となりの席の美少女は、僕をキュンとさせてくれない

無月兄

第1話 余命わずかな僕の願うこと

 保健室のベットから体を起こし、窓の外を眺めると、一本の木が目に入ってくる。

 季節は冬。いつの間にか葉っぱもほとんど落ちてしまい、ほんの数枚を残すのみとなっていた。


「あの葉っぱが全て落ちた時、きっと僕も死ぬんだろうな。高一にして死ぬとは短い運命──あっ、突風だ」


 突如強い風が吹いてきて、辛うじて残っていた葉っぱは、あっという間に一枚残らず落ちてしまった。

 うーん。これで死ぬのは、さすがに心の準備ができてないな。


 なんてことを思っていると、不機嫌そうな声が飛んできた。


「お前な、軽々しく死ぬとか言うなよな」


 そう言ったのは、僕の親友、友野裕二。倒れた僕を、この保健室まで運んできてくれたのも彼だ。

 だけど、最初は声と同じく不機嫌そうだった彼の顔は、だんだんと悲しそうなものへと変わっていった。


「お前の心臓だって、いつか治す方法が見つかるかもしれないじゃないか。だから諦めるな。死ぬなんて言うな」


 言い終わる頃には、裕二はもう泣きそうになっている。


 僕、池野面太郎は、心臓に病気を抱えている。なんでも、ドキドキハートシンドロームとかいう一億万人に一人だったかがかかる奇病で、なんでも、不安や恐怖で感じるドキドキが一定以上に達すると心臓が止まるらしい。

 あと、何もしなくてもだんだんと心臓が悪くなるとか言ってたっけ。


 医者の先生からは他にも色々説明を受けたけど、その辺は難しいからよく覚えていない。


 大事なのは、現代の医学では効果的な治療法はないということ。そして、この病気のせいで僕の命はもう長くはないということだ。


 今こうして保健室にいるのだって、この病気が原因で倒れたから。

 美人薄命ならぬ、美少年薄明だ。


「ありがとう裕二。けど僕としては、治るかどうかはあんまり深く考えてないかな。それよりも、楽しく生きられるかどうかの方が大事だよ」


 見つかるかどうかわからない治療法を気にするより、手が届くところにある楽しいを見落とさないようにしたい。それが、僕の選んだ生き方だ。

 だからこうして高校にだって通っているし、他の人には心配かけたくないから、病気のことを話しているのは裕二だけだ。


「ぐすっ……そうだな。楽しいこと、たくさん見つけようぜ。俺もめいっぱい協力するからよ。早速だけど、やりたいことってあるか?」

「やりたいことか。そうだな……」


 裕二に聞かれて考えるけど、急にやりたいことって言われても、すぐには思いつかない。

 好きなマンガの続きは読みたいけど、次の発売日はまだだいぶ後だしな。


 ん? 待てよ?

 マンガで思い出した。やってみたいこと、一つあった。


「僕、キュンとしてみたい」

「はっ……?」


 ポカンとした顔をする裕二。せっかく答えたっていうのに、どうやらよくわかってないみたいだ。


「キュンだよキュン。姉ちゃんが貸してくれたマンガに、よく出てきたんだよ」


 少し前、この病気が原因で一時期入院してたけど、その間退屈しないようにって、姉ちゃんがコレクションしている少女マンガを大量に貸してくれた。

 そこに描かれていたのは、いくつもの胸キュンシーンの数々。僕もそんなシーンを経験して、キュンとしてみたい。


 だけど、それを聞いた裕二は困った顔をする。


「それは、難しくないか。だってお前、普段から女子にモテるのに、特になんとも思ってないだろ」

「えっ。僕ってモテるの?」

「モテるよ! お前、顔はめちゃめちゃイケメンだし、天然なところがいいって女子はけっこういるんだぞ。少女マンガのヒーロー並にモテてるよ! ついでに言うと、ラノベの主人公くらい鈍感なせいで、ちっともそれに気づいてないけどな!」


 そうだったのか。知らなかった。あと、僕って天然だったんだ。


「けどさ、そもそもお前に恋愛感情ってあったのか? いくらモテてても自覚ないから、もしかしてそういうのがわからないんじゃないかって思ってたぞ」

「サラッと酷いこと言うね。確かにリアルじゃ今まで一度もキュンとしたことないけどさ、だからこそ一度でいいから経験してみたいんだよ。心臓が壊れるくらいドキドキして、キュン死にしてみたい」

「だから、死ぬなんて軽々しく言うなって。まてよ、キュン死にってのは言葉のあやだからセーフか? いや、心臓が悪いお前がすっごくドキドキしたら、本当に死んでしまうんじゃないか。リアルにキュン死にしたらどうするんだよ」


 頭を抱えて悩む裕二。

 確かに、僕のかかっているドキドキハートシンドロームは、心の変化が心臓に影響を及ぼすっていう特殊なもの。

 不安や恐怖でドキドキしすぎると心臓が止まるって言うし、それならキュンのしすぎで止まることもあるかもしれない。

 けどさ、例えそうであったとしても、やっぱり僕はキュンとしてみたいな。


「さっきも言っただろ。病気が治るかどうかよりも、楽しく生きられるかどうかの方が大事だって。そりゃ僕だってできることなら死ぬのは嫌だけどさ、そのせいでやりたいことができないのは、もっと嫌だ」

「確かにそれはそうだけど……」

「それに、そのくらいで死ぬなら、どのみち長くは生きられないじゃないよ。だったら、最後に思いっきりキュンを味わってから死にたい」


 これが、僕の偽りない真剣な気持ちだ。

 裕二もそれがわかったんだろう。最初のうちは相変わらず悩んだ顔をしたままうんうん唸っていたけど、少しずつ静かになっていく。

 そしてしばらくの間黙り込んだかと思うと、念を押すように聞いてくる。


「面太郎。お前、そこまで真剣なんだな。本当にキュンとしたいって思ってるんだな」

「ああ、本当だよ」

「本当に本当なんだな」

「ああ。本当に本当だ」

「本当に本当に本当か?」

「本当に本当に本当だよ」

「本当に本当に本当に本当……」

「ねえ。これ、いつまで続くの?」


 なんだかグダグダになっちゃったけど、僕の揺るぎない意志を聞いて、いよいよ裕二も涙ながらに決心してくれたみたいだ。


「ぐす……正直、お前が誰かにキュンとすると思ったら、今でもまだ複雑だ。けどわかった。それがお前のやりたいことなら協力する。俺がお前を絶対にキュン死にさせてやる! 最期は笑顔で見送ってやる!」


 おお、キュンどころかキュン死にまで肯定してくれた。なんだかキュン死にしたらリアルで死ぬことが確定しているみたいな言い方だけど、まあいいや。ありがとう、裕二。


 こうして僕は、裕二の協力のもと、キュンを体験するための一歩を踏み出すことにしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る