第7話 ドキドキハートシンドロームの真実
「いい? 確かにドキドキハートシンドロームは、ドキドキが一定以上に達すると心臓が止まるわ。けどそれは、不安や恐怖といったネガディブな感情によるドキドキに限った話なの」
「えっ、そうなの!?」
姉ちゃんから語られた衝撃の事実。いや、本当はもっと早くに説明を受けてたっぽいけど、僕がちゃんと認識したのはこれが初めてだ。
そういえば、この前発作を起こした直前に思っていたのは、川井さんを傷つけた罪悪感と、自分はキュンとできないんじゃないかっていう不安だった。
それは、思いっきりネガディブな感情だ。
けど、衝撃はそれだけじゃ終わらなかった。というか、これからが本番だった。
「そして、大事なのはこれから。嬉しい時に感じる、ポジティブな感情によるドキドキは、むしろ心臓を活性化させるの。そういうドキドキをたくさんし続けることこそ、ドキドキハートシンドロームを何とかする唯一の方法なの」
「「えぇーーーーっ!?」」
僕はもちろん、川井さんも一緒になって声をあげる。
「なんなのそのおかしな病気は? そんなの実在するの? 現代医学では治療できないって言ってなかった?」
「現に実在するんだから仕方ないじゃない。一億万人に一人しかかからない奇病だから、詳しいことは全然わからないんだけどね。それに、キュンとさせるのは医学の範囲外だから、現代医学では治療できないってのはその通りよ」
そうか。僕はそんなわけのわからないものにかかってたのか。ある意味初めて病気のことを聞いた時よりもショックだ。
「だいたい、私が何のためにあなたに少女マンガを読ませたと思ってるの。それでドキドキさせることで、ドキドキハートシンドロームをなんとかするのが目的だったのよ」
「そうだったの? てっきり、入院中の退屈しのぎに渡してくれたんだと思ってた」
明かされる衝撃の真実。これに驚いたのは、僕だけでなく川井さんも同じだ。
「あの。それってつまり、池野くんはキュンとしても大丈夫ってことですよね」
「もちろん。むしろ、どんどんキュンとしてほしいわよ」
そうだよね。キュンによるドキドキは、どう考えてもネガディブな感情によるものじゃないよね。
「池野くん。自分の病気のことなんだから、もっとしっかり知っておこうよ」
「面目次第もございません」
難しいから、どうせ聞いてもわからない。そんな風に横着したらいけないね。
なんだか一気に脱力したけど、これは凄く嬉しいことでもある。
キュンとしても問題ないどころか、それが病気の治療にも繋がるなんて。これなら今まで通りキュンを探せるし、裕二に心配かけることもない。万々歳じゃないか。
って言っても、今のところ僕がキュンとする方法なんて見つかってないんだけど。
だけど、そこで川井さんがこんなことを言い出した。
「ねえ池野くん。もしかしたら、池野くんをキュンとさせる方法、あるかもしれない」
「えっ? 本当に?」
裕二や川井さんに協力してもらって、あれだけ色々やっても無理だったのに?
すぐには信じられないけど、僕の反応を見て、川井さんは続ける。
「そもそも友野くんの立てた胸キュン作戦、私に言わせれば、一番大事なことがわかってないよ。キュンとするにはどんなシチュエーションか以上に、相手が誰かってのが大事なの」
それは、裕二もわかってたんじゃないかな。だからこそ、モテ女子である川井さんに僕の相手を頼んだんでしょ。けど、それでも無理だった。
「僕がキュンとする相手って、いるのかな?」
「いると思う。私の想像が間違ってなければね」
自信ありげな川井さん。本当に、そうだったらいいな。
けど期待する一方で、どこか躊躇う自分もいた。川井さんの言うことが本当だったとして、このまま彼女とこの話を続けていいのかな。
仮にも、僕は川井さんをフッたみたいになってるわけだし、そんな相手をキュンとさせる方法を考えるなんて、彼女にしてみれば複雑な気持ちになったりしないかな?
「あのさ。川井さんは、この話続けて平気? 無理してない?」
こんな質問すること自体がデリカシーないかもしれないけど、川井さんが無理してるのなら、これ以上付き合わせるわけにはいかない。
だけど、川井さんは言う。
「無理してなんかないよ。そりゃ全然気にしないってわけじゃないけど、そんな風に池野くんが気にしすぎたら、そっちの方が困っちゃうよ。もうこれからは、気にするの禁止ね」
「あっ、はい。ごめんなさい」
どうやら、フッたフラれたを気にしているのは僕の方だったみたいだ。
「私ね。自分がキュンとするのも好きだけど、推しの幸せな姿を見るのも、すっごく幸せになるんだ。それでしか得られないキュン成分があるの。池野くんはそんなことない?」
「それは、あるかも」
少女マンガを読んでいた時、主人公の女の子がヒーローくんとくっついた時は本当嬉しかった。そもそもそういうのをたくさん見たからこそ、自分でもキュンとしたいって思ったんだ。
「でしょ。それで、今の私の推しは池野くん。だから、池野くんの幸せになる姿を見てみたいの」
「川井さん──」
ちょっぴりおどけたように言う川井さんはとても可愛くて、彼女がどうして何人もの人をキュンとさせているか、少しわかったような気がした。
「ありがとう。けど、具体的にはどうするの?」
「そうね。話せば長くなるけど、まずやることはひとつ。池野くん、私と付き合って」
「…………えっ?」
付き合うって、どこへ? なんて定番のセリフが頭をよぎったけど、違うよね。この場合の付き合うって、彼氏彼女が交際するって意味だよね。
けど、僕は川井さん相手にはキュンとできなかったし、川井さんもそれは認めていたわけで……つまりはどういうこと?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます