織が僕とカラオケに行ってくれる――夢か。
初めて感じる胸の鼓動。
胸が締め付けられる様な感覚。
これは走っているからだ。
全力で走っているからだ。
逃げる様に学校を出る。
学校裏の壁にもたれ掛かり、大きく息を吐いた。
「――何で」
思考が冷静になってきた。
ひとまず、駅へと向かうため、ゆっくりと重い足を動かす。
結果的に詩織は雅人の誘いに応じた。
どんな理由であれ、その事実は存在する。
もしかしたら、罰ゲームなのかもしれない。
途端に不信感が募った。
最期の最後で騙される。
それも僕の人生らしいのかもしれない。
それでも、彼女と話せたことは僕にとって、大きな価値があった。
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